アメリカの災害医療システム(NDMS)の現況とわが国における近代的災害医療システムへの展望

−災害救援医療チ−ム(DMAT)の重要性−

鳥取大学医学部付属病院麻酔科  和藤 幸弘

『アスカ21』 vol.15(4) 1995  pp.14-15


目次

はじめに
米国の災害医療システム
米国における現状の問題点
わが国における現行の災害医療システムと再検討への展望
おわりに


はじめに

 阪神大震災においては総計6,000名を越える死者が報告され、都市型大災害における数多くの問題点が暴露された。また、各方面からおびただしい数の提言がなされている。

 周知のごとくわが国は世界でも有数の地震多発国であり、また、自然災害に加えて、航空機事故、列車事故、ビル火災、原子力発電所の事故などの人為的災害にも、これまでの犠牲を無駄にしないよう十分な対策が検討されなければならない。

 しかし、わが国における災害医療管理に関する法律は古い。また、その間、わが国の社会的経済的発展は大きく、現状に沿わない部分も多い。

 災害のあとに新しい法律や制度が設立されることは世界的傾向であり、この度の震災後、米国のFEMA(連邦緊急事態管理局:Federal Emergency Management Agency)が注目されているが、その現状と問題点を紹介し、わが国における災害医療システム再検討の一助となれば幸甚である。


米国の災害医療システム

 1980年、セントヘレン火山の爆発の、翌年、レ−ガン大統領はNDMS(国家災害医療システム:National Disaster Medical System)の確立を提唱した。その結果、Department of Health and Human Services、VA(Veterans Administration)、FEMA、DoD(Department of Defence)、 民間団体が協力し、1984年、大災害時における連邦規模の医療管理システム(NDMS)が確立された。

 内容を以下に示す。

 1.DMAT(災害救援医療チ−ム:Disaster Medical Assistance Team)の派遣。
 2.傷病者を他の地域に搬送。
 3.国内ネットワ−クによる10万床の確保。

〈DMAT〉

[機能]応急処置、トリア−ジ。
構成)医師、看護婦、救急隊員(EMT)、調整員など計30名。

[提唱]全米で計150ユニット。
12時間以内の出動が目標。

〈CSU:Clearing and Staging Unit〉

[機能]240床の野外診療所(重症:60床)
[構成]DMAT3チ−ムと15名の伝達、補助要員の計105名。
[提唱]全米で計50ユニット。

〈野外手術ユニット〉

[機能]手術36−40/日。
[構成]約215名。
[提唱]計15ユニット。

〈搬送〉米空軍

 C-9ナイチンゲ−ル(担架:40)、C-130(担架:40)、C-141(担架:32、歩行可能患者:70)などの輸送機。

 1994年のノ−スリッジ地震の規模では医療や救助などはNDMSでなく地方レベルで管理され、FEMAはおもに資金などの援助を行った。


米国における現状の問題点

 NDNSにおけるDMATは米国内でもその地域や州レベルで管理できない規模の災害、例えば1989年のハリケ−ンHugo、Loma Prieta地震などで実際に活動したが、以下のごとく種々の問題点も指摘されている。

1.DMATは70以上のチ−ムが認定されているが、DMAT、CSUのサイズが大きすぎて緊急に対応できないこと。

2.DMATの人員が地域をベ−スに編成される場合(いわゆる寄せ集め)、同じ施設で日常的に診療を行っているチ−ムのようなスム−ズな診療ができない。

3.現在10万3000床が約束されてはいるが、全米の病院がNDMS以前に独自に盛り込んだ防災計画に基づいて、速やかに患者収容計画を実施しきれるか疑問である。

4.FEMAのみでなく、複数の省庁が集まってNDMSを施行するため、命令系統、責任の所在が混乱している。

 


わが国における現行の災害医療システムと再検討への展望

 わが国における災害時の医療管理は、1947年(南海大地震後)に制定された『災害の応急救護』に関する災害救助法との1961年(伊勢湾台風後)に『国の災害対策に関する総括的法律』として制定された災害対策基本法に基づく。これらによると、災害時の医療は地方医師会と日本赤十字社に全面的に依存し、救命救急センタ−、大学病院、自衛隊などの義務や責任は含まれていない。現実には、まず地方医師会が活動を開始して、医師会の災害対策本部から地元の大学病院や、救命救急センタ−などが設置された病院に医師や看護婦の派遣、患者収容を要請する形をとる地域が多い。また、日本赤十字社は赤十字の理念に基づき、これまで災害現場で救護活動にもっとも大きな役割を果たしてきた。しかし、これらの法律が定められた当時と現在とでは、わが国における医療の形態は大きく異なっている。全国組織の大病院は赤十字のみでなく、また、80以上の大学病院や100カ所以上の公立病院に救命救急センタ−が設置されている。

 被災地では通常よりも医療能力が低下しており、入院や手術が必要な傷病者は他の地域に分散して収容されなければならない。

 阪神大震災後、近隣の病院が医療チ−ム(DMAT)を派遣したり、傷病者を収容する相互協約が各地で検討されている。DMATは同じ病院の人員で構成されることが望ましく、あるいは編成したチ−ムで定期的に訓練をおこなうことが必要である。また、自己完結型の必要がある。DMATは基準を設け、米国のように政府が認定し、標準的な資材を提供する形が望ましい。

 米国では医師や看護婦が緊急時に所属する医療機関以外でも診療に加わることができる。しかし、これは写真入りで身分を証明するIDを表示することが日常化していることが前提である。阪神大震災では医師や看護婦が所属する医療機関に出勤できなかったり、一方で、悪意ではないと思われるが、ニセ医者も発生している。病院における防災対策(患者収容計画や救援)の整備、地域における薬剤などの備蓄、全国共通のトリア−ジタグも検討されなければならない。

 医療を軍隊に依存するほど、未熟な国であると世界的にいわれてきた。しかし、冷戦が終結し、特に西ヨ−ロッパ各国を中心として軍隊のあり方が再検討されている。わが国でもPKOや難民救済などに自衛隊が派遣されるようになった。1993年の北海道南西沖地震では初めて早期に医療チ−ムを含む自衛隊の出動が要請され、その結果、迅速な負傷者の搬送が行われた。現時点では自衛隊が組織力や装備などにおいて、唯一の整備された組織であり、国内の災害の救援においても、積極的に活用されるべきである。


おわりに

 米国の災害医療システムにも前述したように問題点がある。米国やその他の医療先進国のシステムを十分検討し、わが国独自の近代的な災害医療システムを早急に確立する必要がある。


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