連載:外国人の救急患者への対応<第2回>

外国人患者の国際帰国搬送(International Repatriation)について

須崎紳一郎※,冨岡譲二※,塩津正己※2,緋田雅美※2
※日本医科大学多摩永山病院救命救急センター ※2同看護部

(Emergency Nursing vol.8 no.6, p561-p565, 1995)


目 次

はじめに
外国人帰国搬送の実態
帰国帰還を求める理由
航空搬送時の医学生理学的な影響と患者管理
おわりに
引用・参考文献


はじめに

 国際化した現今,わが国の海外渡航者数は年間1,100万人強に及び,同時に外国人来日数も大きく増加した.外国人が日本国内で怪我や病気に罹ることももはや稀でないが,外国人旅行者・滞在者への医療はこれまで関心が向けられなかった.

 そしていざ外国人が入院し,さまざまな理由により本国に帰国を希望したとしても,歩行もできない患者を外国までどのように搬送すればよいのか,困惑しているのが大方の実情であろう.欧米では盛んな国際患者搬送(International repatriation)という医療サービスの需要が,わが国で認識されるようになってまだ日が浅く,システムが確立していないからである(文献1文献2).

 今回,われわれの自験例を踏まえて,外国人患者の帰国搬送を述べてみたい.


外国人帰国搬送の実態

 これまでに当施設の医師または看護婦が実施随行した国際搬送例は40症例であるが,このうち11例は外国人の本国送還であった.送還相手国はアメリカ5例,韓国3例ほか台湾,マレーシア,イギリスであった(図1).全例独歩不能であった.搬送にはいずれも民間定期旅客便を利用した(図2図3).

 国際患者搬送帰還を実施する際は,費用負担と保険の処理,迅速正確な医療情報の伝達と連絡,意思疎通の確保,搬送手段の用意,航空会社および先方病院など諸方面の協力の取り付けなど,搬送をとりまくコーディネーションに手間と時間を要するが,この点は国際救援アシスタンス会社の仲介を得ると幸便であった.

図1、外国人患者の帰国搬送


図2、架設ストレッチャーによる搬送
(椎間板ヘルニアの55才ヘルニアのアメリカ人女性をデトロイト経由デラウエアまで搬送したもの)


図3、シートによる搬送
(頚椎損症受傷後ハローベストにより固定され、デトロイトまで搬送された34才アメリカ人男性例)


帰国帰還を求める理由

 日本で医療を受けている外国人が,本国へ帰国帰還を求めるのはなぜだろうか(文献2

1.医療環境の相違への戸惑い

 現在のわが国の医学レベルは,移植など特殊な制約のあるものを除いて,ほぼ国際的な水準に達しているが,医療面では病院間の平準化が遅れ,施設や地域により医療内容にバラツキが見られる.特に欧米先進国からみれば,一般に病室のアメニティやプライバシーに対する配慮が見劣りし,個人の選択の自由が乏しく,医療の専門分化が進んでいないので,本邦の医療環境に不満を持つことは少なくない.

2.経済的問題

 よく「外国では医療費が高額である」と言われるが,わが国は国民皆保険制度が確立し自己負担分が少ないだけであり,実は日本でも健康保険が使えず,自費診療を受ければ医療費負担額は欧米にひけをとらない().もともと日本は食費やホテル代など物価水準が際立って高く,まして最近の為替円高も加われば,日本ほど金のかかる国はないといえるだろう(東京の滞在費は物価高で悪名高いニューヨークの1.5倍,成田空港−東京間のタクシー代<$300>は世界の首都平均の10倍である).

 一方,定期旅客便を利用すれば,近隣諸国で150万円,ヨーロッパへでも300万円程度で移送できる(文献1).ちなみに搬送システムが整備された諸外国には医療専用機があるが,専用機を呼び寄せて利用すると移送費は大変に高額(2,000〜3,000万円)につく(なお在日米軍は本国に向けて定期医療便を運行しており,民間人であっても自国民保護に積極的である).

3.コミュニケーションの障害

 言葉の問題も大きな要素である.いまだ日本国内で英語が十分通じる病院は限られており,ましてそれ以外の患者の母国語で医療を受けられる病院は非常に少ない.おおまかなコミュニケーションはなんとかとれても,手術の説明から日々のケアまで小さな疎通の障害ですら誤解を招き,患者を不安にさせがちである.

4.心情的願望

 患者や家族にとっては日本は外国であり,心理的な不安や生活上の不慣れなどで,落ち着かない思いをするのも致し方ない.誰しも病気入院になれば心細く,生まれ育ち,慣れ親しんだ地での加療を受けたいと願い,できれば早急に帰国を,と希望するのもそれはいわば自然な感情と思われる.


表 各国で急性虫垂炎切除を受け7日間入院した場合の医療費(概算)

国名

医療費総計(万円)

アメリカ(LA)
ハワイ
イギリス
フランス
香港
北京
タイ
ケニア

80-130
60-94
75
45-60
20-35
20
9.5
9.4

日本

40-55

シグナ保険・東京海上火災保険の資料を参考にした.
日本は健康保険を使用せず自費診療の場合.


航空搬送時の医学生理学的な影響と患者管理

 航空機(民間旅客機)で患者を長距離搬送する際に生じうる生理的影響(文献1文献3)と,機内患者管理上の注意点をあげてみよう.

1.酸素分圧の低下

 高々度飛行時(巡航高度33,000ft)は気圧が下がっている.0.9気圧程度に客室与圧をした場合,健常な人には影響がなくても呼吸不全患者では低酸素血症を招く恐れがあり,酸素投与を行う(文献4).低酸素の監視にはSpO2モニタが小型で有用である.冠虚血や脳虚血発作のある患者でも安全を期して酸素を用意した方が良い.

2.気体の膨張

 気圧の低下の影響は酸素分圧だけではない.閉鎖腔の気体は外気圧に反比例して膨張するので,気胸やイレウス,胃膨満の増悪に注意と対処(ドレナージ)が必要である.気腫性嚢胞,減圧症,耳管機能障害,気圧性副鼻腔炎などは飛行が悪影響を与える恐れがある.骨折患者に地上で強固なギプス固定を行うと減圧下で患肢が膨張する.

 体内に留置されるバルーン類(尿道フォーリー,食道ブレークモア,気管挿管カフ)などは液体で膨らませるか,圧を調整する.バキュームマットレス,ショックパンツの圧調整も同様である.人工肛門バッグも大きく膨張する.輸液ボトルはソフトバッグ製剤を用いる.

3.乾燥

 高々度飛行中のジェット機内は相対湿度10%以下と極度に乾燥しているため,重症者では呼吸ならびに気道管理が最も重要になる(図4).このため機内搬送中は十分な補液を行い,気道の加湿には格別の配慮が必要である.

図4、航空搬送中の気道管理
(機内は乾燥しているため、気道加湿に配慮が必要である)

4.騒音

 エンジン騒音のため聴診器は使用が難しい.血圧測定が必要ならばドップラー型を用いる.

5.振動

 胸腔ドレナージがされている時には,移送中の安定を考えて,Heimlich弁を使用しておく.

 飛行酔いへの配慮も必要である.飛行中の安全のためにも患者,機器の固定が求められる.

6.加速度

 離陸加速度を考慮し,脳圧亢進者ないし心不全者は進行方向頭位,低血圧者は進行方向足位に寝かせる.

7.排泄

 架設ストレッチャーは狭く排泄処置は避けたい(文献1文献5)一般乗客からのプライバシーを保つため一応カーテンが用意されているが,一般旅客キャビン内であるので,不快な音,臭いなどは不可.尿道カテーテルを留置し,さらに機内で下痢を防ぐため出発前に経管栄養を中止し,蠕動抑制剤を投与するなどの用意が望まれる.


おわりに

 しばらく前までわれわれは「日本における日本人のための」医療の提供だけを考えていれば良かったが,近年の国際化により否応なしに国内にいる外国人の医療をも視野に入れざるを得なくなってきた.いったん収容した場合は必然的に国際患者搬送の必要が生じてくる.いまだ欧米に比べて明らかに遅れている搬送体制の組織化の確立は急務と言えるだろう.


引用・参考文献

1)須崎紳一郎,小井土雄一,冨岡譲二,ほか:International repatriation(国際患者搬送帰還)の実態と問題点.日本救急医学会雑誌 5(1):42-50,1994.

2)三井香児:International repatriation serviceの必要性と問題点.救急医学 12(6):785-788,1998.

3)加藤啓一,巌 康秀:呼吸不全患者の航空機搬送の問題.呼吸と循環 44(4):349-352,1994.

4)磯崎泰伸,神山洋一郎,白石正治,ほか:ジェット旅客機による頸髄損傷患者の移送.日本救急医学会関東地方会雑誌 11:648-649,1990.

5)塩津正己,坂本幸廣,緋田雅美,ほか:国際患者搬送の看護の実際と問題点.Emergency Nursing 7(5):450-454,1994.


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