1)尼崎市消防局 尼崎北消防署、2)愛媛大学医学部救急医学、3)救急救命九州研修所
4)医療法人真誠会、5)市立砺波総合病院麻酔科、6)東京大学大学院教育学研究科
(プレホスピタルケア 13: 54-60, 2000)
目 次
海外においては、1992年に国際蘇生連絡委員会(International Liaison Committee on Resuscitation, ILCOR)が組織された。さらには1997年には、心肺蘇生法の世界基準とも言うべき、心肺蘇生法に関するILCOR勧告(ILCOR Advisory Statements)が発表された2)。今後、米国心臓学会(American Heart Association、AHA)をはじめとする世界各国の蘇生団体が、ILCOR勧告に準拠したガイドラインを相次いで作成することが予想されている。
ところが残念なことに、わが国においてこのILCOR勧告は、救急医療関係者の注目を集めることがなかった。1999年はじめ、電子メールの同報機能を利用したフォーラムである「救急医療メーリングリスト(eml)」3)においてこの問題が取り上げられ、ILCOR勧告のわが国への普及をはかるために、同資料の翻訳を行った。そして同年9月、ILCORならびに AHAと連絡を取った上で、インターネットのホームページ上で公開された4)。われわれは心肺蘇生法に関するILCOR勧告が、救急隊員をはじめとするわが国の多くの関係者に熟読されることを願い、本稿において紹介する次第である。
ILCOR勧告とAHA Guideline 2000について
ILCORの目的は世界共通の蘇生ガイドラインの確立に向け努力することである。この目 的のもと、1997年に世界標準ともいえる、心肺蘇生法に関するILCOR勧告が発表された。ILCOR勧告には一次救命処置(BLS)、新生児を含む小児救命処置(PLS)、二次救命処置 (ALS)が含まれている。
ILCOR参加国は各国内でILCOR勧告を反映した蘇生基準を作成することになるであろう。 特に AHAは1974年に蘇生のためのガイドラインを発表し、その後、1980年、1986年、1992年と6年ごとに指針を改訂してきた。AHAは次回の改訂を2000年9月に予定し、「Guidelines 2000」として刊行する予定である5)。AHAの新ガイドライン策定作業はILCOR所属各団体の全面的な支援のもとに進められており、AHAに引き続いて刊行される各国の心肺蘇生法ガイドラインも、ILCORならびに AHAの方針を踏襲したものになることは間違いない。
わが国において心肺蘇生法の指導法が各団体間で食い違いがみられることは、早くから指摘されてきた。このため1992年、日本医師会は救急蘇生法教育検討委員会を発足させ、厚生省、自治省消防庁、日本赤十字社及び日本救急医学会などの関連学会に参加を呼びかけた。そして1992年の AHAのガイドラインに準拠して、わが国の心肺蘇生法特に一次救命処置の統一をはかった6)。1993年には一般市民と講師のための「救急蘇生法の指針」7)が刊行された。
これにより国内の心肺蘇生法が統一されたかと思われたが、現実には依然として各機関の指導法にいくつかの相違点がある。例えば、消防が市民指導の際に使用している「応急手当指導者標準テキスト(自治省消防庁救急救助課監修)」8)では、気道確保の前に指交叉法にて口腔内の異物確認をおこなっているが、日本赤十字社では気道確保前には口腔内の確認を行わず、呼気吹き込みがうまくいかなければ口腔内を確認するとしている1)。
このような指導法の違いは、心肺蘇生法の普及講習を受講する市民にとって混乱を来たす
要因となるので解消されるべきであろう。
1997年にILCOR勧告が発表されたことを受け、わが国でも1998年9月の第17回日本蘇生学会で、「蘇生法の国際標準を目指して」と題したシンポジウムが開催された。この中で、わが国もILCORに参加すべきであるという意見が上がった。そうした流れの中、1999年6月、関連学会、関連省庁、日本赤十字社などが参加し、「日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)」が組織され、同時にILCORへの参加が決定した。これによりわが国の心肺蘇生法の世界標準化、そして蘇生法の国内統一へと向けての動きが開始された。
ILCOR勧告の特徴は、その内容をできるだけ単純化しているということであ
る。市民に普及するためにはできるだけ簡潔であるほうがよい。覚えやすく、しかも忘れ
にくい。また、勧告はは各国の習慣による違いを可能な限り除去し、当然、科学的根拠に
基づくもの(evidence based medicine, EBM)だけを採用することを目標としている。
大項目として「はじめに」「成人の一次救命処置」「二次救命処置の共通アルゴリズ
ム」「早期除細動」「小児の心肺蘇生法」「個々の状況での蘇生」の6章に分かれてい
る。その中の「単独でおこなう成人の一次救命処置」を表1に示す。
1.救助者及び傷病者の安全を確保する。
2.傷病者の反応を確認する。
○優しく肩を揺すり、大きな声で「大丈夫ですか?」と尋ねる。
3-a.もし、傷病者が(答えるか、動くかで)反応すれば:
○傷病者を動かさない(傷病者がさらなる危険に陥ることがないなら)。傷病者を
チェックし、必要であれば助けを求める。
3-b.もし傷病者が反応しなければ:
○大声で応援を求め、誰かに助けを呼んで貰う。または、もしあなたしかいなかった
ら、傷病者のそばを離れ助けを呼びに行くことも考える。
○頭部後屈あご先挙上法で傷病者の気道を確保する。
4.気道を確保し続けること。傷病者の呼吸の徴候を見て、聴いて、感じること:
○胸の動きを観察する。
5-a.傷病者が呼吸している場合:
○傷病者を回復体位とする。
5-b.傷病者が呼吸していない場合:
○もしまだ助けを呼んでいなければ、誰かに助けを呼びに行かせる。または、救助者が1人だけであれば、傷病者から離れ、助けを呼びに行く。戻ってきて人工呼吸を開始する。
○もし傷病者が仰臥位になっていなければ、仰臥位にする。
○口から見える異物を、外れた入れ歯を含め、取り除く。ただし、しっかりはまっている入
れ歯ははずさない。
○胸が十分上がり下がりするように、2回息を吹き込む。
・傷病者の胸の上がりを見ながら、ゆっくりと 1.5〜2.0秒かけて、息を吹き込
む。
○また息を吸い込み、同じように呼気吹き込みを2回行い、合わせて2回の効果的な吹き込みを実施する。
○呼気吹き込みがうまくゆかない時:
・傷病者の口の中を再度チェックし、気道を閉塞するものがあれば除く。
6.循環系の評価:
○ここでは次のことを行う。
・嚥下動作や呼吸動作などのいろいろな動きを同時に見る。
○このステップに10秒以上かけないこと。
7-a.もし心停止でないことが10秒以内に確認できた時:
○傷病者に自発呼吸がなければ、自発呼吸が出てくるまで人工呼吸を続ける。
7-b.もし、循環の兆候がないか、はっきり確認できない場合:
○胸部圧迫を開始する。
・胸骨の下半分を圧迫する。
○人工呼吸と胸骨圧迫の組み合わせ
・胸骨圧迫と人工呼吸の比は15:2。
8.次のような状況となるまで、蘇生処置を続けること。
○傷病者に生命反応が現れる。
1.救助者が一人のときに助けを呼びに行くタイミング
1)AHA:傷病者の反応が無いとわかった時点で、傷病者のそばを離れ、救急医療システム(EMS)への通報を行う。ただし、傷病者が幼児や小児の場合は1分間の蘇生を先におこなう。
2)ILCOR:意識がないことがわかったとき、または呼吸がないことがわかったときに傷
病者のそばを離れ助けを呼びに行く。ただし、意識不明の原因が外傷や溺水と考えられる
場合や、傷病者が幼児や小児の場合は1分間の蘇生を先におこなう。
2.気道確保
1)AHA:頭部後屈あご先挙上法・下顎挙上法の2種類が記載されている。医療従事者に対しては、頸椎損傷の疑いがある時、下顎挙上を推奨している。
2)ILCOR:頭部後屈あご先挙上法のみを記載している。頸椎損傷の疑いがあるときは頭部
後屈を避ける。つまりあご先挙上のみをおこなう。
3)消防機関:頭部後屈あご先挙上法、下顎挙上法、頭部後屈法の3種が取り上げられている。
3.呼吸の確認
1)AHA:呼吸の確認を3〜5秒間でおこなう。
4.人工呼吸
1)AHA:呼気吹き込み量を800〜1200ml。吹き込み時間は1.5〜2.0秒。
2)ILCOR:呼気吹き込み量は400〜500mlでよいとしている。吹き込み時間は同じく1.5〜2.0秒である。最初の吹き込み回数は効果的な吹き込みが2度出来るまで、合計5回までの吹き込みを試みる(註)
5.循環の評価
1)AHA:頸動脈を触れ、5〜10秒以内で判定する。
2)ILCOR:頸動脈の触知や、嚥下運動などの循環の徴候を探す。これには10秒以上かけ
ないとしている。
3)消防機関:5秒程度観察するとしている。呼吸の確認とともにAHAとは異なっている。
6.心臓マッサージ
1)AHA:心臓マッサージの圧迫の強さは1.5〜2インチ(3.8〜5.1cm)。圧迫は毎分80〜100回のペ−スで行う。
2)ILCOR:圧迫の強さは4〜5cm。圧迫は毎分100回のペースで行う。
7.気道閉塞に対する処置
1)AHA:ハイムリック法を推奨。ただし、意識がない傷病者の場合には指拭法を、また肥満者や妊娠後期の傷病者には胸部圧迫法の使用も認めている。
2)ILCOR:心停止時の胸部圧迫(心臓マッサージ)を推奨している。
ILCORでは一次救命処置に腹部圧迫法を含めていない。
3)消防機関:指拭法、背部叩打法、ハイムリック法、側胸下部圧迫法と4種類が掲載されて
いる。
8.口腔内の観察
1)AHA:気道確保のときに口腔内に異物や吐物があれば取り除く。そして、人工呼吸のと
きに呼気吹き込みがうまくいかなければ再度気道確保をやり直し、それでもうまくいかな
いときには異物による気道閉塞を考える。
2)ILCOR:呼吸の観察の後に口から見える異物を取り除く。そして、呼気吹き込みが上
手くいかないときに口腔内を再度チェックし、気道を閉塞する異物を除去。次いで気道確保を再確認する。
3)消防機関:気道確保の前に必ず、指交叉法を用いて口腔内を観察している。これもAHAガ
イドラインと異なっている。
わが国も、JRCがILCORに参加するなど、蘇生法の世界標準化へ向け動き出した。2000年
にはAHAの新しいガイドラインが発表される。2000年9月以降、わが国のガイドラインも
ILCOR勧告またはAHAのガイドラインに沿って新しく改訂される可能性がある。それに
伴い、われわれ救急隊員のおこなう蘇生法や市民への指導方法なども、現在のものとは異なるものになる可能性もある。現時点からILCOR勧告に基づく心肺蘇生法について熟知しておくことにより、新しいガイドライン策定に伴う現場の混乱を最小限にとどめることができるであろう。
文献
1)越智元郎、漢那朝雄,他:わが国における心肺蘇生法指導法の統一を望む.LiSA 7: 542-545, 2000
2)Chamberlain DA, Cummins RO: Advisory statements of the International Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR). Resuscitation 34: 99-100, 1997
3)越智元郎:コンピュ−タ通信の救急医療への応用―救急医療メーリングリストの紹介―,近代消防 34:95-96,1996.
4)ILCOR Advisory Statements(救急医療情報研究会による和訳)
5)越智元郎、畑中哲生、生垣 正、小田 貢、若林 正、白川洋一、新井達潤:心肺停止(CPA)とプレホスピタルケア:I.心肺蘇生法の普及.救急医学 23: 1883-1887, 1999
6) 青野 允:蘇生法の国際基準を目指して わが国の現状.朝日メディカル 1999年3月号 p.70-71
7)日本医師会編:救急蘇生法の指針−一般市民のために−.へるす出版,東京,1993
8)自治省消防庁救急救助課監修:応急手当指導者標準テキスト.東京法令出版,東京,
1994,pp17-29.
9)Handley AJ, Becker LB, Allen M, et al.: Single rescuer adult basic life support. An advisory statement from the Basic Life Support Working Group of the International Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR). Resuscitation 34: 101-108, 1997
10)Emergency Cardiac Care Committee and Subcommittees, American Heart Association. Guidelines for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiac care. JAMA 268: 2171-2295, 1992
日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)について
ILCOR勧告の内容
表1.単独でおこなう成人の一次救命処置」
(Single-Rescuer Adult Basic Life Support)
(省略・改変し記載)9)
処置の順序(Sequence of Action)
○傷病者の状況を定期的に再評価する。
・できれば、傷病者の元の体位を変えずに気道確保をする。
・気道確保の処置が少しでも難しければ、傷病者を仰向けにして気道を確保する。
・頸部損傷が疑われる時は、頭部を後屈させるのを避ける。
○傷病者の口元に耳を近づけ、呼吸音を聴く。
○呼気を自分の頬で感じる。
○呼吸徴候は10秒までは十分観察し、それで呼吸の兆候が認められない時には呼吸停止
と判断する。
○継続して呼吸を確認する。
・頭部後屈あご先挙上法が十分であるか再確認する。
・2回の有効な呼気吹き込みができるよう、5回まで吹き込みを試みる。
・2回有効な吹き込みができるか、呼気吹き込みを5回試したら、脈拍の確認へ進む。
・頸動脈の拍動があるかどうかみる。
○1分ごとに循環系の評価を行う。評価に費やす時間は10秒以内にする。
○もし、傷病者が自力呼吸を開始したが意識が戻らないときは、回復体位にする。
・傷病者の肋骨や腹部上部・剣状突起に圧力をかけない。
・胸骨が4〜5cm沈むように押し下げる。
・毎分 100分(毎秒2回弱)のペ−スで繰り返す。
・胸骨圧迫と圧迫解除には同じ時間をかける。
○救助の専門家が到着する。
○救助者が疲労困憊してしまう。ILCORでの変更の要点
2)ILCOR:10秒までは呼吸の確認をしてもよい。
3)消防機関:5秒程度とされている。
ILCORでは、気道の防御(気管内挿管など)なしでの人工呼吸は、胃膨満、嘔吐、気管
への吸引などの危険性が高く、また心停止中の CO2産生は非常に少ないことがその理由で
あるとしている。これにより、成人の訓練人形の再調整が必要となるだろう。
この理由は、多くの場合,頸動脈の脈拍の有無を確認するためには30秒以上かかるとの
指摘による。血圧低下や血管収縮した傷病者の頸動脈を触知するのはさらに困難であることを考慮している。これは、一般市民に対する指導を対象としており、二次救命処置や、自動体外除細動器(AED)使用時には、脈拍のチェックは重要であることは変わりない。
気道異物は稀であり、ハイムリック法などの腹部を圧迫する方法は、胃内容物の気道内
吸引や内臓損傷を来す危険があるとしている。心停止時の胸部圧迫は胸腔内圧を十分増大
させ、気道閉塞を除去するとしている。また、腹部圧迫法を除外することにより一つでも習得事項を減らすことを目的としている。おわりに
http://ghd.uic.net/99/ilcor.html