中毒に関する情報ネットワーク

大阪府立病院救急診療科#、(財)中毒情報センター*

吉岡敏治#*、黒木由美子*、池内尚司#
後藤京子*、窪田愛恵*

(救急医療ジャーナル vol.6 (1), 17-20, 1998)


目 次

はじめに
収集された情報の提供
情報収集の自動化(登録)
(財)日本中毒情報センター・ホームページ
今後の課題
おわりに


はじめに

 日本中毒情報センターの電話による総情報提供件数は、この10年間で40万件を超え、その情報源として10万種類に達する化学物質の毒性データを収集・整備した。しかし、この情報提供件数は人口当たりではいまだ欧米諸国の10%程度で、すべての国民、医療従事者の要求に対応するには、現在の日本中毒情報センターの規模では困難である。一方、中毒情報提供に資するデータベースの整備は、新規化学物質の登録が年々増加しており、欧米の中毒医療先進国においても、大きな課題となっている。

 インターネットが情報の伝達や共有の手段として脚光を浴ぴているが、この方法は、日常、他の用途で使用しているパソコンがそのまま情報処理端末となるので、きわめて便利である。すなわち、文章一数値、画像など、どのようなデータでもいったん入力すれば、その統計処理、図表化を容易に行ラことができ、保存や最新のデータの追加も可能で、さらには検索機能があり、瞬時に不特定多数あるいは限定された人々と容易に情報を共有することができる。

 インターネットは、情報提供、情報収集という中毒情報センターの二大事業の自動化にまさしく打ってつけの手段である。

収集された情報の提供

 中毒の原因となり得る化学物質の数はまさしく無数で、わが国における中毒事故の発生数は、幼・小児のたばこの誤食などを合めると、年間数十万件と推測されている。しかも、化学物質によりその毒性や治療法が異なる。そのため、1対1の電話対応だけでは情報提供に限界があり、また従来の書籍による情報の提供では、紙面の制限から、収載起因物質数が多いものは情報内容が不十分で、情報内容が充実しているものはその収載数が限定されてしまラのが実状である。

 既存のデータベースとして特筆すべきものに、POISINDEX(R)というCD-ROM版のデータベースがある。このデータベースは、フォーマットに沿って物質ごとの繰り返し(重複)も多いが、プリントアウトすれば40万ぺージにも及ぴ、パソコンの持つ検索機能を活用してさまざまな要求に対応できるものである。

 日本中毒情報センターも、家庭用品の誤食を中心にしたデータベース(JP-G-TOX)と医家向けのデータベース(JP-M-TOX)の2種類をCD−ROMとフロッピーディスクで販売している。

 これらの情報をLAN(Local Area Network:限られた範囲のコンピュータ同士が 物理的にラインで接続され、相互に通信可能な環境)、WAN(Wide Area Network:LAN同士が広い範囲でつながれた環境)、あるいはインターネットに収載すれば、惰 報提供の自動化は実現できることになる。

情報収集の自動化(登録)

 毎年新規に販売される商品は膨大な数に達するが、少なくともその成分・組成等は、商品が市場に登場すると同時に把握されるべきである。新しく合成・発見される化学物質や、次々に解明される既存の化学物質の毒性情報も含め、これらの情報をいかにして継続的に効率よく収集するかは、中毒情報センターにとって大きな課題である。

 われわれが必要とするほとんどの情報は製造業界自体や、それを統括する省庁あ るいはその外郭団体にすでに登録・保存されているため、ネットワークによる情報の共有が可能となれば、収集作業はほば不要となる。さらに、登録・保存されている情報が関係機関の調整によって一定のフォーマットで収集されれば、わずかな労力で中毒情報センターに有用なデータに再整備できる。

 WHO(世界保健機関)は、情報ネットワークの整備等を課題に委員会(WHO/ IPCS; Internatinal Program on Chemical Safety)を設置している。この委員会ではすでに収集情報・提供情報のフォーマットが決定されている。ただし、ネットワークの構築についてはまったく実現されていない。われわれも各種団体、行政機関の保有するデータの内容とその共有化もしくはわれわれへの供与の可能性に関する調査を行い、協力を呼び掛けている。

 日本中毒情報センターにとって、もっとも有用な既存の登録データは、商品ごとの「化学物質安金性データシート(MSDS)」であるが、行政との共有(供与)については否であり、オンラインによる憎報の共有には程遠い状況である。

 そこで、製造業者個別に情報提供を依頼しなければならないが、個別企業については、中毒事故事例が頻発する工業界は毒性データの提供に比較的協力的であるものの、誤飲・誤食頻度が高くても毒性が低い物質、換言すれば、中毒という認識のない化粧品や塗料、玩具煙火(花火)などの製造業界は、中毒情報センターへの保有データの供与は不要とする考えが強い。

 前述した POISINDEX(R)の基礎資料は、全米の90%を超える中毒情報センターが加盟している米国中毒センター協会(American Association of Poison Control Center)の整備したデータ・ファイルであるが、1987年に商品化された後は、企業として、世界中に協力者を置き、”人海戦術”で新しいデータを収集している。

 収集すべきもう一つの情報は、わが国における中毒事例の疫学調査や治療に際しての参考症例として、情報提供に資するための症例収集である。これについては、医療従事者がオンライン入カできる症例収集システムが構築されれば、実現可能である。0157集団食中毒の際には、医師個人の判断で複数の医療機関から症例情報や治療情報が制限なく流されたが、単発事例が圧倒的な割合を占める通常の中毒では、一定のフォーマットで症例を収載すべきであろう。

 中毒症例を収集するための、ネットワークとして、現在実動しているのは、アメリカの National Data Collection Systemだけである。これは米国中毒センター協会のネットワークであるが、その収集手段は、まだ大部分、郵送やFAXによるものである。

日本中毒情報センター・ホームページ

 以上のような状況を踏まえ、われわれは、インターネットを利用した中毒情報の自動提供システムを構築した。

 システム構築に際しては、情報共有化の効果を上げるために管理・運営の分散化を図ること、閲覧者、特別閲覧者、入力者、管理者のレベル設定が行えること、オンライン検索、オンライン入力が可能なシステムとすること等を原則として、1997年2月5日、インターネット上に日本中毒情報センターのホームページを開設した。ホームページのアドレス(URL)は http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/poison/www/" である。

 図1に、日本中毒情報センター・ホームページの目次を示す。このように、ホームページは、医師、一般市民を間わずすべての国民が閲覧できる内容と、医療従事者等を対象にした内容に二分されている。前者は日本中毒情報センターの事業案内、問い合わせ状況、問い合わせ頻度の高い起因物質30品目の中毒情報、中毒事故の予防から応急処置までの一般的知識等である。また、別に設けたニュース欄では、国民やマスコミの関心を集めた原油流出事故、珍しいがアオブダイの 切り身で9人の中毒患者が集団発生したパリトキシン中毒など、この領域のトピックスが紹介されている。開設後 8か月で 4,293件のアクセスがあった。

 後者は、図2に示すように、三つの独立したデータベースで構成されている。いずれもオンライン検索、オンライン入力、セキュリティチェックを備えている。

 「中毒起因物質と血中レベルデータベース」は、血中濃度から見た症例集を収載しており、そのデータの提供者と直接連絡を取ることもできる。なお、日本中毒情報センターのホームページにはないが、薬物分析の依頼があれば即座に、分析に携わっている会員が好意で多元的に応じるネットワーク(poison net)がある。いずれも、広島大学医学部法医学教室の屋敷幹雄氏の献身的な努力によ り、ほぱ完成された状況に達している。

 「中毒関連雑誌/学会誌データベース」は「Medline」などの既存の文献情報では検索できない和文論文、学会発表を集積したもので、北九州総合病院救命救急センターの西岡憲吾氏を中心に、多元的なデータの追加が可能なシステムとなっている。

 「中毒臨床例データベース」は、これを介して中毒症例の収集、供覧を行おうとするもので、まだフォーマットが定められただけの段階である。日本医科大学の冨岡譲二氏を中心に、近々、数か所の救命救急センター間でパイロットスタディを実施する準備が進められている。

 これらの作業はいずれも、筆者が主任研究者である厚生省の健康政策調査研究事業「化学中毒の情報ネットワークシステム構築に関する研究」の一部 として行っているものである。

 なお、日本中毒情報センターは FAXによる情報の自動提供も行っている。このシステムは FAX情報ボックスと呼ばれ、商品案内等に利用されているシステムと基本的には同様である。問い含わせ頻度の高い成分90品目(商品名を合む物質名数では1600品目)についての情報を、1物質当たり平均A4判 2.5頁に再整理して自動FAXに搭載し、1997年 2月 1日より、日本中毒情報センターの会員(個人会員 2,043人、施設会員 162機関)に対して、情報提供を行っている。'97年 9月末までの 8か月間に、849件のアクセスがあった。

 FAX情報ボックスは、一方的な情報提供のみでネットワークとはいえず、またデータベースも機能上限られるが、現時占では有力な自動情報提供システムとなっている。

今後の課題

 日本中毒情報センターは必要経費の一部を得るため、情報提供に際しては ダイヤQ2と会員制を導入して、受益者負担としてきた。現在ホームページに公開し ている情報は無料であるが、一般惰報のみとなっており、前述のCD−ROMに収録され たデータやさらに詳細な内部保有情報を公開するに当たっては、この受益者負担の問題をクリアする必要がある。これが解決できれば、手持ちの専門中毒情報の収載にはそれほど大きな作業は要さない。

 情報の自動収集に関しては、症例情報の収集はインターネットの中毒情報ネットワークヘの登録施設数を増加させることで、ある程度可能である。ただし、インターネットを通じた症例収集は、収集・統計処理が簡便になり、結果を迅速に二次利用できる反面、そのデータの責任の所在があいまいになり、患者のプライバシーにも問題があるという指摘もある。

 また、商品の組成や毒性情報の登録については、行政・業界とも対応が個々で 異なり、情報公開の盛んな現今でも、機械的な情報の共有はまったく不可能で、なお多くの検討課題を残している。化学物質の毒性情報の収集は、日本中毒情報センターの日常業務の中でまさしく最重要業務であると同時に、時間を要する業務でもあるため、この問題の解決がもっとも急がれる。

 このほか、中毒に関する情報ネットワークの今後については、次のような展開が考えられる。

 まず、インターネットによる中毒情報ネットワークは、集団化学災害時には大きなカを発揮するものと思われる。災害発生時に特別のニュース欄を設けるか否かは別として、伝達手段は確立されているので、市民や救急隊員、既存のマスメディア等が必要とする集団災害用の情報内容を早急に検討、整備する必要がある。

 さらには、臨床や教育面での活用も考えられる。日本中毒情報センターが保有するデータベースには、臨床症状や異常検査緒果、薬毒物の性状・形状などが収録されている。これらの情報を駆使し、中毒起因物質が不確定な症例に対して診断補助の情報が提供できれば、情報伝達の双方向性を生かした価値のあるネットワークが構成できよう。また、すでに中毒臨床の教育用 CD-ROMの作製に取りかかっているが、これもネットワークのデータベースの一つとなろう。いずれも新しい形態での診断、教育の幕開けである。

 現在は、分散化されたシステム運営が個人の努力により維持されているが、今後は、これらのシステムをどのように軌道に乗せていくかも大きな課題である。

おわりに

 1対1の電話対応による惰報提供は、回線普及率、簡便性、要求情報の多様性にも即応できること等から、この方法に対する評価はきわめて高く、その重要性は将来も変わらない。

 データベースの自動提供システムや自動収集システムは、現時点では限られた内容、限られた施設を対象とせざるを得ないが、中毒情報センターの業務の効率化 には欠かせないものである。多元的な管理が今後どのよラな問題点を生ずるかは明らかではないが、少なくとも日本中毒情報センター内に、ネットワークを管理する専門官を配置する必要がある。

 ネットワークとは、山積みされたデータを単に個人が引き出して利用するシステムではなく、多くの機関に分散するデータを共有して管理・再利用することである。


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