災害医学・抄読会 2000/06/23

防災計画に定める災害時医療計画

中村 顕、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.115-122


1)災害医療の基本方針

1、 救命医療の優先

 死亡者を一人でも少なくことを目標に、個々の医療従事者が救急医療を最優先とした最大限の活動を実施すること。

2、 時間とともに変化する医療ニーズへの対応

 災害の種類・時間経過に伴い量的・質的に刻々と変化する医療ニーズを予測・把握して対応することである。すなわち急性期の外傷から内科疾患、慢性疾患、精神的障害への対応といった需要を考慮した医療救護班の派遣等の対応が必要である。

3、 被災地域の内外を問わないすべての医療機関での災害医療の実施

 患者を可能な限り被災地域外の多数の医療機関に分散して搬送し、治療を行うことで特定の医療機関に患者が集中することを避ける。

4、 機能・地域別の体系的な医療の実施

 1〜3を達成するために、各機関の役割分担と調整の方法を市町村・二次医療圏・都道府県の三層構造で計画し、機能・地域別の体系的な医療を実施することが基本である。

2)医療救護活動

 医療救護活動とは、「災害のため医療機関などが混乱し、被災地の住民が医療を受けることができなくなった場合、医療などを提供し被災者の保護を図るためのすべての活動」と定義される。具体的には次の5つである。

1、 現地医療活動

 災害現場から救出した患者に対し、救護所で応急処置、ドリアージなどをを行う。

2、患者・医療救護班等搬送活動

 より高度な医療が必要な患者は、被災地内外の被災を免れた医療機関へ運ぶ。

3、後方医療活動

 さらに入院が必要な場合は、なるべく被災地外に病床を確保し入院治療を行う。

4、 医療物資等供給活動

 被災地内で不足する人・物は、被災地外から提供する。

5、 情報収集伝達活動

 これらの活動を被災地内のニーズに合わせ迅速かつ適切に実施するために、情報交換を行い必要な調整を行う。

3)災害拠点病院

 阪神大震災を契機に整備されている。都道府県ごとに1ヶ所の基幹災害医療センターと二次医療圏に1ヶ所の地域医療センターの2種類がある。災害拠点病院に求められているのは次のことである。

  1. 多発外傷、クラッシュ症候群、広範囲熱傷等の災害時に多発する重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能

  2. 被災地からのとりあえずの重症患者の受け入れ機能

  3. 傷病者らの受け入れ及び搬出を行う広域搬送への対応機能

  4. 自己完結型の医療救護チームの派遣機能

  5. 地域の医療機関への応急用資器材の貸し出し機能

 この中で最も重要なものは、傷病者らの受け入れ及び搬出を行う広域搬送への対応機能であり、その拠点としての役割である。

4)広域応援体制の構築(応援協定の締結等

 災害拠点病院の機能を十分に生かすためには、市町村・二次医療圏・都道府県が連携して対処していく仕組が必要である。


情報収集伝達体制について

中村 顕、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.122-140


 地震などの災害が発生した場合、特に大規模な災害では,迅速かつ的確に救援・救助を行うため,発生直後の被害状況や応急対策の実施状況など災害に関する情報を的確に収集し,迅速に伝達することが求められる。

 情報の収集は,被災地の医療機関などによる情報発信と,被災地外からの積極的な情報収集の二面から行われる。被災した場合,外部から支援を受けるためには全ての医療機関が,自ら情報を発信することが重要である。阪神大震災以後,広域災害救急医療情報システムをはじめ、様々な情報伝達手段が整備されつつある。

1) 災害優先電話

 電話は、災害時には同時に多数の回線が使用され、つながりにくくなる。そこで災害時のように,同時に多数の回線が使用された場合,電話回線は決められた優先順位に沿って回線を制限するシステムになっており、医療機関など災害対策に重要な施設には災害優先番号が指定されている。災害時には、この番号を利用し,適切に連絡がとれるような体制を整えておく必要がある。

2) 広域災害救急医療情報システム

 広域災害救急医療情報システムは、従来の都道府県域での情報システムを整備し,全国の医療機関,消防本部,行政機関などが,被災地の医療機関の状況,全国の医療機関の支援申し出状況をリアルタイムに把握可能とするものである。

 これは、インターネットを利用して「広域災害救急医療情報システムのホームページ」に接続し、被害状況報告および応援要請を行うものである。平成8年から整備が開始され,平成11年からは一斉通報機能と情報交換機能,災害GIS機能の三つの機能が追加されている。

一斉通報機能:

厚生省や都道府県などから情報をあらかじめ登録されている電話・FAX・携帯電話などに一斉に通報することができる機能

情報交換機能:

ホームページ上に電子会議室やメーリングリストによって情報提供を行うとともに,相互の情報交換を可能にするもの

災害GIS機能:

全国都道府県の地図上に主要医療機関の位置情報を表示するとともに関連施設などのデータを表示するもので,被災地域外から応援に駆けつけたボランティアに対して視覚的な情報提供を可能とするもの

3) 防災行政無線

 防災関係機関においては,災害に強い情報収集伝達システムの構築を目的に,輻湊の恐れがある公衆回線とは別に,専用回線として災害時に有効な通信手段となる無線通信施設の整備が進められている。

a.国の防災無線網

中央防災無線網は国の機関を結ぶ無線網である。すなわち,非常災害対策本部などと総理大臣官邸を含む指定行政機関および指定公共機関などとの間で確実に災害情報の収集伝達を行うことを目的として整備されているものである。

b.都道府県の防災無線網

都道府県防災行政無線網は、主に都道府県と市町村を結ぶ無線網である。多くの自治体では地上系無線と,地域衛星通信ネットワークを統合的に用いた情報通信体制を構築している。

c.市町村の防災無線網

市町村防災無線網は、市町村が災害情報を収集するとともに住民に対する災害情報伝達用の無線網である。

4) 防災情報システム

a. 国の総合防災情報システム
地震津波情報を迅速に発表するため,気象庁には地震活動等総合監視システム(EPOS)が,そして札幌・仙台・大阪・福岡の各管区気象台および沖縄気象台には地震津波監視システム(ETOS)がそれぞれ整備されている。これに加え,各自治体が設置する地震観測系から得た震度情報は,消防庁の「防災情報ネットワークシステム」を通じて全国に配信されることになっている。

雨量・積雪などの情報は,局地的情報を収集する地域気象観測システムや静止気象衛星システムによる観測が行われている。気象庁からの情報は解析され、各機関へ情報提供が行われている。

b. 都道府県の総合防災情報システム

地方公共団体においては,国からの上記の情報提供を受けるとともに,自ら地域内の雨量・河川水位・潮位の観測体制を整備している。最近では,多くの都道府県で地震情報・気象情報はもとより,刻々と変化する観測・計測データ,被害報告情報,被害映像情報など多様な情報を収集・処理するとともに,防災行政無線を中心とする通信システムを用いたデータ通信により市町村等防災関係機関との情報共有化を行う総合的な防災情報システムの構築が進められている。


阪神・淡路大震災の経験
―麻酔科医の役割について―

村川和重ほか、麻酔 44: 597-599, 1995


<症例>

1.兵庫医科大学病院
ライフライン遮断、病院建物の崩壊のため病院自体が被災し、病院機能が麻痺したため、 地震当日に腹部内臓損傷に対する手術4例をかろうじて行ったが、その後は手術不能とな り、麻酔科医を必要とする隣接病院へ教室員を派遣した。

2.被害の最もひどかった神戸市東灘区の病院

自力で来院した軽症患者と畳や戸板に乗せられたDOAなどの重症患者が数百名殺到し、 麻酔科医は短時間で重症度を判別し、治療方針により患者を振り分けていき、70名の死亡 を確認した。

3.西宮病院

DOAなどの患者の中から、数名の救急蘇生や死亡確認を行った後、緊急手術に備えて手術 室の確保を行った。その後患者が多くて場所の確保もできなくなったため、軽症者の治療 を断った。また救急蘇生用の薬品や器材にも限度があり、麻酔科医は全身状態から判断し 、救命の可能性がある患者を優先し治療した。

4.被害の少なかった宝塚病院

比較的軽症患者が多い中、DOAなどの重症患者の蘇生に麻酔科医は専念し、救急蘇生を行 った。

<考察>

重症患者が多数来院するような災害時

 従って災害時の麻酔科医の役割は、短時間のうちに全身状態を把握し、重症度や治療の緊 急性を判断することである。


震度6の地震下での麻酔経験

鈴木昭広ほか、臨床麻酔 20: 759-760, 1996


<症例>

 49歳 女性 くも膜下出血に対する緊急脳動脈瘤クリッピング術。執刀開始後、開頭時に地震が発生した。

 これらに対してやむをえず、患者の体を左手で抑え、右手は麻酔器のノブをつかんで急場をしのぎ、大事には至らなかった。また電気系統はスイッチが入ったり消えたりし不安定であったがやがて回復し、手術は続行され無事終了した。

<考察>

 手術中の地震で考慮すべきもの

  1. 電気系統の異常と対処
    • モニター自体にバッテリーバックアップをつける。
    • 移動用のポータブルモニターを常備する。
    • 特にICUなどでは独自に使える非常電源を設備することが望ましい。
    • 特に麻酔科医は日常からモニター麻酔の簡便さに溺れることなく、視・聴・触・触診を鍛練する必要がある。

  2. ガス供給系の異常と対処
    • 必要最低限酸素予備ボンベは備え付けておき、最悪の事態に備え、アンビューバッグを手元においておくべきである。
    • 患者の安全確保
    • 患者の抑制を充分にしておく。
    • 麻酔器のストッパーをかける習慣をつける。

  3. 点滴ラインの事故抜去予防
    • 転倒を防ぐために、スタンド型よりも天井つるし型やベット固定スタンド型の方がよい。


パプア・ニューギニア国津波災害における医療活動の自己評価

小井土雄一ほか、日本集団災害医学会誌 4: 133-138, 2000


<概要>

 1998年7月17日にパプア・ニューギニア国(PNG)に発災した津波災害に対して、国際緊急援助隊医療チーム(JDR医療チーム)が派遣され医療活動が行われた。JDR医療チームは7月22日すなわち発災後6日目(災害サイクルにおけるPhase1の急性期後半の時期)に現地入りした。現地といっても今回の活動拠点ウエワク病院は被災地から150kmほど離れており、後方病院としての役割を担っていた。院内で現地スタッフと協力し傷病者の診療が9日間行われた。

<JDR医療チームの活動>

入院患者の状況

  1. Phase 1ということで、まだ集中治療を含む救急医療を必要とする症例を想定されていたが、症例は骨折症例が大部分を占めた。全例全身状態は安定しており、重症の頭部、胸部、腹部外傷は1例も見られなかった。(Table.1)

  2. 約3/4が骨折患者であり、特に大腿骨骨折、けい骨骨折、ひ骨骨折の下肢の骨折(62例 70.5%)が上肢の骨折(19例 21.6%)に比べ多かった。これらのほとんどが待機的に観血的整復術を要する症例であった。開放性骨折は少なく6例(15.4%)であった。(Table.2)

  3. その他の外傷としては、下肢の切断が10例認められたが、ガス壊疽によるものが大部分であった。血気胸、胸部圧迫の症例も認められたが、いずれも呼吸の補助を要するような症例ではなかった。(Table.3)

  4. Phase1の後期ということで、創感染の台頭する時期であり、ガス壊疽、緑膿菌感染が多く見うけられた。また海水を飲みこんで誤嚥性肺炎を合併している症例が8例認められた。しかし、被災地から遠く離れた後方病院であるため、院内の衛生状態は管理されており、被災後の衛生状態の悪化に伴う消化器系感染症などは皆無であった。(Table.4)

実際の活動内容

 基本的に現地医師の活動を支え、チーム全員でマンパワーの不足を補うことに重点が置かれ、院内において医療の主導権をとるのではなく、底上げ的に病院をサポートした。

 実際の医療活動は9日間であり、その間回診患者は延べ339名、参加した手術は26件、看護士(婦)の手術介助は38件、看護士麻酔実施・介助が18件であった。手術は、大きなものは大腿骨骨折観血的整復術、小さなものはデブリドメントであった。(Table.5)

<考察>

 緊急医療援助活動が成功するか否かは5つのR、すなわち、right personがright timeに、right coordination and cooperationのもとに、right materialsをもってright placeに出向けるかである。この5つのRがそろえば、よい活動ができる可能性は非常に高いが、発災後正確な情報がない状況でこのすべてのRがそろうことはまずない。今回の派遣を5つのRにそって自己評価されてあった。

  1. The right timeに関して

    被災地が首都ポートモレスビーから遠距離にあったこと、および現地が発災日翌日より4連休に入ったことなどの悪条件が重なり援助要請が遅れたことにより、JDRの通常の派遣より遅れた。被災国政府の援助要請がない限りJDRは出発できないという課題は今後も検討すべきである。

  2. The right placeに関して

    PNG政府からの依頼がウエワク病院で活動してほしいという要請であったため選択の余地はなかったが、チーム内にはもっと被災地内で活動したいという意見もあったため、与えられたplaceが適切であるかどうかは、現地で調査隊を派遣して確認した。被災地ではさまざまな情報が錯綜するため、自分たちの目で被災状況を確認することは非常に重要である。

  3. The right personに関して

    発災後の急性期ということで、さまざまな重症患者が存在するだろうという目測のもとに救急医2名という構成だったが、実際の現地における被災者の損傷形態は、ほぼ全員が骨折患者であり呼吸循環のサポートを必要とする重症患者は皆無であった。事前に疾病構造が分かっていれば、整形外科の専門医をチームに加えることができたかもしれない。

  4. The right materialsに関して

    髄内釘、創外固定などの骨接合用器械が不足した。

  5. The right codination and cooperationに関して

    外務省、JICAおよびPNG日本大使館の尽力により、出発から帰国まで非常にスムーズであった。また、現地ウエワク病院側も非常に協力的であった。

 JDR医療チームとしては今後は、災害の種類、phaseによる傷病構造を分析することによって、チームの構成および携行資機材を、より被災地のニーズに合ったものにしていく必要がある。


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