初回除細動前のCPR

但馬救急メーリングリストより(2003年8月)

ウェブ担当者:県立新居浜病院麻酔科 越智元郎
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 目 次

(発信者の敬称は省略させていただきます)

谷田 [tjqq:00271] 初回除細動前のCPRについて
越智 [tjqq:00273] Re: 271 初回除細動前のCPRについて(慌てて新しい手順を導入せずとも)
谷田 [tjqq:00274] Re: 初回除細動前のCPRについて(慌てて新しい手順を導入せずとも)


From: "Hideki Tanita"
Subject: [tjqq:00271] 初回除細動前のCPRについて
Date: Sun, 31 Aug 2003 20:57:08 +0900

  越智さん、皆さん、こんばんは。美方消防の谷田です。

  以前初回除細動前のCPRについて投稿しましたが、除細動前のCPRにいて、
 2003年3月のJAMAに新しい論文が掲載され、旭川医科大学第一病理学講座
 の玉川 進さんが消防の月刊誌に論文を発表されています。
  玉川さんの了解が得られましたので、論文とその質疑応答について、下記の
 とおり紹介させていただきます。

  論文の詳細は下記の通りですが、但馬MC協議会の除細動の事後検証方針は、
 患者接触から除細動実施まで、3分が目標で、3分以上かかるとチェックが入るよ
 うです。大阪でも同様と聞いています。

  また、最近の除細動論議でも、AEDを患者の側に携行した場合、1分以内の
 除細動が目標(プレホスピタル・ケア、通巻54号P9〜15)で、現時点では、
  患者接触からできる限り早期に除細動を行う、 ということのようですね。

  そうすると、今回紹介した論文は、この検証方針と明らかに相反するものです。
  今回の論文が、現実の救急現場に適用可能なものか、よくわかりません。

  越智さん、皆さんのご意見をお待ちしております。



玉川 進さんの論文
|
|最新救急事情2003年9月号
|
|除細動前のCPRは有効である
|
|
|やはり除細動前のCPRは有効
|2003年3月のJAMAに新しい論文が掲載された。Wikら3)はオスロにおいて病院外
|心室細動を起こした患者200名を無作為に2グループに分けた。すなわち救急隊
|到着後ただちに単相式除細動を施行する標準ケア群96名と、最初に救急隊員が3
|分間のCPRを行ってから除細動を施行するCPR群である。最初の除細動が成功しな
|かった場合には標準ケア群では1分間の、CPR群では3分間のCPRを行ってから再
|度除細動を行った。またそれぞれの群にサブグループを作成し覚知から現着まで
|5分以下と5分超で結果を比較した。
|患者背景の検討では、患者が倒れるところを目撃した割合(標準ケア群94%:CPR
|群91%)・バイスタンダーCPRの割合(同56%:62%)、倒れてから救急隊が到着する
|までの時間(ともに12分)、初めての除細動から自発循環が回復する時間(同13
|分:14分)、エピネフリン(ボスミン)の使用量(ともに5mg)、リドカインの
|使用者の割合(ともに21%)は両群で差がなかった。救急隊到着から初めて除細動
|を行うまでの時間は当然差があって標準ケア群2分に対してCPR群は4分だった。
|退院まで生存した患者は標準ケア群で15%、CPR群では22%で有意差はなかっ
|た。入院時に自発循環が回復した割合も差はなかったし、1年生存率も差はな
|かった。サブグループの比較では、覚知から現着まで5分以下では上記の項目に
|両群で差はなかったが、5分超ではCPR群の方が標準ケア群より自発循環が回復
|しやすく、さらに退院までの生存率も高く1年生存率も高かった。またWikら
|は、標準ケア群では覚知から現着までの時間が延びると指数関数的に生存率が低
|下するがCPR群では生存率があまり変わらないこと、覚知から現着まで4分まで
|は標準ケア群で生存率が優れているが4分を超えるとCPR群の方が生存率が高く
|なることを示した。
|以前紹介した論文2)ではCPR時間は1分だった。今回は3分。それについて著者
|3)は除細動の準備の時間や連続して除細動をする場合の心筋の負担を考えて3分
|としたと述べている。
|
|現着までの時間で処置が変わる
|以前に紹介した論文2)は以下の通りである。
|「アメリカ・シアトル市では、最初に到着した救命士がすぐ除細動するよう15年
|前からマニュアルを変更したが、生存率は逆に悪化してきた。除細動をする前に
|CPRを数分行うほうが転帰がいいという動物実験から、人間でも除細動の前に必
|ず90秒間CPRを行うことにした。その結果、生存率と神経学的転帰が向上した。
|特に覚知から現着まで4分以上かかった症例で顕著であった。」
|この論文を受けて、JAMAでは去年心室細動発作発生から処置開始までの時間と蘇
|生手技についての論文を掲載した4)。すなわち、発生直後から4分までを
|「electric phase」と名付けすぐに除細動をすること、4分から10分までを
|「circulatory phase」と名付け除細動の前にCPRを行うこと、10分以降を
|「metabolic phase」と名付け虚血性代謝産物によって除細動が困難になるとし
|ている。
|
|なぜ除細動前のCPRか
|イヌ5)やブタ6)を使った動物実験では早くから除細動前のCPRが有効だとされて
|来た。理由はCPR手技によって心筋にエネルギー(ATP)が供給されること、アシ
|ドーシスが改善されること、心室細動の波形が大きくなって除細動に反応しやす
|くなることが挙げられている3)。
|これに対して、ヒトについては除細動前CPRは効果が確認されていないとされて
|いる。この差は臨床研究の持つ難しさに起因している。動物実験では主観を入れ
|ないように研究を組み立てることができるが、ヒトではそうはいかない。無作為
|割り付けには「どうして救命に悪いことをするのか」と言う倫理的困難が伴う
|し、大規模研究になると患者数をそろえるまでに膨大な時間と費用がかかる。ま
|た結果の解釈にも問題がある。「CPRなしですぐ除細動を」という主張は集中治
|療室患者の心室細動治療の結果出て来たもの7)らしく、目の前で心室細動を起こ
|す「electric phase」の患者と、救急車到着に時間を要する「circulatory
|phase」の患者では治療法が異なるのは当然であろう。またバイスタンダーCPRが
|6割近くの国と日本では、結果をそのまま受け取ることはできないと思われる。
|いずれにせよ、特に現着時間の解釈にはまだまだ症例数が足りない。4分の解釈
|も揺れることだろう。さらなる研究が望まれる。
|
|引用文献
|1)月刊消防1999年3月号pp88-9
|2)JAMA 1999;281:1182-8
|3)JAMA 2003;289:1389-95
|4)JAMA 2002;288:3035-8
|5)Circulation 992;85:281-7
|6)Ann Emerg Med 2000;36:543-6
|7)Resusucitation 2000;46:73-91


  「救急隊到着から初めて除細動を行うまでの時間は当然差があって標準ケア群
  2分」とありますが、この標準ケア群は、CPRなしですぐ除細動を施行したので
  しょうか。
 
  そうです。CPR群は3分のCPR作業がありますので、当然時間差が出ます。


  「circulatory phase」と名付け除細動の前にCPRを行うこと、とありますが、何
 分ぐらいCPRを行うのでしょうか。

 文献によれば除細動の時間が1ー3分延びるとありますので、その程度だと思い
 ます。


  上記のJAMAに掲載された論文は、EBMに基づく確立された医療と受け取って
 よろしいのでしょか。

 Limitationの欄に発作の時間が知れることが必要、VFによるarrestしか適応がな
い、asystolicarrest or pulseless electrical activityには適応がない、と記載さ
れています。
VFでは自信を持っているようです。


   玉川さんは、「現着までの時間で治療法が異なるのは当然であろう。」と述べ
  られておりますが、どのように考えておられますか。

  私もそう思います。ICUもしくは手術室とQQ車とでは違って当たり前でしょう。


  前置きが長くなりましたが、以上を踏まえ、除細動を成功させる前提条件とし
 て、初回除細動前のCPRには、高濃度酸素(FiO2 1.0)投与が絶対必要
 な、必須の処置であると考えてよろしいのでしょうか。

 絶対と言うことはないと思います。でも先に上げたmetabolic phaseでは酸素が
必要不可欠のようです。circulatory phaseでは反応は悪いものの酸素がなくて
も蘇生する症例はあります。


From: Genro Ochi
Date: Sun, 31 Aug 2003 22:14:53 +0900
Subject: [tjqq:00273] Re: 271 初回除細動前のCPRについて(慌てて新しい手順を導入せずとも)

 谷田さん、皆様、県立新居浜病院麻酔科 越智元郎です。

 玉川先生の興味深い解説論文をご紹介いただき、有難うございました。
現着までに時間がかかった例(5分超)では初期心電図で心室細動を呈し
ていても、先にCPRを行う方が生存率がすぐれているという論文ですね。確
かに、そうかもしれないという説得力のある論文ですね。

 ただ1編、2編の有力論文で世界中の治療指針が大きく転換してしまう
ということは考えにくいことです。反証となる論文が出る可能性もありま
すし、まだ様子をみるべき段階ではないでしょうか。

Hideki Tanita さんは書きました(tjqq:00271):
>  論文の詳細は下記の通りですが、但馬MC協議会の除細動の事後検証方針は、
> 患者接触から除細動実施まで、3分が目標で、3分以上かかるとチェックが入るよ
> うです。大阪でも同様と聞いています。

 → 世界中で言われている「早期除細動」の方針に立てば、患者接触から
  3分以内に除細動を・・というのはよくわかる目標です。

  もし美方消防で、現着まで5分以上たっている例では必ず救急隊員に
  よるCPR実施後に除細動を行うというプロトコルを作られるなら、検証
  医にもあらかじめそのことを伝えておく必要がありますね。
  (当然、地域のMC協議会にも認められる必要があります。)

  除細動が漫然と遅れるのと、除細動前にCPRをという活動方針に沿うた
  めにそのぶん遅れるのとでは意味合いが異なります。そのあたりを考
  慮に入れた検証をしてもらえばよいのではありませんか?

  そして、現着まで5分超の例では除細動に先立ち救急隊員による〇分
  間のCPRを実施した例と、わが国の他地域のプロトコルに沿って除細動
  を優先した例とで、生存率、社会復帰率がどの位違うのか、できれば
  ウツタイン様式で比較して報告してくださいね。

  でもそこまで考えておられないのなら、とりあえず現在のプロトコル
  でゆかれたらよいのではないですか? もっと良い方法があるかも知
  れないということには心を開いておく必要があるとは思いますが・・

 谷田さんをはじめ皆様のご意見はいかがでしょうか。


From: "Hideki Tanita" 
Subject: [tjqq:00274] Re: 初回除細動前のCPRについて(慌てて新しい手順を導入せずとも)
Date: Mon, 1 Sep 2003 11:46:26 +0900

   越智さん、皆さん、こんにちは。美方消防の谷田です。

   越智さん、メールありがとうございました。

>  ただ1編、2編の有力論文で世界中の治療指針が大きく転換してしまう
>  ということは考えにくいことです。反証となる論文が出る可能性もありま
>  すし、まだ様子をみるべき段階ではないでしょうか。

   私もまだ様子をみるべき段階だと思います。ただ、このような論文が発表
  される、反証となる論文が出ると言う形で議論が進み、最終的に治療指針と
  なると、と言う過程が必要と言うことですね。
   そうすると、AHAのガイドラインは通常6年毎の改正、前回は8年ぶりの改正
  でしたよね。やはり、この程度の時間が必要なのでしょう。

>   そして、現着まで5分超の例では除細動に先立ち救急隊員による〇分
>   間のCPRを実施した例と、わが国の他地域のプロトコルに沿って除細動
>   を優先した例とで、生存率、社会復帰率がどの位違うのか、できれば
>   ウツタイン様式で比較して報告してくださいね。

   我々は、プロトコルと検証方針に従って活動するのがその役割ですから、
  効果の確認されていないもの、確立していないものを、救急現場で実施するの
  は無理があると思われます。
   玉川さんが指摘している通り、「どうして救命に悪いことをするのか」と言う
  倫理的困難は、そのとおりだと思います。


 >   でもそこまで考えておられないのなら、とりあえず現在のプロトコル
 >   でゆかれたらよいのではないですか? もっと良い方法があるかも知
 >   れないということには心を開いておく必要があるとは思いますが・・
 

    ご指摘の通りと思いますし、慌てて新しい手順を導入せずとも、与えられた
   現在のプロトコルに従った活動をするのがその役割ですが、今後ともこの
   問題を注視して行きたいと思います。
 



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