シリーズ「インターネット基礎講座(9)」

水野義之「大学や地域ネットワークにおけるボランティアの役割」

「教育と情報」平成8年12月号(No.465),p.46-49


 本資料の収載にご協力いただきました、文部省大臣官房調査統計局企画課 「教育と情報」編集担当者の皆様に深謝いたします(ウェブ担当者)。

はじめに:インターネットとボランティア

 商用利用が始まる前のインターネット は、学術研究者によるボランティア・ネッ トワークであった。インターネットで繋が れるものはヒューマン・ネットワークであ り、本来的にボランタリーなものである。

 メディアとしてのインターネットの特徴 は,広域性,即時性,記録性,双方向性、 マルチメディアとの親和性の高さ等にある。 これをボランティア活動にも活用出来れば, 従来の様々な限界,例えば組織,年齢,時 間、空間などの壁を越え,既存のネットワ ークを広げられる。これは「学会」による 交流に似ている。大学は期せずしてインタ ーネット利用に適した組織であり、そこに 大学の新たな社会的役割も見い出せる。

 大学の本来の役割は、学術研究、教育、 そして成果の普及という3点にある。この 「普及」という観点こそ大学に対する一般 社会や国民の期待と言ってもよい。これは 例えば大阪大学のモットー「地域に生き世 界に伸びる」にも反映している。調べて見 ると地域社会を研究テーマに持つ大学は意 外に多い。産学交流のための科学技術共同 研究センターなる組織を学内に持つ大学も 増加している。広義の「普及活動」の重要 性の指摘は、最近の「科学技術基本法」や 第15期中央教育審議会答申にも見られる。

 人間の潜在能力に限りがないように、社 会にも眠っている活力は多い。大学とイン ターネットとボランティアは、未だ生かさ れざる社会の活力や人間の自主性を引き出 すメカニズムとして共通している。

物理学研究とWWW

 WWW(World Wide Web)が発明されたのは、 欧州の素粒子物理学研究所(CERN)にお いてであるが、これは物理学で発達した国 際共同研究での情報交換の不便さを解消す るためであった。当時CERNの研究員であ った筆者もその後WWWがこれほどまでに 発展するとは夢にも思わなかったが、しか しまだまだ、一般のインターネット利用法 には発展の余地がある。

 驚かれるかもしれないが、大学でのネッ トワークのシステム管理者は、毎日数百通 の電子メイルを受け取るという。一般の研 究者でも処理すべき電子メイルの数は加速 度的に増加している。役に立たない情報も 多いが、貴重な情報収集もこれにより初め て可能となるため、この可能性をどう生か すかという点に、今後の発展の余地がある。

インターネットのメイリングリスト

 電子メイルで交換される情報量の多さの 秘密は、「メイリングリスト」というシス テムにある。これは登録した参加者全員へ の電子メイルの同報システムであり、情報 共有と意見交換を瞬時に、参加者全員で行 える。これによりある話題に関する参加者 の知恵の最高のものを見つける事が出来、 ある種のミニ学会、あるいは知的コミュニ ティが形成出来る。

 このようなメイリングリストは、社会の 既存の「繋がり方」との対応で言えば同好 会、あるいは談話会、協議会、研究会など に対応する。逆に既存の繋がり方の組織が メイリングリストを運用すれば、会員相互 の情報交換は質も量も飛躍的に向上する。 交された情報は同時に貴重なデータベース となる。メイリングリストとWWWの組み 合わせにより、検索やデータ整理の利便性 は更に向上する。

社会の中のインターネット利用

 この様なインターネット利用をとりまく 最近の状況変化として、低料金のインター ネット・サービス・プロバイダーの出現と 増加、社会的、文化的なインターネットの 認知と位置付けの進展,通信費の低減傾向、 サービスの向上、利用技術の容易化等があ った。学校でのネットワーク教育の研究推 進や,地方の町からのWWW情報発信,商 工業者を巻き込んだ地域情報化の進展も多 くあった。また先の阪神淡路大震災の救援 におけるインターネット利用もあり,多く のボランティア団体がインターネット導入 を検討、あるいは推進している。

 学術の発展にはオープンでフラットな、 国境のない情報交換が当たり前であったが、 よく考えるとその様なネットワークは,世 界の経済活動を始め,社会のあらゆる所で すでに気付かない内に存在し,また必要と されている。構造的組み替えとネット化を 経験しつつある社会の中で、ボランタリー な問題意識を持って主体的に努力する限り、 インターネットが役に立つことは間違いな い。一般社会においても、ネットワーク利 用が広範に可能となれば、例えば地域社会 での交流不足の問題や、世代を超えた知恵 の交換(例えば子供のネットと高齢者ネッ トの交流)、行政と市民のネットを通した 日常的対話や交流なども容易になるだろう。

ネットワークを生かすボランティア精神

 パソコン通信などでは、時としてネット 上で喧嘩がおこるが、これは参加者が「不 特定」多数である点に伴う問題である。こ れに対しメイリングリストは、参加者が分 かった「特定」多数のコミュニティでの情 報交換システムであり、そのため参加者の 間に信頼関係を形成することが可能である。

 電子ネットワーク上で情報を得る最も効 率的な方法は、自ら情報を出すことである。 それはボランティア精神そのものである。 阪神淡路大震災の時も、多くのボランティ アが「ほっとかれへん」と感じ、誰に言わ れることなく自ら動いた。その結果、彼等 は実に多くのことを学んでいった。

 どんな組織も、発展に従う組織の細分化 は避けられない。その中で新しい作業が必 要な時、人は最初は一人でも動くものであ る。インターネット的な繋がりを最も生か せるのは、広義のボランティアであろう。

社会の新たなネットワークの発見

 現代社会の複雑な組織構造の中で、多く の若者は学ぶことの意味をあまり感じられ ず、「居場所」の喪失感覚を持っていると いう。しかし直接的な体験や交流は、彼等 に多くのものを与えるようである。

 例えば、最近の日本社会教育学会での「ボ ランティア・ネットワーク」部会でのこと、 某有名女子大の大学院生が、ある海外協力 NGOで学んだことを嬉々として語ったの だが、あまりに嬉しそうで元気な発題だっ たので学会には珍しく拍手まで起こった。 いわく自分は小・中・高・大学を通して授 業や学習が面白かった体験がない、しかし そのNGOでは学ぶことが何もかも面白い という。このような自己発見の機会は何処 にでもあろうが、ボランティア体験は参加 者に主体的な社会参加の機会を自然に提供 する契機として貴重である。

 もう一つの例は「ネットワーク・ボラン ティア」であり、阪神淡路大震災後の支援 を契機に出来たインターネット上の活動で ある。この中で大学の有志教官や技術系会 社員、NGO団体職員らを含むWNN (World NGO Network)なるグループは、NGO/NPO 団体の情報化支援、セミナー開催、広域防 災の情報交換等を現在も継続している(図 1)。1995年5月のサハリン大震災の 際には、緊急医療NGO団体からの現地報告 をインターネット上にも流したところ、マ スコミよりも早く詳細な情報が飛び込むこ とに感銘を受けられた神戸松蔭中学・高校 のある先生が、これを朝の講話に取り上げ た。その結果、生徒らの募金があり近隣の 男子校にも情報が伝わり、8校が合同で神 戸・高校生ボランティア連絡会議を結成、 街頭募金も行ない、マスコミも「学校の枠 越えスクラム」なる表現で報道した。この 展開に興味を持った私はその後、彼等に話 しを聞く機会を持ったが、そこでインター ネットを説明した所、中学生はWWW上の 被災地地図に興味を示し、高校生はWWW での情報提供で自分達のバザー企画の宣伝 を提案した(図2)。私とその学校の先生 との交流も進展し、物理学にも興味を持た れることとなった。人間関係の広がり方は、 ネットにより加速されると言えそうである。

 ネットワーク利用者は、毎年約2倍近い 速度で増加している。1996年10月には、 パソコン通信とインターネットの利用者ID 数は共に約550万人である。しかしネッ トワーク・リテラシーの向上には時間がか かる。その活用はこれからである。ネット 利用の先達である大学や研究所でネットに 慣れた職員有志の中には、専門家のボラン ティアとして国民との知的交流を行う人々 も増えている。それは大学の文化を直接的 に国民と共有する、新しい道を開いている。

おわりに:ネットワークの生かし方

 ネット中毒の弊害の指摘もあるが、これ はどのメディアでも(例えば読書でも)見 られる、付き合い方の問題である。テレビ に比較すると、ネットワーク利用で要求さ れる能動性は今後の社会でも重要であろう。

 また人間関係はその人の財産であるが、 学校の同窓関係は生かすのが困難であった。 これもネットワーク社会になれば、今まで の何倍も生かす道が誰にも開けるであろう。

 人は知りたいことが分かったとき感動を 覚える。その楽しさを知る者は、ネット上 での質問にも時間を割いて答える。あるい は調べ方を教える。また誰でも自分が見つ けた事を発表したい欲求を持つ。その情報 が誰かの役に立つ事もあり、新たな発展も 経験する。その意味と重要性は、大学関係 者として良く理解出来る。このような交流 が日常的に、また従来の時間的、地理的、 社会的な制約を超えて行われるとき、その ネットワークは面白く、従って人々に愛さ れるネットワークとして貴重な存在となる。

 情報ネットワークは、一人一人のボラン タリーな思いを生かすための、広域で新し い知的ネットワークである。それはもう活 用され始めている。そのことが、大学や地 域ネットワークにも、新たな社会貢献を行 う機会を提供しているものと思われる。

(みずの よしゆき、 大阪大学核物理研究センター助教授)


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