越智元郎、長櫓巧.治療 84(3月増刊号): 1058-1061, 2002 より
ペンタゾシンは1966年アメリカで合成された、弱オピオイド性鎮痛薬であり、アゴニスト/アンタゴニストに分類される。同薬はモルヒネの主要な作用点であるμ受容体(脊髄上部が関与する鎮痛作用をもたらす)に拮抗(ブプレノルフイン同様、部分アゴニストであるという説もある)し、他方モルヒネの鎮痛作用の一部に関与するκ受容体(脊髄作用による鎮痛作用)に促進的に作用するとされる。一方μ作動薬が多幸感を生じるのに対し、κ作動薬は不快な精神異常(不安、悪夢、離人感)を起こすといわれ、ペンタゾシンの特徴的な精神作用として知られている1)。なおペンタゾシンはモルヒネ同様δ受容体にも促進的に作用するが、δ受容体を介する具体的な薬理効果については明らかにされていない。
ここで、すべてのオピオイド性鎮痛薬は反復投与によって、耐性、身体依存および乱用傾向を生じるとされ、その強さは強オピオイドほど、また使用頻度や投与量が多いほど顕著となる。弱オピオイドでありアンタゴニスト作用も有するペンタゾシンはモルヒネより鎮痛作用が弱く依存性も少ないとして、1966年にWHO(世界保健機構)より非麻薬性鎮痛剤という認定を受けている。
ここで「薬物依存」とは、人がある薬物に対して精神依存および身体依存を呈した状態か、精神依存のみを呈したものをいう。また、この「精神依存」とは薬物を使用せずにはいられなくなった精神状態であり、「身体依存」は使用を中止すると様々な離脱症状が出現する状態を言う。「耐性」とは薬物を反復使用しているうちに薬物効果が次第に減弱し、または初期と同じ効力を得るには用量を増やさねばならない状態である。一方、「薬物乱用」は医学的常識を故意に逸脱した用途または用法のもとに薬物を大量に摂取する行為であり、「誤用」は故意ではなく誤って薬物が不当に使用されることをいう。「習慣性」は薬物の反復使用の結果生じた状態で、それがもたらす幸福感のため服用を連続したいという欲求を生じるが、あまり強迫的ではなく、耐性形成はないか少なく、身体依存はない状態をいう。
WHOは薬物依存をきたす薬物を、精神的依存、身体的依存、耐性形成の特徴により7つの型に分類している(表2)。 ペンタゾシンによる薬物依存はバルビツール酸およびアルコ−ル型に分類され、精神依存、身体依存、耐性のいずれも生じるが、精神依存と耐性がモルヒネ型よりやや弱いとされている。
ペンタゾシンは「麻薬及び向精神薬取締法」でアモバルビタール、ブプレノルフインなどとともに第2種向精神薬に定められており、譲り受け、譲り渡し、保管、廃棄、事故の届け出、記録などに関して法律で細かく定められている。厚生労働省の資料によると、1998年に届け出のあった向精神薬の盗難事件は45件のうち、最も多いのは病院・診療所での盗難(32件)で、薬品別にはトリアゾラム 22件(6252錠)に次いで、ペンタゾシンの13件(376アンプル)となっている。
このようにペンタゾシンが医療施設などで盗難にあったり、医療従事者などによって不法に持ち出されたりする現状があり、ペンタゾシン依存症の患者の存在が間接的にうかがわれる。ただしその実数、患者の背景などについては保健統計、医学報告などとしてはほとんどと上がってきていない。
ペンタゾシン依存症の大部分において、同薬の初回使用は医師からの投与であるとされている。投薬の対象となる疾患は慢性膵炎、胆道系疾患、尿路結石、手術後の癒着(特にポリーサージャリーの場合)などによる慢性痛であり、血清アミラーゼ値の上昇といった客観的な所見を欠くことが少なくない。
患者の病前性格としては依存的、自己中心的、衝動的などの表現がされている2)。著者の印象でも、反社会的な性格を持つ患者に限らず、繊細で善良な者でもペンタゾシン依存症に陥ることがある。一方、成瀬らの報告ではアルコール及び他の薬物への依存症との合併例や移行例が多いとされており、アルコ−ルをはじめとする薬物依存に陥りやすい共通の性向があると考えられる。
イ)疼痛を有する患者におけるペンタゾシン依存症の防止
ペンタゾシンに限らず法律上、麻薬や向精神薬に分類される薬剤の連用を要する状況では、依存症の発生を疑う必要がある。
依存症を恐れる必要がないのは、「Quality of Life」の改善を重視するべき、癌性疼痛患者である。この場合、ペンタゾシンは鎮痛効果に限界がありまた不安・離人感などをきたすので避けられ、オピオイドそのものが用いられる。また術後疼痛のように、痛みの程度が強くかつ短期間で、痛みに伴う呼吸器系合併症などを防止する必要がある場合には、オピオイドの使用や硬膜外投与など投与経路の工夫をするなどして十分な鎮痛をはかる必要がある。
慢性的に強い痛みを呈するものには、三叉神経痛、帯状疱疹後神経痛、カウザルギー、反射性交感神経性萎縮症、幻肢痛などがある。また上記のような慢性膵炎、胆道系疾患、尿路結石、手術後の癒着などでも強い痛みが継続する場合がある。これらの患者においては、痛みの程度を評価しながら慎重に鎮痛治療の方針を立てる必要があり、可能であれば専門医による疼痛外来(ペインクリニック)に紹介する。そこでは疼痛そのものを永続的に減少させるための治療(神経ブロックなど)を行い、同時に担当医と協力して不眠やうつ状態など、痛みを増強させる要因を取り除くことに努める。疼痛外来を受診する他の疼痛患者との交流も有益な影響をもたらす。
ペンタゾシンの投与を考慮する患者が以下のような状況にあれば依存症を疑い、できるだけ担当医をきめ一貫した対応をする必要がある。
患者がたびたび時間外外来を受診し、診察記録にペンタゾシンの頻回の投与歴があれば依存症を疑う。診察医が固定しない状況で好んで受診するのは、ペンタゾシン投与を受け易い状況となる。担当診療科や担当医がきまっておれば、連絡をとり事情を聴取する。
同伴者がいる場合は、普段の疼痛の強さや他施設での治療経過などをよく聴取する。
慢性疼痛の治療においては、疼痛の部分的な軽減にとどまらざるを得ない場合があること、消炎鎮痛薬などを併用して疼痛管理を図る必要があること、疼痛外来に紹介することなどを説明する。
アルコ−ル依存症に対する治療と同様のプログラムを組む。家族の支援も重要である。
医療機関から特定の患者の診療情報などを持ち出すことは守秘義務の点で問題があるので、救急医療協議会や保健所などの公的な受け皿が必要となるかも知れない。
参考文献
付表【はじめに】
【鎮痛薬におけるペンタゾシンの位置づけ】
【薬物依存におけるペンタゾシンの位置づけ】
【薬物依存を防止するための法律とペンタゾシン】
【ペンタゾシン依存症の臨床的特徴と対策】
2.ペンタゾシン依存症の防止と対策
ロ)初見の患者においてペンタゾシン依存症を疑う状況
ハ)ペンタゾシン依存症患者への対応・治療【結語】
――――――――――――――――――――――――――――――――
表1.鎮痛薬の分類
1.オピオイド(麻薬)性鎮痛薬
イ)鎮痛作用の強さによる分類
・弱オピオイド―燐酸コデイン、ペンタゾシン、ブプレノルフィン
・強オピオイド―モルヒネ
ロ)拮抗作用などによる分類
・アゴニスト(モルヒネ様作用のみの薬)―モルヒネ
・部分的アゴニスト―ブプレノルフィン
・アゴニスト/アンタゴニスト―ペンタゾシン、レバロルファン
2.非オピオイド(非麻薬)性鎮痛薬
アスピリン、インドメタシン、フルルビプロフェンなど
――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
表2.WHOによる依存性薬物の種類
依存型 精神依存 身体依存 耐性 薬物
モルヒネ型 +++ +++ +++ モルヒネ、コデイン、ヘロイン
バルビツール酸・ ++ +++ ++ バルビツール酸睡眠薬、抗不安薬
アルコ−ル型 アルコール、鎮痛薬(ペンタゾシンも)
コカイン型 +++ - - コカイン
大麻型 ++ - - マリファナ、Hashish
アンフェタミン型 +++ - ++ メタンフェタミン(ヒロポン)
幻覚剤型 + - ++ LSD、メスカリン、サイロシビン
有機溶剤型 + - + トルエン、アセトン
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――