資料作成:2003年 3月10日、四国がんセンター麻酔科 越智元郎
・・・警察署長
・・・・ 殿
2003年3月10日________________________
健和会大手町病院 救急医療部・外傷セ
ンター______
医長 長嶺貴一__
日本救急医療情報研究会_______________
四国がんセンター 麻酔科______________
越智元郎__
さて、私は北九州市の基幹となる救急医療機関に勤務する救急医でございますが、 2003年3月上旬に私共が治療を担当した病院外心肺停止患者におきまして、現場に居合わせた警察 官の御対応に極めて不適切な例がございましたので御報告申し上げます。警察官による現場での 心肺蘇生法実施に関して御検討のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
本例の患者は70歳の男性で、自宅で意識なく倒れているところを帰宅した妻に発見 されました。通報から救急隊員の到着までに6分以上を要しましたが、先着した警察官は救急車 の要請と妻に事情聴取を行うのみで心肺蘇生法は一切実施されませんでした。
救急医療においては病気や怪我の程度を迅速かつ的確に把握し、しかるべき処置を 速やかに行うことがきわめて重要であります。刻一刻と傷病者の状態が変化する中、その生命を 守る戦いは時間との戦いといっても過言ではありません。近年そのような考えから救急救命士制 度の発足やドクターカー、ドクターヘリなど「病院前救護」の充実を推進していることはご承知 のとおりでございます。
心肺停止(呼吸も、心臓も停止している状態)の傷病者に対する治療を心肺蘇生法 と申します。心肺蘇生の目標は心拍、呼吸の再開、ならびに脳の蘇生を行うことにありますが一般 的に脳に3〜5分間酸素が流れませんと致命的な障害が起きてしまいます。脳にはタイムリミッ トが存在します。このためにも一刻も早く、その場に遭遇した人間(バイスタンダー)が心肺蘇生 法を開始することが救命のうえでの最大の鍵と考えられています。
心肺蘇生法は発見者から始まり救急隊、医療機関へと連携されます。これを「救命 の輪」と呼びますが、残念ながらまだ出発点の段階での蘇生の考え方が普及されておらず、例えば 「倒れている人を見たら動かしてはならない」といった誤った認識も未だ見受けられます。一般の 方に広く心肺蘇生法の講習が行われているのも、こうした「救命の輪」を正しく理解して頂き傷病 者を一人でも多く救命するためです。また欧米では警察官をはじめとする公務員には心肺蘇生法 の習得を義務づけ、特に心停止の現場に居合わせる可能性の高い職種の人々には電気的除細動 (電気ショック)を実施する資格を取ることをも推奨しています。
警察機関の方々は仕事の関係上、内因性疾患、外傷などの様々な現場で心肺停止状 態の患者に遭遇する機会を数多く経験されることと思います。警察官が心肺停止の第一発見者と なった例においても速やかに心肺蘇生法を行い、救急隊に引き継ぐことは、善良な一市民とし て、また国民を守るべき公僕の1人として率先して実施すべき行動であります。特に、現場保存や 事情聴取を優先して、心肺停止患者に対して心肺蘇生法を行わないといった事例が国民に明らか にされた場合には、どのような批判を受けることになるでしょうか。
つきましては警察機関の方々には心肺蘇生法を熟知され、また警察官の生涯教育の 一環として取り入れて頂きたいと切に願います。心肺蘇生法など一般救命講習は各消防局、医療 機関で実施されており全国的にも広く普及させるための取り組みも盛んに行われております。傷 病者の命を守る「救命の輪」の貴重な担い手として御尽力いただけることを願ってやみません。
今回の対応をされた警察官、貴署内の全職員に対しましても十分に御指導をいただ き、今後同様の不手際が再発致しませんよう、御高配のほどよろしくお願い申し上げます。
以上、末筆にて失礼とは存じますが、貴職の益々の御発展を祈念申し上げます。