大阪府における入浴死の実態

(平成6年度 5年次公衆衛生学生実習報告書)

大阪大学医学部実習学生 谷口裕紀(4-45)、藤田雅史(4-62)
                    古濱正彦(4-65)
大阪大学医学部法医学教室 若杉長英、黒木尚長    


目 次

1、はじめに   2、対象と方法

3、結果

A)全異状死体の概要からみた入浴死
B)入浴死の死亡場所・死亡状況
C)入浴死例の死因と剖検の有無について
D)死体検案書からの死因と解剖の有無について
E)既往症について
F)てんかん,アルコ−ルおよび,50歳未満の死亡例,浴槽外死亡例について
G)50歳未満の入浴死例についてわれわれが判断した死因について

4、考察     付表


1、はじめに

 今回,我々は大阪府の入浴死例について疫学的検討を行った.風呂に入るという習慣は日本人に特有の習慣で,入浴中の死亡は多いとされているが,実態は明らかではない.


2、対象と方法

 1993年の大阪府における異状死体7093例と,この中で浴室内で浴槽内もしくは浴槽外で亡くなった死体(入浴死例) 542例を対象とし,大阪府警察本部刑事部刑事調査官室で取り扱われた異状死体(交通事故死を除く)に関する資料を用い,年齢,性別,職業,所轄警察署,死因,死亡日時,死亡場所,既往歴,家族構成,入浴前のアルコ−ル摂取の有無,解剖の有無,検屍医師について調査した.大阪市内の例については,大阪府監察医事務所で死体検案書に記載された死因をあらためて調査した.


3、結果

A)全異状死体の概要からみた入浴死表1

 大阪府の平成5年の死亡者数は53110人であり,そのうち,警察へ変死として届け出られた異状死体は7093件で,全死亡例の約13.4%を占めた.これらは冬に多く,12月〜2月の冬季で,全死亡数の26.5%,全異状死体の31.5%,大阪市の病死の異状死体では34.7%を占めた.異状死体として届けられた入浴死は542例あり,冬季に250例(46.1%)もみられた.異状死体は高齢者,男性に多く,全体の64.5%,病死例の62.0%が男性であり,また,70歳以上は全体の37.9%,病死例の48.5%を占めた.入浴死例については,男性は48.2%であったが,70歳以上が71.8%を占めた.50歳未満でも32例(5.9%)みられた.

B)入浴死の死亡場所・死亡状況

 自宅が 474例(87.5%) と大半を占めたが,銭湯も51例(9.4%)と少なからずみられた.変死記録だけでは浴槽内死亡か浴槽外死亡かが判断できない例が47例あったが,浴槽内死亡が474例(87.5%)で大半を占め,浴槽外死亡例は21例(3.9%)にとどまった.高齢者が多く,独居者の死亡例が多いのではないかと思われたが,独居は 106例しかおらず,また,家族がだれも家にいない状態で入浴しているのは  例にとどまり,同じ家の中に家族がいるにも関わらず,発見が遅れ死亡した例がほとんどであった.通常,入浴中の事故であれば,転倒したときに大きな音や叫び声が聞こえてもよいと思われるし,心筋梗塞の発作がおこったのであれば,胸痛や体の不調を訴えてもよいと思われるのであるが,実際にそのような声や音を聞いたという話は,変死記録には全く記載されていなかった. また,家族が溺没に気づき,あわてて浴槽内から引き上げたのちに119番通報するのが常であるが,病院へ搬送され,再び心拍が再開した例もほぼ皆無であった.

C)入浴死例の死因と剖検の有無について表3

 入浴死例は全体の剖検率は14.8%と低いが,大阪市内では監察医制度のおかげでほぼ40%が行政解剖により剖検されている.大阪市外では警察医を兼ねた開業医が検案を行うため,4例が司法解剖されているだけで,1.1%の剖検率であった.変死記録に記載された死因は,急性心不全175例,溺死166例,虚血性心疾患 109例の順で,これらで全死因の83%を占めた.

 非剖検症例462例における検屍医師ごとの死因について,頻度の多い溺水,急性心不全,虚血性心疾患,脳出血,高血圧性心疾患について調べた.死因は,状況から客観的に詳細に判断されたというよりは,検屍医師の好みで決定されているといえる.入浴死例の死因の判断は検屍医師により大きく異なることがわかった.溺水や急性心不全という死因は警察医に多い傾向がみられた.

D)死体検案書からの死因と解剖の有無について表4

 死体検案書からの死因は大阪市内例及び司法解剖例に限られた.本来は,変死記録と死体検案書の死因は同一であるはずであるが,相当な差がみられた.これは変死記録の目的が犯罪性の有無の確認のためであるため,死因が検屍医師から刑事へ充分な伝達が行われなかったためと考えられた.監察医は1日に一人の当番で大阪市内を検屍した後に剖検を行うため,特にその傾向が強かったと思われる.変死記録には溺水,急性心不全が多かったが,実際には死因を溺水,急性心不全とした例は少なかった.溺水は,剖検例6例(7.9%),非剖検例11例(9.5%)であった.剖検例の死因は虚血性心疾患および心筋梗塞で60.5%を占めたが,他の死因は多彩であり,剖検なしで死因を一致させることが困難な例が多くみられた.

E)既往症について

 既往症は,変死記録に記載された内容に限った.それによると,既往症のない人は40歳未満20%,40歳台13.3%,50歳台5.3%,60歳台16.9%,70歳台17%,80歳台23.7%,90歳台21.4%であり,全体で18.7%と非常に少なかった.高齢ほど,既往歴がない人が多い点に特徴がみられ,青壮年の入浴死は既往症の影響があり,高齢では既往症がなくとも入浴死がおこると考えられた.

 既往症は,全体では,高血圧,脳血管疾患,肝疾患,糖尿病,心疾患の順であった.

F)てんかん,アルコ−ルおよび,50歳未満の死亡例,浴槽外死亡例について

 50歳未満の入浴死例が32例もみられたが,既往症がないものは5例だけで,うち3例は幼児の事故死であった.てんかんの既往を持つものが14例(56%)に見られた.

 てんかん既往死亡者は,全部で19例あり,そのうち,50歳未満が74%を占めた.冬季で15例(78.9%)を占めた.死因については,変死記録および死体検案書からも死因をてんかんとするものは剖検後診断の1例だけであった.

 アルコ−ル摂取後死亡者が54例みられたが,そのほとんどが日本酒で1合以上の飲酒であった.40歳台8例,50歳台10例,60歳台18例,70歳台8例,80歳台8例で,男性が43例(82.7%)を占めた.冬季で28例みられ,51.9%を占めたが,春季も15例(27.8%)と多くみられた.既往歴は,肝疾患が15名,高血圧,糖尿病が各 4名,アルコ−ル関連疾患が 6名で,アルコ−ル多飲と関係していると思われる疾患が多く,いわゆる酒飲みがアルコ−ル多飲後に溺没したのではないかと考えられた.

 浴槽外死亡例21例について調べたが,14.3%に既往歴がなく,既往歴のあるものでは,高血圧が44.4%,心疾患が27.8%でみられ,全体と比べ,循環器疾患に既往症を持つ者が多かった.死因は,溺死が見られなかった以外には,全体と差はなかった.

G)50歳未満の入浴死例についてわれわれが判断した死因について

 50歳未満の入浴死例について,変死記録を詳細に調べ,われわれが判断した死因を示した.てんかんの既往がある人が浴槽内でてんかん発作を起こした場合,溺没する可能性が高くそれだけで死亡すると考えられる.また,アルコ−ル多飲後入浴した場合,血中アルコ−ル濃度が上昇すると溺没例多く見られるとされる.

 これらの知見をふまえ判断すると,死因がてんかんとされたものが14例と多く,次に急性アルコ−ル中毒が9例と続いた.

 溺死の4例のうち,3例はいずれも夏に浴槽付近で遊んでいた1歳間近の幼児の浴槽内死亡で,もう1例は重度身体障害者の入浴中の溺没であった.既往歴にない2例のうち1例は剖検していないため心疾患としか推定できなかったが,もう1例は覚醒剤中毒による脳出血であった.本例が剖検による唯一の脳出血死亡であった.


4) 考察

 全体で 542例の入浴死例があり,大阪府の全異状死体数の 7.7% を占めたが, 高齢者,冬に多いという病死と同様の傾向がみられた.高血圧,狭心症等の既往疾患をもった人が風呂に入ることは,それまでその人がいた所もしくは脱衣所と浴槽内のお湯との温度差の為に何らかの生理的な作用が働いてその疾患を増悪させ,既往症のない人でも実際には,動脈硬化などの成人病が症状の出現がないままに進行し,入浴時に病的発作が生じ死に至らしめたと考えた.

 50歳未満の入浴死が32例みられたが,詳細に調べると,その原因がてんかん,アルコ−ル,幼児などの事故で大半を説明できた.入浴中にてんかん発作が生じると,そのまま意識を失い,まわりに気づかれることなくそのまま浴槽に溺没したと考えた.また,アルコ−ル多飲後では,浴槽内で寝てしまい,溺没した可能性が高いと考えた.

 また,死因については,剖検されることなく死因が決定されると検屍医師の好みの死因によることが多く,死因に根拠が少ないことがわかった.したがって,剖検により死因を決定されることが望まれる.ちなみに自験例では,浴槽内死亡例について,全例について行政解剖を行っているが,1例の急性アルコ−ル中毒,1例の風呂で寝る癖のある老女の睡眠による不慮の溺没を除いては,すべてが病死であり,死因は虚血性心疾患が大半を占めた.


付表

表1 入浴死数の月別分布

入浴死数(%)
19116.8
27714.2
36912.7
4366.6
5336.1
6183.3
7203.7
8142.6
950.9
10488.9
11499.0
128215.1
総計542100.0

表2 入浴死数の年齢分布

年齢層
0-9歳325
10-19歳213
20-29歳426
30-39歳011
40-49歳11617
50-59歳261642
60-69歳463377
70-79歳77104181
80-89歳79101180
90-99歳131528
不詳000
合計261281542

表3 変死記録からみた死因と解剖の有無の関係について

地域大阪市内大阪市総計剖検率(%)
(剖検)ありなしありなし
急性心不全42301481752.3
溺 死2435110616615.1
虚血性心疾患212516210920.2
心筋梗塞1701018100.0
脳出血11100128.3
高血圧性心疾患070180.0
脳梗塞040370.0
心筋梗塞2103633.3
腎不全020240.0
肝 癌010230.0
その他75161942.1
総 計76116434654214.8

表4 検屍医師ごとの非剖検症例の死因(検案数 8以上)

(省略させていただきます。web担当者)

表5 死体検案書からの死因と解剖の有無の関係について

地域大阪市内大阪市総計剖検率(%)
(剖検)ありなしありなし
虚血性心疾患2951008036.3
高血圧性心疾患12000214.8
溺水による窒息611201942.1
心筋梗塞1701018100.0
脳出血11100128.3
脳梗塞2700922.2
肝硬変2100366.7
急性心不全1200333.3
肝 癌1200333.3
くも膜下出血20002100.0
急性アルコ−ル中毒20002100.0
腎不全020020.0
糖尿病性心疾患020020.0
動脈硬化性心疾患10001100.0
その他117101963.2
総 計761164019640.8

表6 既往症の種類と年齢・アルコール摂取の有無との関係について

  全 体 50歳未満アルコ−
ルあり
浴槽外 
死亡
人数(%)人数(%)人数(%)人数(%)
高血圧12529.1312.0411.8844.4
脳血管障害8319.314.0514.7422.2
肝疾患6114.2520.01544.1211.1
糖尿病4911.414.0411.8316.7
心疾患4510.500.012.9527.8
手足の麻痺4310.000.025.900.0
虚血性心疾患368.414.012.900.0
整形外科疾患327.500.025.915.6
317.200.000.0316.7
消化器疾患307.000.0411.815.6
神経疾患204.700.012.900.0
精神疾患194.4520.038.815.6
腎疾患194.400.025.915.6
てんかん194.41456.000.015.6
痴 呆184.200.000.0211.1
慢性呼吸器疾患163.700.012.900.0
その他13431.1416.01544.1316.7
合 計7801.82341.36601.76351.94

表7 50歳未満の入浴死例についてわれわれが判断した死因と年齢分布

  全 体 溺 死 アルコ−
ル中毒
てんかん心疾患 覚醒剤 
中毒
0-9歳3251200200000
10-19歳2130000210000
20-29歳4261000221000
30-39歳0110000000100
40-49歳116170063321110
合 計2012322263952210


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