災害医学・抄読会 990122

被災地の大学病院

中山伸一ほか、外科診療 37: 1413-21, 1995(担当:小栗)


 阪神・淡路大震災において、被災地に位置した大学病院として何を行い、なにを行い得なかったのかを検証した。いつ何時また襲ってくるやも知れぬ地震に対して備えることは重要である。また、大学病院の平時とは別の意味での特異性も明らかになった。

1) 病院および救急部の概要

 神戸大学付属病院は18の診療科と12の診療部から構成され、病床数は849床である。救急部は固定メンバーが2名の総勢約20名で組織されており、地震発生の1月17日は外科系医員1名、内科系医員1名と研修医4名の6名が休日当直勤務に就いていた。

2) 病院の被災状況

 病院は神戸市中央区に位置し、震度7の地域からわずかに外れており建物のひび割れは多数であったが倒壊はまぬがれた。X線単純撮影装置とCT装置に大きな損傷はなく、稼動可能であり、一部の血液生化学検査一式が測定可能であった。電気は約5時間後には復旧した。断水は1月22日まで続いた。ガスは病棟は2月11日、中央ならびに外来診療棟は2月16日に再開した。

3) 救急患者の概要

 1月23日までの7日間で集計すると、救急診療患者総数は1168名、DOA(Dead on Arrival)41名、入院患者191名、手術10件、入院後死亡11名であった。

 震災当日の新入院患者数は113名と最高であった。

 震災当日と翌日に搬送されたDOA患者は31例にのぼり、いずれも胸部以上の圧迫外傷に起因するものであった。

 1月23日までの7日間の、患者は疾病が576名、外傷が497名であったが、入院患者では外傷が131名(68.59%)で疾病が60名(31.41%)であった。 外傷患者中なんらかの筋挫滅が疑われた症例が少なくとも70例あり、このうちCreatinin>2.0mg/dl、CPK>1,000IU/lであった例は、32例にのぼった。受傷部位は下半身が大部分をしめた。輸液療法を中心とした保存的治療と全身管理を全例に施行するとともに、重症例には血液濾過透析を施行した。

 他方、疾病患者576名の中では感染症が187名と全体の1/3を占め、その大部分は呼吸器感染症であった。また、投薬処方のみを希望する患者は、1週間に130名あった。

4) われわれのとり得た対応

 震災当日、救急部が中心となって救急対策本部を設置し、病院全体の統括、トリアージ、空床の把握、検視、問い合わせへの回答を行った。また、翌朝から連日、緊急対策会議を開催して病院職員の救急外来への支援体制を確立し、殺到する患者への円滑な対応につとめた。また、病棟主治医団へのサポートとして、内科的、外科的ならびに腎不全MOF対策医療チームを編成し、挫滅症候群症例の血液濾過療法など各病棟での専門外の治療を問題なく行えるようにしたり、震災地外の病院への転送の仲介にあたった。

5) 考察

 まず、トリアージ(病状の評価)について考えると、その難しさと、再トリアージが適切な処置の判断のためにも重要であることを強調したい。またDOA患者のトリアージについては、明らかに死亡して搬送されたものに対しては、無意味な心肺蘇生を施さないという基本方針によって大きな混乱は生じなかった。また、ポータブルコンピューターを用いた患者登録を行いながら病院全体の空床を救急本部1ヶ所で統括管理したことが、最も効果的であったと考えられた。他方、災害時に多くの患者を収容するためには、入院患者の中で退院可能な患者を選別することも大切である。

 次に、処置に関して述べる。災害時には患者の入院先がその病棟の専門科と一致することは不可能であったため、いずれの専門家の医師も必要最低限のプライマリーケアに精通すべきことを再認識するべきである。また、今回多数発生した挫滅症候群の病態の認識と、血液濾過装置、回路や透析液などを余裕をもって備える必要性を痛感した。 患者の転院転送に関しては、これらをスムーズに行うためには、転送先や手段の確保のアレンジは被災地の各医療機関がおのおの行うのではなく、被災地外の基幹病院や第三者に委ねられるようなシステム確立が望まれる。

 我々の病院は震災地に位置したにも拘わらず、救急病院として機能し得たと考えられる。これは建物の被害が比較的軽微であったことと、何といっても医師を中心としたマンパワーが動員可能であったからであり、これこそ大災害時に武器となり得る大学病院の特長であると考えられる。ただし、この特長を生かした、より早期からの避難所周辺での医療活動や、被災地外の病院とのスムーズな連携をとるためのハブ的な役割を基幹病院として担える余地があったと考えられた。


救急活動に参加して

管 桂一ほか、臨床麻酔 19: 956-60, 1995(担当:坂本)


 1995年1月23日より2月28日まで阪神淡路大震災における医療ボランテイア活動に参加した。麻酔科が主体の福島県救急医療懇話会が中心となり、神戸市灘区の摩耶小学校(Fig.)に診療所を開設し、医師14名、看護婦16名でのべ1400人の診療を行った。地震発生から6日が経過しており、緊急処置を必要とする患者はなく、ほとんどが発熱、咳漱、頭痛、咽頭痛などの感冒様症状であった。ついで軽微な外傷が多かった。以下胃腸障害、高血圧・心疾患、四肢・肩・腰の痛み、不眠・不安などの順であった(Table 1,2)。一時的な輸液で回復しない患者や高齢で長期管理が必要な患者に対して、ドクターカーによる搬送を行った。また、避難生活が長期になり、精神的不安を訴える人や寝たきり状態になる老人に対して、巡回する精神科医・心理療法士、保健婦とコンタクトをとり、施設へ送るなどの方針を協議した。

 毎日の診療状況は診療日報として保健所に届ける他に、医療ボランテイアの統括を行っていたNGO本部に電話で報告した。NGO本部ではこれらの情報とコーデイネーターが行政側と協議した内容などをまとめ、FAXで各避難所に転送したが、これは他の施設での状況を知ったり今後の計画を作成するのに役立った。

 医薬品は初めNGO本部のある西宮市中央体育館より持参した物で、売薬が中心であったが、その後は全国からの救援医薬品で一般診療に必要な物はほとんど入手可能であった。

 地元医療機関の診療再開が増え、避難所での受診患者数も減少した2月中旬より、NGO本部、保健所、医師会との協議の上、徐々に平常の診療体制に移行し、状況を見ながら2月末で撤退し、地元の医療機関に引き継いだ。

 今回の医療活動で気づいた問題点は、災害時における通信網の確立、災害医療コーデイネーターの育成、ヘリコプターを含めた搬送体制の確立である。最後に、災害時の医療活動は長期に継続する必要があり、個人より団体が中心となって活動するほうがよいと思われた。また、麻酔科医はすべての外科系の科と結びつきがあるばかりでなく、内科系からも患者の相談を受ける機会が多く、急性期のトリアージのみならず慢性期の患者の診療に適した立場にある。今後災害領域において麻酔科医が活躍する場も多いのではないかと思われる。


阪神・淡路大震災と集中治療:
設備の損壊状況と対応策

増田貞満、ICUとCCU 19: 505-10, 1995(担当:藤岡)


I.調査目的

 阪神大震災が医療ガスや医用電気供給設備及び手術部、ICU、CCUなどの設備に及ぼした被害状況について克明に把握することで、現有の医療施設をより安全で震災に強い医療機関として改善するとともに、これからの震災に強い医療施設作りの参考にすることも大変重要であるという認識から、以下のU、Vの内容で調査を行い、被害の実態をまとめたうえで考察を加えた。

II.調査対象

 神戸・大阪地区を中心とした125の医療施設

III.調査期間

 地震発生の1月17日当日から約2週間

IV.調査結果(別表参照

V.まとめ及び考察

 以上の結果より、以下の点が今後の対策として考えられる。

1) ライフラインの確保

  1. 電気設備:
    自家発電は空冷式か、水冷式の場合は予備用タンクを設ける。重篤なケアを要する領域には、その領域内専用のバックアップ用非常電源を設置する。

  2. 給水設備:井戸水の確保/予備用貯水タンクの設置

  3. ガス設備:熱源をガスのみに求めず、電気による熱源も検討する。

2) 医療ガス供給設備

3) 手術室,ICU,CCU

W.調査結果

医療ガス供給設備

 

手術部・ICU

 

電気供給装置

可搬式容器

(ボンベ)

吸引ポンプ

配管部

震度4

 

 

 

 

 

・転倒

→二次災害

機械的損傷

火災の助長

 

 

・設置型では

転倒なし

 

 

 

 

 

 

・ナッシュ式

→給水管の破管

断水による停止

水漏れによる

作動不良

 

 

 

・銅管使用部は

損傷なし

 

・鋼管同士の接続部分で破損あり

 

・ほとんど支障なく

治療継続

 

・ほとんど支障なし

震度5

  • 台車の移動による

損傷

・天井に固定された

器具は無傷

・棚に載せてあった

モニターが落下寸前

 

 

 

 

・水冷式の自家発電

→作動しない場合も多い

非常電源は10分程度し

か作動せず

震度7

・基本的には震度45と同じ

 

・地盤沈下による配管の曲がりなどはあり

  • 手術室壁面パネル

損傷

・天井に固定された

器具は無傷

・棚に載せてあった

モニターが落下


大事故災害:第3章 対応の概略

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.18-25
(担当:山本)



病院防災マニュアル作成ガイドライン

看護展望 20: 1194-6, 1995(担当:富樫)


#はじめに

 阪神・淡路大震災では災害医療体制の不備が露呈した形となり、その後病院レベルでの災害時対応マニュアル策定、自主点検及び訓練のためのガイドラインの早急な作成の必要が叫ばれていた。そして平成7年8月、『病院防災マニュアル作成ガイドライン』が「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」から発表された。

#病院防災の意義とその実施

 病院防災を実効あるものとするために、各病院内に設置された災害対策委員会によって病院防災マニュアルが作成され、これに基づいた防火訓練が行なわれることが望ましい。

1.災害対策委員会

災害発生時には災害対策本部として機能するものでなければならない。

2.病院防災マニュアル

箇条書きでチャ−ト等を用いた、シンプルかつ具体的にすべきであり、各々の病院の事情を踏まえたものでなければいけない。

3.防火訓練

防火訓練(年2回)+防災訓練(関連機関及び地域住民との共同で、年1回以上)が望まれる。

#病院防災マニュアル作成の際の留意すべき事項

1.シュミレ−ションを設定する

  1. 災害の種類別に想定:自然災害なのか、人為災害なのか(病院の所在地域で高頻度発生が予想されるものから順に)
  2. 病院の被災の有無の想定
  3. 病院に患者が殺到した場合の想定

2.特に盛り込むべき事項

 以下の項目はどの災害でも必要頻度が高いため、病院防災マニュアル掲載が必要である。

  1. 防災体制に関して
    ライフラインの確保:貯水槽、自家発電装置の検討
    備蓄等の方策:例えば簡易ベッドや担架、医薬品などから食料品まで
    アイソトープ等の病院の所有する危険物に対する方策
    支援協力病院の確保:例えば大学付属病院、系列病院など
    搬送依頼先及び搬送手段の確保:連絡方法、ヘリポ−ト等をどうするか

  2. 災害時の応急対応策に関して
    病院内の連絡、指揮命令系統の確立:特に、時間帯別の連絡場所や指揮命令系統を区分し作成
    緊急時の職員の確保
    病院内外の情報収集及び自病院情報の発信:携帯・パソコン通信等の利用
    二次災害の予防:ガス栓、危険物の確認

  3. 既入院患者への対応策に関して

    自病院の火災・震災時には既入院患者への対応が先決であり、重症者・人工呼吸器・点滴等の状況把握に努めるべきである。また、患者の移送については各々の対応を検討し訓練しておく必要がある。

  4. 患者を受け入れる場合の対応策に関して

    トリア−ジ・入院システムの確立:担当者や場所の確保、特別医療チ−ムの編成
    マンパワ−の確保:近隣の医療従事者の応援体制がどうなっているか

3.救護班の派遣の際考慮すべき事項

地域防災計画上の位置付けを確認
救護班編成の検討:集合場所や医薬品の確保、交通手段について
自己完結型援助の準備:医療機器から飲料水まで準備可能かどうか
救護所でのカルテ様式の作成

#防災訓練の実際

 訓練の手順を検討する際、以下の項目を含むことが望ましい

  1. 情報収集・発信訓練:例えば患者の安否の確認、情報システムの活用など
  2. 避難訓練:搬送経路や搬送準備、連絡方法はどうか
  3. 防火訓練:消火訓練や防火扉など
  4. 設備機器点検:転落落下防止策の確認など
  5. 備蓄する場所や交通手段の確認
  6. 緊急車両などの発着誘導や依頼方法
  7. 患者受入れ体制とその対応方法
  8. 委託業者等へのマニュアルの徹底


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