災害は、自然災害であれ人為災害であれ、沢山の市民の尊い生命を奪い、その健康や財産を損ねます。科学技術や医療水準が向上したわが国においても、大規模災害を防止することはきわめて困難であります。
わが国は昨年、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件という2つの大災害に見舞われました。これらの出来事は、わが国では危機管理や災害への備えが十分ではなかったということを明らかにしました。浮き彫りにされた問題の中で最も重要なものの一つは、災害直後における情報の収集とその伝達のための有効な手段が、確保されていなかったということでありました。
災害時の情報伝達は、災害発生後1〜2日の間が最も重要と考えられます。例えば、阪神・淡路大震災において、被災地の隣の大阪府から、1ヶ月以内に医療チームを派遣した病院は58ありましたが、このうち地震発生後48時間以内に医療チームを派遣できたのは4病院に過ぎませんでした。その一因に被災地の医療機関と周辺の医療機関との間で、円滑な情報交換が行えなかったことが上げられています。
東京地下鉄サリン事件においては、警視庁が被害の原因としてサリン中毒が疑わしいという発表をしたのは、救急医療機関に最初に患者が運ばれてから2時間半以上たってからのことでした。この情報が医療機関に届いた時点では、多くの患者においてサリンの拮抗薬であるパムを投与するタイミングを失う結果となっています。
これらのことから、もし正確な情報が迅速に伝えられたならば、2つの災害による被害者や死者を減少させることができたものと推測されます。それゆえ、災害時の情報伝達手段の確立は、わが国における危機管理の非常に重要な課題であるということができます。
さて、最近の通信技術の進歩において最も特筆すべきものは、インターネットでありましょう。現在インターネットに接続できる人は世界中で数千万人を越えており、日本でも利用者が爆発的な勢いで増加しています。
その情報発信手段のひとつは掲示板に相当するワールド・ワイド・ウェブ(WWW)で、東京消防庁パソコン部会でも本年6月より、美しくまた充実したホームページを発信しておられることは周知のことであります。
もうひとつはメーリングリストと呼ばれる仕組みで、電子メールの同報機能を用いて、登録した多数のメンバーに同時に電子メールを送り、きわめて短時間のうちに情報交換や意見の調整を可能にするものです。
阪神・淡路大震災においても、地震の直後からインターネットの有用性が注目されました。地震の後6日間に、大震災情報専用のウェブサイトが少なくとも25、設立されたといわれており、そのうちの一つには最初の20日間に、世界中から36万人の人がアクセスをしました。大震災関連の非政府組織(NGO)やボランティアのために10以上のメーリングリストが活動を開始し、およそ5000人の人々がこのメーリングリストで結ばれたと言われています。これらの活動は政府や自治体の広報活動の一環として行われたものではなく、市民自身による草の根の活動でありました。
しかし、もし災害準備体制の一つとして、インターネットを用いた全国規模のネットワークが準備されていたなら、救急医療機関や災害救助団体の間で、もっと迅速な連絡が可能であったものと考えられます。そして、このような災害ネットワークには消防署員、救急医療関係者、防災研究者、政府や自治体の災害担当官、ボランティア団体のリーダーなどの幅広い層の人々に参加していただく必要があります。
私共の教室では平成8年2月より、災害および救急医療に関心のある様々な職種の人々を結ぶ試みとして、「救急医療メーリングリスト」という活動をしています。わが国の防災関係者の中でインターネットに接続できる人はまだ少数ですが、そのうち百人以上というかなりの方々に参加していただき、日々様々な問題について意見や情報を交換しています。私共は東京消防庁をはじめ全国の消防関係者が、積極的に参加して下さることを切望しています。参加希望者は下記への連絡をいただきたく、よろしくお願い致します。
〒791-02愛媛県温泉郡重信町志津川
愛媛大学医学部救急医学 越智元郎
TEL 089-964-5111 (内線3474)
FAX 089-964-7435
電子メール gochi@m.ehime-u.ac.jp