ウツタイン様式 日本語版
病院外心停止事例の記録を統一するための推奨ガイドライン
個々の臨床データの収集
蘇生処置による臨床成績は、救急システムそのものの評価、各救急システム間の比較、および蘇生に関する臨床上の新しい試みを評価する上で重要な、核となる情報である。心および脳蘇生の主たる目標は、患者の神経機能を心停止以前のレベルまで戻すことにある。蘇生努力を評価するには、蘇生後の神経機能がどれだけ回復したか、どれだけの期間で回復したかという二つの次元で評価されることが必須である。蘇生率を向上させるために労を惜しまぬ努力がなされているが、それは単に短期間の生存をもたらすだけの結果となる可能性もある。そのような患者は、集中治療室で高額な医療費を支払ってしか生存できず、しかも、神経機能は望むべきもないレベルまでしか回復しない。社会に、家庭に、そして患者自身に真に恩恵を与える蘇生努力の結果こそが、統計をとる者に必要なのである。
グラスゴ−ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−は、心肺蘇生が成功した傷病者のその後のQOL(quality of life)(訳注29)を評価するのに最も広く用いられている手段である(56, 65)。臨床医は心停止から生還した者の回復の程度を評価するために、このグラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ− を立案した。この指標は、心停止による脳への影響を、脳以外の疾患にともなう病的状態とは区別している(40, 65-67)。全身機能カテゴリ−は、脳および脳以外の状態も類別し、(脳の機能のみではなく)からだ全体としての機能を評価する分類法である。一方、脳機能カテゴリ−は、脳に関する機能のみを評価する分類法である。これらの分類法は信頼性に優れ、また簡便に使用できる。家人に電話をするだけですむこともしばしばである。この分類法の代用として、さらに簡便な手法は覚醒した時刻の記載である(59, 60)。グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−も、込み入った聞き取り調査や診察を要する他の方法と比較して、ともに簡便性と実用性の点で明らかにすぐれている(68, 69)。 会議のメンバ−は、心停止以前の状態、退院時の状態、1年後の状態を記載するのに、このグラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の使用を推奨している。グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の特徴は、脳機能カテゴリ−と全身機能カテゴリ−という2つの尺度を同時に用い、いずれも5段階に分類するという点である。
カテゴリ−1:意識障害、機能障害なし。 カテゴリ−2:意識障害はないが、中等度の機能障害あり。 カテゴリ−3:意識障害はないが、高度の機能障害あり。 カテゴリ−4:昏睡状態もしくは植物状態。 カテゴリ−5:死亡。 例をあげると、意識障害、知的障害のない患者が重度心疾患で臥床している場合には、脳機能カテゴリ− 1、全身機能カテゴリ− 3 となる。表 1 に グラスゴ−・ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−の内容を示す。 (訳注29)Quality of life。人間として生存する上で、どれだけの機能を有して、どれだけの営みができるかを問う言葉であり、医療行為の目標として単なる救命や延命以上の考慮をうながす言葉である。生活の質とも訳されているが、日本語訳として定着していない。"Life"とは、人生という意味も包括する含蓄のある言葉であり、quality of lifeあるいはQOLとそのまま使われることが多い。
データ記録様式 臨床成績(Clinical Outcomes)
グラスゴ−ピッツバ−グ脳機能・全身機能カテゴリ−(The Glasgow-Pittsburg Outcome Categories)
記載が推奨される臨床データ
会議では、1回1回の蘇生行為に対して、以下の臨床データを、責任を有する立場にある者が記録に留めるように推奨している。
心停止の場所(コアデ−タ):自宅、路上、公共の場所、仕事場、公衆の集まっているところ、救急車内、ナーシングホーム、その他の長期療養施設
心停止以前の臨床状態(補足的デ−タ):全身機能カテゴリ− および 脳機能カテゴリ−
救急隊員が到着する前に、心停止が目撃されているか否か:いる/いない
突然の心停止か否か(補足的デ−タ)(現場で決定するのが最も望ましい):心臓発作、外傷、出血、低酸素、頭蓋内病変及び損傷、中毒(薬物服用)、代謝性要因、溺水、敗血症、乳児突然死症候群。心停止の原因が心原性なのか非心原性なのかを識別すること。
救急隊到着時の患者の状態(コアデ−タ):呼吸(あり/なし)、脈拍の触知(あり/なし)、バイスタンダ−による心肺蘇生(あり/なし)
救急隊到着以降の心停止(コアデ−タ):あり/なし
最初に記録された心電図(コアデ−タ):心室細動、心室性頻脈、心静止、その他
治療(コアデ−タ):救急システムの状況を記載する際には、救急システムで使用されている特別なプロトコールも含めて記載されなくてはならない。その一方で、個々の患者に対して施行した特別な治療法についても記録が必要である。施行した呼吸補助法(口対口人工呼吸、マスク呼吸、気管内挿管、その他のエアウェイ処置)や、気管内挿管がうまくいったか否か、除細動の回数、投薬内容もコアデ−タとして記載する。蘇生の成否と、各事例で施された処置の数には当然のことながら、強い関連がある。すなわち、蘇生が困難であればあるほど処置の回数は増加する。したがって、蘇生不成功事例に施した処置をひろいあげても、情報としてほとんど価値はない。統計を取る者は、心拍再開事例に施された処置に重点を置いて検討すべきである。
現場における患者の最終状態(コアデ−タ):現場からの患者輸送が開始されるか、逆に現場で蘇生を打ち切った時点での患者の状態について記録する。心拍再開、心肺蘇生継続、死亡(心肺蘇生中止、その時刻の記載)。
救急処置室到着時の状態(補足的デ−タ):この情報は、患者搬送中の状態変化を表す。心肺蘇生継続、到着時死亡の宣告(時刻記載)、心拍再開の有無など。心拍が5分間以上続くならば、血圧、呼吸数、グラスゴ−・コ−マ・スケ−ル(訳注30)を記載する。患者の体温も記録すべきである。特に低体温に関連する心停止例では必ず記載すべきである。
救急処置室における処置が終了した段階での患者の状態(コアデ−タ):集中治療室あるいはそれに類する病室への入室、蘇生断念による死亡の宣告(時刻記載)など。
集中治療室入室時における状態(補足的デ−タ):グラスゴ−・コ−マ・スケ−ル、血圧、自発呼吸数(もしあれば)、脳幹反射の有無を記載する。
生存して退院(コアデ−タ):患者が入院中に死亡したなら、死亡日時と時刻を記載する。また、心拍再開してからの生存時間を記載する。24 時間以内に死亡した症例では正確な時刻を記録にとどめる。退院時の全身機能評価と脳機能評価も記載する(補足的デ−タ)。1年以内に死亡した事例では、死亡した週の最良のスコアを記載する。デ−タの収集が難しいかもしれないが、入院中に到達した最良のスコア、心停止を起こした年に到達した最良のスコアを補足的デ−タとして記載する。
退院先、転医先(補足的デ−タ):患者が退院したならば退院先(転医先)を記載する。:自宅(あるいは心停止以前の住居)、リハビリテーション施設、療養施設(ナーシングホームなど)、その他。
1年後の生存(あり/なし)(コアデ−タ)。生存ならば、1年後の全身機能カテゴリ−と脳機能カテゴリ−のスコアを記載する。家人との電話でこれらのスコアを得られることもよくあることである。最初の1年の間に死亡しているならば、死亡日時と生存期間を記載する。死亡までに到達した最良の脳機能カテゴリ−のスコアを補足的デ−タとして記載する。
(訳注30)Glasgow Coma Scale
国際的に最も広く使用されている意識レベル評価法である。
開眼機能、言語機能、運動機能を独立して判断して、各項目の合計点で評価する。
開眼 自発的に 4 呼びかけにより 3 疼痛により 2 開眼せず 1
発語
運動機能 |
開眼、発語、運動機能の各項の点数を合計する
最低3点、最高15点
点数の低い方が重症である。