救急救命士による気管挿管の業務プロトコル
(Q&A付き)

平成16年9月 愛媛県メディカルコントロール体制検討委員会

文責:県立新居浜病院麻酔科 越智元郎
(本資料の、著作権などに関する責任はすべてウェブ担当者が負います。)


目次

 1.気管挿管の指示を要請するタイミング
 2.気管挿管の適応と考えられるケース
 3.気管挿管の適応外となるケース
  1)気管挿管の適応外となる要件
  2)転帰改善効果を期待できないため気管挿管を考慮すべきでないもの
 4.気管挿管の手順
 5.気管挿管に関する検証票の記載
 気道確保に関する指示要請プロトコル
 気管挿管プロトコル

1.気管挿管の指示を要請するタイミング

 気管挿管は心停止かつ呼吸停止の傷病者のうち、以下の
第2項に示す適応を満たし、第3項に示す 適応外の要件に該当しないものが対象となり、気管挿管資格をもつ救急救命士が医師の指示を受け て実施する。傷病者との接触から気管挿管を考慮し指示医師の指示を受けるまでの流れは以下のよ うになる( ⇒ 気管挿管に関する指示要請プロトコルを参照)。

  1. 循環のサインおよび頸動脈の拍動が消失していることを確認する。

  2. 心肺蘇生法を開始する。すなわち、高流量酸素を用いたバッグ-バルブ-マスク(以下、BVM と略する)換気および心臓マッサ−ジを行う。

  3. 自動体外式除細動器の装着と初期心電図波形確認、適応があれば3回まで除細動を実施す る。( ⇒ 包括的指示下の除細動プロトコルを参照)

  4. 気道の開通性を評価し、適応があれば異物除去処置を実施する。

  5. その状況において最適な気道確保の方法を考慮し、それが特定行為に該当するものであれ ば指示医との通信を確立して指示を受ける。


Q:「救急救命士が行うVF/VTに対する除細動のプロトコル」において、最初の連続3回の除細動に 成功しなければCPRを1〜2分間継続するが、このとき「器具による気道確保も考慮する」とある。 この「器具による気道確保」には気管挿管も含まれるか?

A:含まれる。ご承知の通り、VF/VT患者に対して最初の除細動(3回まで連続で)が実施されるま で器具を用いた気道確保は適応にはならない。最初の除細動の実施を、他の処置によって遅らせて はならないからである。最初の3回連続除細動が不成功の後、短時間(1〜2分間)のCPRを行うに あたっては、気管挿管以外の方法では気道確保が著しく困難と考えられるならば、気管挿管に関し て医師の判断を仰ぐことができる。もちろん、第3項「気管挿管の適応外となるケース」に該当す るものは除かれる。


2.気管挿管の適応と考えられるケース

 ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイによる気道確保ができないもの、あるいは、それが 困難または不適切であることが明らかに予想されるものを気管挿管の適応とする。以下に、それを 具体的に示す。

  1. 異物による窒息のため心肺機能停止となった事例

     食事中に心停止が発症したとか、口腔内に少量の食物を認めるというだけでは適応とするのに不 十分であり、気管挿管を考慮するのは以下の場合である。

    • 異物を除去したにもかかわらず、BVM法による換気が著しく困難である。

    • ラリンゲアルマスクあるいは食道閉鎖式エアウェイが適切に挿入されたと考えられるにも かかわらず、著しい換気抵抗がある。

    • 喉頭展開により口腔内または声門部に比較的多量の食物塊を認める。

  2. その他、指示医が必要と判断したもの

     その例として以下のような状況が考えられる。

    • 比較的多量の嘔吐物(吐血を含む)または喀血を口腔内に認める。

    • 胃内容物逆流の恐れが濃厚である(明かなフルストマック)。

    • 溺水患者のうち、比較的多量の胃内容物逆流を認める、あるいは肺水腫などによる換気困 難を呈するもの。

    • 心肺停止の原因として、喘息重積、緊張性気胸、肺水腫など、気管挿管以外の方法では換 気・酸素化を適切に行うことが難しい病態が想定される場合。

    • 原因を問わず、ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイを適切に挿入したと考えられ るにもかかわらず、換気が著しく困難である。


    Q: ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイを挿入して換気が困難であることが判明しない限 り、気管挿管の適応にならないのか。

    A:ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイによる気道確保が困難または不適切であることが 明らかに予想される場合は、これらの器具を用いることなく気管挿管を考慮することが許される。


    Q: 心肺停止の原因について、救急救命士からの報告だけで、指示医師が喘息重積、緊張性気胸、 あるいは肺水腫などと判断するのは困難ではないか。

    A:救急救命士からの信頼できる情報として、BVM法やラリンゲアルマスクなどで換気をする際に著 しい気道抵抗が認められ、併せて気管支喘息の既往・呼気の遷延(→喘息重積)、胸部外傷・頸静 脈怒張・胸部の鼓音(→緊張性気胸)、泡沫状ピンク色の喀痰(→肺水腫)などがあれば気管挿管 を考慮することができる。


3.気管挿管の適応外となるケース

1)以下の要件に該当する場合には、気管挿管を実施してはならない。

(ア)小児(およそ15歳未満)。


Q: 小児(15歳未満)を救急救命士による気管挿管の適応外とする根拠は何か。

A:救急救命士テキスト追補版p.75にあるように、一般に小児の気管挿管は成人に比べて難しく、 病院外における成功率が低いと報告されている。これは病院における全身麻酔症例での気管挿管実 習についても同様である。なお何歳をもって成人と小児との境界とするかについては諸説あるが、 この気管挿管プロトコルに限っては成人と同様のチュ−ブサイズ選択、気管挿管手技を応用できる 15歳以上を用いた。これについては今後、救急救命士による挿管が定着した段階でさらに低年齢層 まで含まれる可能性が残されている。

(イ)状況から頚髄損傷が強く疑われる事例。たとえば、高エネルギ−事故による外傷例で鎖骨以 上の損傷を伴う場合、飛び込み後の溺水患者など。

(ウ)頭部後屈が困難である事例。

(エ)開口困難の事例。原因は疾患によるもの、死戦期の咬筋緊張によるもの、死後硬直を呈して いるものなど様々であるが、そうした原因を問わない。

(オ)喉頭鏡の挿入が困難である事例。

(カ)喉頭展開が困難である事例。

(キ)その他の理由で声帯の確認が困難な事例。

(ク)気管挿管に時間を要する、もしくは要すると予想される事例。

(ケ)その他、担当救急救命士が気管挿管不適当と考えた事例。

2)以下の要件に該当する場合には、気管挿管による転帰改善効果を期待できないため気管挿管を 考慮すべきでない。

(ア)脳血管障害による心肺機能停止が明らかである。

(イ)心筋梗塞、致死性不整脈等、循環器系の傷病に起因する心肺機能停止が明らかである。

(ウ) 呼吸器系を除く部位の外傷に起因する心肺機能停止が明らかである。

 ただし、上記3項目に関しては、比較的多量の嘔吐などが認められ、なおかつラリンゲアルマス クや食道閉鎖式エアウェイの挿入が困難な場合は気管挿管を指示することもある。)

(エ)目撃者のいない縊頸による心肺機能停止。

(オ)目撃者のいない入浴中の心肺機能停止。

(カ)その他、死後硬直の出現が疑われるものや身体の著しい損壊など、「社会死」に近い状態の 傷病者は気管挿管の適応から除かれる。


Q: 「転帰を改善し得ない」に該当する場合でも、現場から収容先医療機関までの搬送時間が長い (たとえば30分以上かかる)とき、それを考慮して気管挿管の適応とすることは可能か。

A:現段階では患者の救命に寄与できる、または不可欠と考えられる場合にのみ救急救命士の気管 挿管が許されており、これに該当しない場合にはラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウエイを用 いた気道確保に限定せざるを得ない。ただし、救急救命士による気管挿管が定着した段階では、搬 送時間が著しく長い場合など、病院前救急活動を円滑に実施するために気管挿管の適応が拡大され ることも考えられる。


Q: 溺水の状況は複雑である(海、川、風呂など)。目撃者のいない入浴中の溺水は挿管の適応と はならず、一方、その他の場所での溺水は目撃者の有無に関係なく挿管適応と解釈してよろしい か。

A:入浴中の溺水は、しばしば、内因性疾患(脳血管障害など)を原因としている。また、屋内と はいえ、目撃者がいない場合には心停止後の時間経過が長いものが多い。したがって、目撃者のな い入浴中の溺水は、転帰が非常に不良なものの代表であると考えられる。これに対し、屋外での溺 水の多くは健康な人が不慮の事故により溺水に至るもので、冷水による脳保護効果などもあいまっ て、心停止に至っても救命例および社会復帰例が少なからず報告されている。それゆえ、入浴中を 除く溺水例については、目撃者の有無にかかわらず、他の除外項目がなければ挿管を考慮すること ができるものとする。


Q: 救急現場では、既往歴等の情報を聴取できない例が多々あり、また診断手段が限られるため原 因疾患を見分けるのも、しばしば困難である。「気管挿管による転帰改善効果を期待できない」疾 患と断定できない場合の気管挿管の適応をどのように考えるか。

A:意識を失う前に激しい頭痛、片麻痺、狭心痛を訴えたなど、脳血管障害や虚血性心疾患を強く 疑わせる確かな情報がある場合には、気管挿管の指示要請をすべきではない。しかし、そのような 情報がない場合には、気道確保の手段として、気管挿管を含むいくつかの選択肢のなか最も適切な 方法を選択してよい。


Q:脳血管障害や心疾患で救急救命士の気管挿管が有効でないとする方針に疑問を感じる。

A:現段階では、患者の救命に寄与できる、または不可欠と考えられる場合にのみ救急救命士の気 管挿管が限定されている。脳血管障害に伴う心肺停止は転帰がもともと非常に不良であり、救急救 命士の病院外気管挿管がその改善に寄与することは難しいと考えられる。一方、心疾患では心電図 が心室細動・無脈性心室頻拍かどうか、電気的除細動を早期かつ適切に実施できるかどうかが最大 の転帰決定要因であり、病院外での気道確保の選択は転帰に大きな影響を与えないと考えられてい る。


Q: AHAの指導方針では、コンビチューブまたはラリンゲアルマスク使用時(unsecured airway)、 心臓マッサージは人工呼吸に同期して実施しなければならない。一方、カフ付き気管チューブで気道 確保した場合(secured airway)は非同期でよい。同期の心マより非同期の心マの方が単位時間あ たり多くの胸骨圧迫を実施することができるため、救命効果は高いと期待される。したがって、傷 病者を現場から医療機関に搬送するにあたり、気管挿管を積極的に適応するべきではないか。

A:「救急救命士標準テキスト追補版」でも、気管挿管時に単位時間あたり多くの胸骨圧迫を実施 できる利点が記載されている。しかし、最終転帰(心肺蘇生停止患者の社会復帰)に反映すること は証明されていない。気管挿管の操作中にBVM換気を中断することや、病院外での気管挿管成功率が 必ずしも高くないこと、食道挿管など合併症もあるという不利な点も考慮せねばならない。まず は、本プロトコルによって開始される気管挿管によって最終転帰が改善されることを示すことが先 決であろう。


4.気管挿管の手順

( ⇒ 気管挿管プロトコルを参照)

1) 医師の指示(オンライン・メディカルコントロール)を受ける。


Q: ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイによる気道確保の指示をうけたが、それらにて換 気が充分でないとき、再度、気管挿管の指示要請が必要か? できれば、従来器具の使用を指示要 請したときに併せて、うまくいかなかったら気管挿管まで行うとの指示も受けておくと時間の節約 になる。

A:医師の指示のもとにラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイを挿入したが適切な換気がで きないとき、次にどのような気道確保の方針をとるかについては医師の指示をあらためて受けるこ とを原則とする。また、当初から従来法による換気に困難が予想されるため気管挿管を考慮する場 合には、その適応理由、禁忌となる要件がないことを伝えるべきである。ただし、救急救命士によ る気管挿管が定着した段階では、これらの流れをご質問のように簡略化することも可能になると考 えられる。

2) 必要に応じ、安全かつ確実に気管挿管を実施できる場所へ移動する。

3) 気管挿管の物品を準備する --- 吸引、喉頭鏡、気管チュ−ブ(複数のサイズ)、カフ用注 射器など。

4) スニッフィングポジションをとる --- 枕の高さ、位置の調整。

5) 口腔内を吸引し、高流量酸素を用いたBVM法で十分に酸素化をおこなう。

6) 必要により心臓マッサ−ジの中断を指示する。

7) セリック法による介助を指示する(本法はカフエアーの注入まで続ける)。

8) 開口、喉頭鏡挿入 --- 異物や分泌物等を認めれば吸引あるいはマギール鉗子で除去する。

9) 喉頭を展開し、気管挿管をおこなう。

10)カフエアーを注入し、換気バックなどに接続して人工呼吸を開始する。

 気管チュ−ブは低圧カフ付きのものを使用し、カフへの注入空気の量は10mlまたは換気に伴う 空気漏れがなくなる量とする。気管挿管後の1回換気量は10〜15ml/kg、換気は心臓マッサ−ジに同 期させず5秒に1回とする。自己心拍再開後は4〜5秒に1回とし、軽度の過換気を目標とする。 できるだけリザーバ付きのBVMを用い、10L/分以上の酸素流量とする。

11)気管内に正しく挿管されたことを、心臓マッサ−ジを中断したまま、上記の10)に引き続いて 手早く確認する。

12)心臓マッサージを再開する。

13)チュ−ブを固定する --- 原則として専用固定器具(チュ−ブホルダー)を使用。

14)適切に気管挿管されていることを、以下の手段を組み合わせて確認する。


Q: 気管挿管後の二次確認は食道検知器または呼気CO2モニターのどちらか一つでよいと思う が、いかが。

A:気管挿管後の二次確認の方法には、それぞれ長所短所がある。挿管後にチュ−ブが気管に挿入 されていることを確実に判定するためには、できるだけ、これらを併せて用いるのが理想的であ る。

15)可能な限り指示医へ報告したうえ、CPRを継続しながら医療機関へ患者を搬送する。

 なお、気管チューブの挿入後は、用手による気道確保を行わず、頭部の位置を水平に保つ。ま た、胃内容物の逆流がある時は、吸引・清拭を行う。

 気管挿管に2回とも失敗した場合は、従来法にて気道の確保を試みる。この際の気道確保手段の 選択は、ラリンゲアルマスク、コンビチューブを同列とする。従来法でも換気が得られない場合 は、BVM法を行いながら搬送する。


Q: 気管挿管前にラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイを使用して充分な換気が得られな かったため気管挿管を選んだ場合でも、気管挿管に失敗したあと、再度ラリンゲアルマスクや食道 閉鎖式エアウェイを挿入するか?

A:気管挿管に2回失敗した後は、ラリンゲアルマスク、食道閉鎖式エアウェイ、BVM法のいずれか を用いて換気を試みるしかない。いずれを選択するかは、そこに至るまでの経過を含めて救急救命 士の判断に委ねられる。困難な状況ではあるが、できるだけ有効な換気ができる方法を選択し、蘇 生処置を行いながら搬送を急ぐ。


5.気管挿管に関する検証票の記載

1)救急救命士が気管挿管を考慮または実施した場合、救急救命士は検証票に以下の事項を漏れな く記載する。

(ア)気管挿管の指示を要請した理由。あるいは、気管挿管を考慮したが要請しなかった場合は、 その理由も加える。

(イ)指示要請の時刻。

(ウ)指示医名、および、指示医の所属病院。

(エ)具体的な指示内容。気管挿管の指示を受けられなかった場合は、その理由を記載する。

(オ)気管挿管を実施した救急救命士名。

(カ)気管挿管の実施場所および実施時刻。

(キ)挿入したチューブのサイズ、カフ容量、固定位置(門歯列までの長さ)。

(ク)喉頭展開時の声門の見え方をCormackグレードで記載する(標準テキスト追補版p.87図2- 15)。なお,BURP法を実施した場合は,その旨を追記する。

(ケ)気管挿管後の換気の状況、肺の聴診所見など。

(コ)気管挿管を中止したり、チューブを抜去した場合は、その理由。

2)患者を収容した医療機関の初診医は以下の事項を評価し記載する。

(ア)気管挿管されたチューブの選択や固定方法などの手技について。
(イ)気管挿管によって換気が適正に行われたかどうかについて。

3)気管挿管には種々の合併症があり、代表的なものを以下に例示する。こうした合併症を認めた 場合には、救急救命士と初診医の双方が検証票に記載する。

(ア)食道挿管
(イ)片肺挿管
(ウ)喉頭鏡あるいは気管チューブの過剰な力による歯牙損傷、上気道損傷
(エ)無理な挿管操作あるいは正常咽頭反射による嘔吐と誤嚥
(オ)挿管操作延長による低酸素血症
(カ)頚椎症患者に対する過伸展による頚椎骨折
(キ)外傷症例において頚髄損傷の悪化
(ク)低体温症例における気道刺激による心室性不整脈、心室細動の出現
(ケ)気道刺激による迷走神経反射による徐脈
(コ)無理な挿管操作、過剰な加圧による気胸の発症、あるいは既存の気胸の増悪


Q: CPAの救急現場を多く経験している救急救命士は様々な状況で臨機応変に活動しているが、医師 は搬送後の患者に接触しているだけで、現場を本当に知っているのだろうか。

A:ご指摘のように、救急医療にたずさわる医師が救急車同乗などの経験を通して救急現場への理 解を深めることは重要である。各地域MC協議会として救急車同乗などの研修・交流の機会を設け ていただきたい。一方、救急救命士も現場経験に頼るだけでなく、医学的な助言に耳を傾け、病院 関係者との密接な情報交換、協力体制を築くことは必須である。


Q: この気管挿管プロトコルは救急医療機関の指示医師に周知徹底されるか。

A:病院関係者への適切な情報提供は、県および地域MC協議会の責任である。しかし、他方で、 救急救命士も地域の医師との交流を深め、気管挿管に関する共通認識を形成すべく努力していただ きたい。この共通理解が形成されない限り、救急救命士の気管挿管が定着するのは難しい。


気道確保に関する指示要請プロトコル


気管挿管プロトコル


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