国際患者搬送におけるアシスタンス会社の役割と問題点

(日本人医療チームを主体とした SOS Japanとの経験)

冨岡譲二1) 須崎紳一郎1) 辺見 弘1) 青木政幸2)

1)日本医科大学救急医学教室、2)SOS Japan

(第二回日本エアレスキュー研究会プログラム・抄録集、p56-58, 1995)


目 次

はじめに
1.患者発生
2.患者の状況把握・搬送の必要性の判断
3.搬送の準備
4.退院・転院の手続き
5.航空機・ビザなどの手配
6.出入国の手配
7.実際の搬送


はじめに

 医療に国境はないとよく言われる。病めるもの、傷ついたものを助け、癒そうとする気持ちは世界共通であるし、世界中のほとんどの大都市においては、たとえ発展途上国であっても、しかるべき近代医療が行われていることは間違いのない事実である。

 しかしながら、同じような疾患で、同じような検査を行い、同じような治療を受け、同じように治癒したとしても、その細部のプロセスは、国や地域によって大きく違う。医療の質自体に問題がないとしても、症状をうまく訴えられなかったり、治療の手順、検査の内容・結果などが理解できないことへの不安は大きい。

 国際帰国搬送(International Repatriation)の意義はそこにある。異国での治療に不安を抱き、母国での治療を望む患者が存在する以上、そのような患者を、治療を継続しながら帰国させようとする努力がなされるのは当然といえよう。

 われわれ日本医科大学救急医学教室(以下「われわれ」とする)では、1985年以来、International Repatriationを行ってきたが、1991年からは、国際救援アシスタンス会社であるSOS Japanと協力し、年間10件近くの搬送を行っている。(図1)ここでは、SOS Japanとわれわれの協力体制を例に挙げ、国際患者搬送におけるアシスタンス会社の役割と問題点を考えてみたい。

 例として海外で発生した日本人傷病者を日本に帰国させるケースで、医療スタッフとSOS Japanの役割分担を検証してみる。

1.患者発生

 われわれが経験したInternational Repatriationのケースの多くは、旅行者ないしはSOS Japanと法人契約を結んでいる企業のビジネスマンであった。前者の場合は、患者が加入している海外旅行傷害保険の代理店から、後者の場合は、勤務先からSOS Japanに連絡が入るケースが多い。

 そのほかに、患者、あるいは家族からわれわれに直接搬送の依頼が入ることもあるが、そのような場合、われわれからSOS Japanに対して、その後の手続きについて協力を要請している。

2.患者の状況把握・搬送の必要性の判断

 連絡を受けたSOS Japanは、現地に一番近いInternational SOS Assistanceの支社(以下現地SOS)の助けを借りて、現地医療機関・主治医とコンタクトを試み、患者の情報収集を開始する。そのうえで搬送の必要性を判断するわけであるが、SOS Japanには常勤の医療スタッフがいないため、医学的なことに関しては、現地SOSの医師に助言を仰ぐことも多い。また、この時点でわれわれに第一報がもたらされ、助言を求められたり、現地の担当医と、電話・FAXなどでやりとりする場合もある。

3.搬送の準備

 検討の結果、搬送可能ということになれば、SOS Japanからわれわれに、ここまでに収集し得た患者についての情報とともに医療チーム派遣が要請され、搬送の時期・手段(民間定期旅客便か、搬送専用機か、前者とすれば、ストレッチャーか、座席で可能か)・必要な器材・必要な医療スタッフの数などについて協議を行うことになる。

 各国のSOSによっては、国際搬送専用の医療器材を持っているところもあるが、SOS Japanには備えがないため、医療器材の準備はわれわれの役割である。われわれの施設には、国際患者搬送専用のキットが常備してあるが、必要があれば、特殊器材(除細動器、パルスオキシメーターなど)を手配することもある。

 また、民間定期旅客便を用いる際には、機内にストレッチャー・酸素などを準備してもらわなければならことがあるが、この交渉はSOS Japanならびに現地SOSが行っている。

4.退院・転院の手続き

 この間に、患者が入院している病院への支払いの準備と退院手続き、あるいは日本での受け入れ先病院の決定もなされる。

 支払い・退院手続きについては、現地SOS、あるいはSOS Japanの指示により、現地旅行代理店や患者の関係者が行うことが多い。

 受け入れ先については、患者の住所・傷病の種類・空港からの距離などを考慮に入れ、SOS Japanが決定するが、様々な救急医両機関のネットワークや、個人的な「つて」を使って探す場合もあるし、なかなか受け入れ先が決まらなかったり、帰国の日時が、休日や深夜・早朝になる場合は、われわれの施設に一時的に入院させることもある。

5.航空機・ビザなどの手配

 帰国の日時が決定されると、往復の航空機の手配、医療チームのビザ(必要な場合)や宿泊の手配などがSOS Japanによってなされる。通常のビザの発行に時間がかかる国の場合、SOS Japanと大使館の交渉により、緊急ビザが発行される場合もある。

 患者を乗せて帰国する便については、現地出発までに、航空会社に対して、患者についての情報や、必要な器材などを申告しなければならない。(MEDIEF & INCAD)

 これは、現地SOSから直接、あるいはSOS Japanから患者家族・関係者を通じて、現地の主治医に依頼するが、間に合わない場合、現地でわれわれが申告することもまれではない。

 また、航空機の座席については、あらかじめ予約・発券していくのが原則だが、ときには連絡連絡や発券の都合上、われわれが現地の空港カウンターで航空券を購入しなければいけなかったり、酸素・ストレッチャーなどの代金を払わなくてはいけなくなる場合もあり、臨機応変の対応が求められることもある。

6.出入国の手配

 通常の出入国では時間がかかりすぎるため、出国時には救急車内まで出国審査官・税関の係員に出張を依頼したり、入国時は航空会社係員や、付き添いの家族・関係者に代理審査・通関を依頼する必要がある。これもSOS Japanならびに現地SOSから航空会社に対して、予約時に依頼されるのが普通である。

7.実際の搬送

 以上のような手続きが完了したうえで、われわれの医療チームが現地に向け出発することになる。

 現地到着後、われわれは医療機関に向かい、患者に面会し、病院当局・主治医などに、搬送の可否をもう一度確認する。この際には、患者の病歴・諸検査の結果・資料などを納得のいくまで収集・把握するようにしている。これは、患者を安全に搬送することためでもあるし、帰国後、受け入れ先の医療機関に患者の情報を正確に伝達するためでもある。また、患者の状態によっては、持参した医療資器材・医薬品で不十分と考えられる場合もあるが、こう行った場合は、現地の医療機関に協力を要請している。(このような場合、快く応じてくれることが多い)

 現地の医療機関から空港までの輸送機関は、SOS Japanあるいは現地SOSが手配した救急車を用いることがほとんどである。

 多くの場合、現地の病院を出たときから、日本の受け入れ病院まで、われわれがエスコートするが、場合によっては、空港までの移送を現地SOSのスタッフが担当し、われわれは空港で待ち受ける場合もある。

 航空機への移動は、ストレッチャーの場合、専用のリフトカーを用いて機側から行うことになるので、これもあらかじめ手配が必要である。

 機内での医療行為については、すべてわれわれの手で行う。キャビンに医療器材を備えているエアラインもあるが、酸素以外はわれわれの携行している器材を用いている。国際間飛行中の航空機内での医療行為については、明確な法の定めはないが、少なくとも搬送中はわれわれに管理責任があると考え、医療記録を残している。

 到着後は出国時と同様、代理通関を行い、SOS Japanによってあらかじめ予約してあった民間救急車で受け入れ先の病院へ向かう。患者を引き継ぎ、SOS Japanに任務完了を報告してわれわれは帰路につくことになる。

 こうしてみてくると、International Repatriationにおいてのアシスタンス会社の役割というのは、実際の搬送以外のすべてにわたっていることがわかる。その中には航空会社や関係諸機関への交渉など、われわれや患者の関係者だけでは手に余るものも多く、実際問題としてアシスタンス会社抜きでの搬送は考えられないとさえいえる。日本で活動している国際救援アシスタンス会社は複数あり、それぞれが、いくつかの医療機関とともに搬送を行っている。その中でわれわれとSOS Japanが行っている搬送の特徴をあげるとすれば、

  1. 日本人医療チーム主体で活動している
  2. 患者の状態を十分把握し、日本での受け入れがはっきり決定しない限り出発しない

ことがあげられる。

 最初に述べたとおり、International Repatriationが必要になる要因のなかで、言語・習慣の異なる海外で医療を受けることに対する患者・関係者の不安というのは大きな位置を占める。このような場合、日本人医療チームが現地まで行き、日本までの移送に付き添うことによる安心感は大きいものと思われる。反面、日本人どうし、ということで、患者・家族側に「甘え」がみられたりや無理な要求が出されることもあるのは問題点のひとつである。

 また、われわれは、多少時間がかかっても、患者の状態を十分把握し、少しでも状態を安定化させてから搬送することが、安全な搬送のもっとも重要なポイントと考えている。このため、情報不足や、患者の状態が不安定なことを理由に搬送の時期を延ばすこともある。これは賛否両論あるところと思うが、少なくともわれわれがSOS Japanとともに扱ったケースで、搬送中に心肺危機を伴うような大きなトラブルに遭遇したことはない。

 また、受け入れ先の選定も同様である。受け入れ先が決まらないまま出発すると、患者も医療スタッフも不安が大きいし、到着までに受け入れ先が決まらない可能性もありうるため、われわれは搬送開始前にすべての手配をすますのを原則としている。

 これらのことが可能なのは、海外で発生した日本人患者のInternational Repatriationについては、ジュネーブにあるInternational SOS Assistanceの本部でも、患者が発生した国を統括するSOSの支部でもなく、SOS Japanが、搬送のすべてにわたって最終決定権をもっていることによるところが大きい。アシスタンス会社によっては海外の本部が決定権を持っているため、日本側の希望が通らない場合があるようだが、われわれとSOS Japanとの関係ではそのようなことを経験したことはなかった。

 以上、国際患者搬送におけるアシスタンス会社の役割と問題点について、われわれ日本医科大学救急医学教室との関係を中心に考察した。


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