心肺蘇生法 2001年の展望

講演原稿 (MINCS 遠隔講義 2000.3.06)


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開講の御挨拶

愛媛大学医学部救急医学 教授 白川洋一

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 講義プログラムなど説明(白川教授)

 全国各地の会場にお集まりの皆様、こんにちは。愛媛大学医学部・救急医学講座の白 川です。本日は、MINCS衛星講義にご参加いただき、ありがとうございます。

 心停止に対する蘇生法の基本は、胸骨圧迫心マッサージと電気的除細動ですが、歴史 を振り返ると、1950年代から60年代のはじめにかけて、アメリカで実用的な技術とし て確立されました。そのいずれにも大きな功績があったのは、Johns Hopkins大学で 電気工学を教えていたWilliam Kouwenhoven教授です。彼のチームは、もともと体外 式の除細動器を開発していたのですが、犬の実験の最中に、たまたま胸を圧迫すると 循環が維持できることを発見して、さっそく、その手技を20名の心停止患者に応用し ました。この臨床実験は1959年から60年にかけて行われ、論文が発表されたのは翌 61年ですから、今から、わずか40年前の出来事です。

 その後、陽圧換気を組み合わせた心肺蘇生法は、洗練された技術に育ったわけです が、やがて、別の問題が現われてきました。すなわち、一般市民が行うことのできる 救急処置として、大衆化路線をひた走り始めたとき、個別の医療技術としてみるので はなく、社会全体としてみると、どのような方法を普及させるのが最も効果的である か、という戦略的な観点です。

 本日の衛星講義「心肺蘇生法2001年の展望」には、そうした背景があることをご承知 ください。

 講師をご紹介します。講演の順に、愛媛大学救急医学 越智先生、救急救命九州研修 所 畑中先生、九州大学災害救急医学 漢那先生、市立いちりつ秋田総合病院 円山 先生、最後に長岡技術科学大学 齋藤先生の予定です。時間が許せば講義の合間と最 後に、質疑応答の時間を設けますが、大学の間で画像を切り替えるのに、少し時間が かかるようですので、講師と同じ会場からの質問を優先的にお受けします。

 なお、この衛星講義の内容は、ビデオ録画やその貸し出し、オンデマンドでの配信を 含め、あらゆる形態で、教育・研究目的の再利用を許可する方針です。講義だけでな く質疑応答や会場の映像なども同様に扱われますので、受講者の皆様も御承知くださ い。

 それでは越智先生から、始めていただきます。

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 愛媛大学救急医学の越智です。私からは「成人の新しい一次救命処置: わが国のCPRの統一を望む」と題してお話します。

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 はじめに、わが国の新しい心肺蘇生法指針策定までの経過をみてみましょう。 1992年:アメリカ心臓協会 AHA の心肺蘇生法ガイドラインが6年ぶりに改訂されました。この年、 AHAの提案により、国際蘇生法連絡委員会、ILCORの活動が開始されています。 1993年:わが国では日本医師会・救急蘇生法教育検討委員会が CPR指針を策定 しました。このときの方針として1992年版 AHAガイドラインに準拠するとう たっています。1997年:心肺蘇生法に関するILCOR勧告が発表され、欧州蘇生 会議をはじめ各国が CPR指針を改訂しました。2000年にはAHAの新ガイ ドラインが発表されています。これを受けてわが国でもまもなく、日本救 急医療財団 心肺蘇生法委員会による、統一指針が刊行されます。

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 わが国の心肺蘇生法は、団体によって少しずつ異なった指導 がなされており、具体的には次のような問題点があります。

  1. 頬を叩いて意識確認をするように指導している組織があり、脊髄保護そして 患者の人格尊重の観点から勧められません。

  2. 意識確認の後の処置として、 「応援を求める」と漠然と指導している組織がありますが、早期除細動の観 点からは「119番通報」と明確に教えるべきでしょう。

  3. AHAは訓練の最初のステップとして、仰臥位への体位変換を入れていますが、 わが国では重視されていません。

  4. 全例に指交差法で開口し、口腔内異物確認をさせる組織がありますが、多く の場合、時間を浪費し指導を困難にしています。

  5. AHAは呼気吹き込み量を800〜1200mlと教えてきましたが、体格の小さい日本 人でも同様に指導してよかったのでしょうか。

  6. わが国では気道異物除去法として、側胸下部圧迫法、ハイムリック法など、 様々な方法が指導され、その指導内容は一貫していません。

  7. 自己心拍再開などのためにCPRを中止する基準も、団体によって異なってい ます。

  8. わが国では明かな根拠のない「ドリンカー曲線」などがしばしば引用され、蘇生 後の転帰を必要以上によいものに印象づけています。

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 ここで、日本蘇生学会を代表して日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会 (JRC)に参加しておられる、愛媛大学医学部麻酔・蘇生学 新井達潤教授 に現在のJRCの状況についてお話をお聞きします。

 新井先生より:

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 わが国の新しい CPR指針は AHA2000年版のガイドラインに準拠したものに なるでしょう。新しい指針では、意識がなければ通報、仰臥位でなければ体 位変換をして、口腔内異物を確認することなく気道確保をします。呼吸停止 を確認し人工呼吸を2回した後の頸動脈での脈の確認は一般市民では除かれ、 咳、自発呼吸、体動などの循環の兆候をみることになります。

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 秋田市消防本部ならびに秋田市役所広報課のご協力により作成したビデオ を用いて、一般市民に教える成人の新しいCPR手順を示します。

[1]周囲の状況、外傷の確認:救助者や被救助者がいる場所が安全かどう かを確認します。時間をかけずに、外傷の有無を調べます。

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[2]意識の確認:傷病者の肩を優しく叩き、「大丈夫?」と声をかけます。

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[3]119番通報:周囲に人がいれば通報を依頼し、救助者1人の時は、 傷病者の元を離れ電話をかけに行きます。

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[4]体位変換:堅く平らな所に、脊髄保護に気をつけながら、仰臥位にします。

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[5]気道確保:頭頚部外傷がない場合は頭部後屈あご先挙上法、頚髄損傷 が疑われるときは下顎挙上法を行います。

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[6]呼吸確認:自発呼吸の有無を最長で10秒まで確認します。

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[7]人工呼吸(呼気吹き込み法):自発呼吸がなければ、1回に2秒かけ 2回の効果的な人工呼吸を行います。

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[8]循環兆候の確認:体動、自発呼吸、咳など、「循環の兆候」を10秒まで 確認します。

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[9]胸骨圧迫心臓マッサ−ジ:「循環の兆候」がなければ胸骨圧迫を毎分約 100回のピッチで実施します。

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[10]心臓マッサ−ジと人工呼吸のサイクル:胸骨圧迫と呼気吹き込みとの 組み合わせは1人法、2人法を問わず 15:2で実施します。

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[11]循環の兆候の再評価: CPR開始約1分で「循環の兆候」を再評価します。 循環の兆候、体動ともに認められない時は CPRを継続します。

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 以上、まとめとして、

1.わが国の各団体で共通の、また国際的にみても妥当な CPR新指針が策定され、 各団体により尊重されつつ普及されることを切望します。

2.今回提示したCPR手順は AHA新ガイドラインをわれわれなりに映像化した ものであり、関係者のご意見をお寄せいただきたいと思います。

3.今回の講義の参考資料は、論文別冊、ビデオ、CDR、プレゼンテーションファイル などの形で提供させていただきます。スライドに示すホームページ をご参照下さい。

 以上、ご静聴有難うございました。時間の制約はありますが、会場の皆様からご質問があればお受けしたいと思います。