この状況を改革するため,平成3年に救急救命士法が制定され,救急隊員の中に,医療関係職種としての救急救命士が初めて誕生した。
救急救命士の養成と配置はその後急速に進み,わが国の病院前救護のレベルは従来に比べ格段に向上した。しかしながら欧米に比肩するというまでにはなお大きな差があった(救命効果検証委員会:
厚生省平成11年度)。
救急救命士は医療関係職種として誕生したが,認められた医療行為の範囲は極めて限られたもの(特定3行為:器具を用いた気道確保,心臓への電気ショック,静脈確保による点滴)でしかなく,しかもそれらの医療行為は医師の具体的指示のもとに,呼吸停止/心停止の患者に対してのみ行うという強
い制約のもとにおかれてきた。
これでは分秒を争う場面でいたずらに時間を失うことになり,また,心肺停止に至る前の処置(心
肺停止移行への防止)こそ重要であるのに,心肺停止に陥るまで適切な処置ができないという状況に
おかれてきた。例えば,心室細動と呼ばれるタイプの心停止においては,除細動(電気ショック)が
特効的治療であるが,その実施が1分遅れる毎に社会復帰率が7−10%低下することが知られてい
る。このことから,諸外国においては救急隊員のみならず,警察官や旅客機の乗務員さえ自らの判断
で除細動を実施している。
これに対して,わが国においては医療専門職である救急救命士が除細動を行う場合にも医師の指示
が必要とされているのである。救急救命士に対してこのような縛りをかけることで失われている国民
の命は計り知れない。救急隊員に対してこのような厳しい縛りを設けている国は欧米先進諸国には見
当たらない。
救急救命士の活動に対するこの強い制約,処置範囲の極めて狭い範囲への限定は,病院前救護にお
ける医学的品質管理のしくみ(メディカルコントロール体制)が整備されないままにされてきたこと
による(病院前救護体制のあり方検討会:厚生省平成11年度)と考察され,救急救命士の専門性
がさらに国民のために生かされるためには「メディカルコントロール体制の整備が喫緊の課題」(救急
業務高度化推進委員会:総務省消防庁平成12年度)であるということが病院前救護関係者の共通
認識となったのである。
「救急救命士が救急現場において実施する医療行為の内容を医学的に担保し,かつ責任の所在を
明確にするための制度的枠組み」と定義される。
(2) 内容
メディカルコントロールは以下の3相からなる。
先の「救急業務高度化推進委員会報告書(総務省消防庁)」ではこれらの内容を実現するため,
以下の3点を喫緊の整備課題としている。
これまで広島県内においても救急救命士の再教育、生涯研修の実施状況には大きな地域間格差が
存在した。病院実習のガイドラインを示し,制度化することで県内統一的な再教育を行うことがで
き,救急救命士の専門性の地域間格差を是正,均質化が期待できる。
病院実習体制の整備と平行して,救急車や消防防災ヘリに医師と救急救命士が同乗し救急現場活
動を行う,いわゆる「ドクターカー」,「ドクターヘリ」システムを整備することも重要である。こ
れにより,医師は現場活動を学び,メディカルコントロール担当者としての専門性を深めることが
できると同時に,救急救命士は病院実習で不足する部分を補うことが可能となる。なによりも医療
過疎地の救命救急医療体制の補完も期待できる。
(2) オンライン24時間の指示,指導,助言体制整備の効果
これまで多くの医療圏ではオンラインの指示体制が充分ではなく,特定行為はほとんど実施され
てこなかった。すなわち救急救命士の導入,救急業務高度化のための投資が充分には生かされてこ
なかったのである。
また,オンラインの指示体制が存在する医療圏においても,指示を行う医師が救急現場の特殊性
や救急救命士の専門性を必ずしも充分に理解しているとは言い難い状況があった。
そのため,医師によって指示内容が異なるなど救急救命士に混乱を与えるような状況もあった。オ
ンラインの指示を担当する医師に対し、そのための研修を実施し,メディカルコントロール協議会
によって認定することで、救急現場の理解に基づいた,均質で客観的な指示・指導体制が確立され
ることになる。
(3) 検証体制の整備に伴う効果
救急救命士等,救急隊員が実施した救急活動に対して医学的見地から検証を行うという作業は,
メディカルコントロールの中で最も重要なものとされているにもかかわらず,これまで広島県内で
は,わが国の他のほとんどの地域と同様,制度として救急活動を医学的に検証するということは行
われてこなかった。
医療機関における診療と同様,病院前救護活動においても,医学的,客観的に見て最も適切な医
療行為(救命処置)が実施され,患者に最大の利益が提供されなければならない。
そのため、観察・処置・病院選定に係る指針(プロトコル)を作成,提示,訓練するとともに,実
際に行われた救急現場活動がこの指針に照らして適切であったか否かを検証し,かつその結果を指
針にフィードバックする作業は,医療専門職である救急救命士にとって不可欠であった。
検証体制の整備なしに救急救命士が誕生したこと自体に制度的不備があったのであり,救急救命
士導入の目に見える効果が達成されなかったのは当然の結果といえる。
一方で、病院前救護活動の内容を医学的に検証するという専門性を持った医師も,これまでわが
国にはほとんど存在しなかった。
検証体制を整備することは,検証能力を有する医師すなわち病院前救護活動を指導できる医師を
養成することでもある。国(厚生労働省)は,各都道府県においてメディカルコントロール(特に
検証作業)を担当する医師を養成するための研修会を継続的に開催する予定である。
このような病院前救護に専門性を持つ医師が各メディカルコントロール圏ごとに配置され,救急救
命士との「顔の見える関係」の中で,救急現場活動の検証作業を行う体制が整備されることにより
救急救命士の専門性がより生かされることになる。
これにより,プロトコル(あらかじめ策定された指針)に基づいて,オンラインでの指示なしに,
分秒を争う救命処置が可能となり,国民,県民の救命率の向上に大きく寄与することが期待される。
平成1 5 年3 月
はじめに
1 メディカルコントロール体制の現状
医師や高度の医学的専門性を有する救急隊員によって,現場から救急医療が開始される欧米先進諸国と比較し,わが国の救急現場活動は永らく「搬送」の域を出ず、医療機関に搬入されて初めて医療
が開始されるという状況が続いてきた。ドイツ,フランス,スカンジナビア諸国などでは重症の救急患者のもとへ医師が出動するドクターカーやドクターヘリシステムが整備され,米国においては救急
隊員(パラメディック)が、例えば20種類以上の緊急薬品をあらかじめ定められた指針に基づいて使用するなど高度の病院前救護活動を展開してきたのである。これら先進諸国に比べ,わが国の病院
前救護体制は極めて貧しい制度下におかれてきた。2 メディカルコントロールとは
(1) 定義3 メディカルコントロール体制整備の効果
(1) 生涯研修を含む病院実習体制整備の効果
救急医療体制専門委員会病院前救護部会
部会長 石原晋