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衆院厚生労働委員会奥田先生発言

妊産婦死亡した方のご家族を支える募金活動開始(2008/9/22)、活動中です 福島県立大野病院事件 無罪確定・控訴断念(2008/8/29)。6873名分署名・意見書送付(2008/8/28)。

2006年4月25日 衆議院厚生労働委員会 奥田美加先生発言

横浜市立大学附属市民総合医療センター母子医療センター産科の現場責任者で 主任の奥田と申します。当センターは、地域の周産期の基幹病院として、ハイリスク分娩を引き受ける とともに、教育病院として、正常分娩の予約も一定数引き受けております。当 センターの一勤務医として、現在の産婦人科医師の勤務状況の実態について述 べさせていただきます。

この一年程度で、周辺の分娩取り扱い施設が相次いで分娩を取りやめました。 当センターは、早産などのベビーを受け入れるNICUを持ち、救命救急センター を備えておりますので、いかなるリスクの妊婦さんでも引き受ける必要があり ます。本来は、高度のリスクを有する母体を引き受けるために、中程度のリス クやリスクのない方は他の施設で多くお引き受けいただきたいのですが、その 影響で、分娩予約が殺到し、あっという間に分娩予約枠が一杯になります。重 い合併症をお持ちの方で、他の施設での分娩が極めて困難なケースは無理にで もお引き受けしますが、昨今は少しでもリスクのある妊婦さんを抱えたがらな い施設も増え、どこにも行き場のない中程度のリスクの方もお引き受けせざる をえません。さらに、どこにも受診したことのない妊婦さんがいきなり陣痛が 来て救急車を呼ぶようなケースも、最近ではどこでも受けてもらえず、すべて 周産期センターに集中しますので、病棟が満床でもとにかくお引き受けして対応 します。限界以上の分娩件数をこなしているのが現状です。

先日のある一日を例にお話します。午前中は外来業務、午後に帝王切開の予定が2件、午前10時頃、他院から、 重症患者様の受け入れ要請がありました。当院に到着したのが13時頃、緊急 を要する状態でしたので、予定の方より先に手術室に入院したのが14時頃、 帝王切開手術が終了し、もとの予定の方が手術室に入室し、16時52分に分 娩、予定二番目の方はじつに夜の19時に分娩となりました。その執刀をして いる最中、病棟で分娩進行中の方の胎児の状態が良くない、とのことでこれも 帝王切開になる、との連絡が入り、他のメンバーで平行して帝王切開術を開 始、19時57分にそのベビーが出生しました。当センターの手術室は全国で も有数の忙しさだと思います。この間に病棟では別の分娩もありましたので、 スタッフ全員が21時過ぎまで残っていました。なお、私は前日の当直医で、 前日の朝から当日の朝までフルに働き、午前中の外来をこなし、4件の手術の うち2件の手術に指導医として入り、すべて終了して帰宅したのは23時も過 ぎており、翌日もまた当直業務でした。

このほか、深夜勤務帯、すなわち0時から8時までの間に8件のお産があり、 担当医が持病の喘息発作を起こしてしまったり、夜中の2時過ぎ、18分間の あいだに3件の分娩が重なったこともあります。夜中に他院から搬送された緊 急帝王切開の最中に次の依頼の電話が入り、続いてお引き受けして帝王切開を したこともあります。大出血で救命処置を必要とする患者様の横に切迫早産の 母体搬送の方が運び込まれることもあります。分娩は、胎児心拍モニターを監視しながら行いますが、そのモニターのパター ンが急に悪化することはよくあり、必要と判断すれば患者様を走って手術室に 運んで帝王切開をして、決断から10分ほどで赤ちゃんを出すことも日常のこ とです。数秒から数分で対応を決断しなければならないストレスはかなり大き いものです。

もちろん、24時間365日同じように忙しいわけではありませんが、分娩は 時間を決めて出来るものではありませんので、物事が同時に重なって起こるこ とはしばしばあります。当直帯に2〜3名の医師での対応は不可能なことがし ばしばです。一睡もせず、どうにか乗り切ったとしても、疲れきってしまい、 当直医は翌日すぐ帰らせてあげたいのですが、業務をこなすには人手が足り ず、少々の仮眠を取れればいいほうです。代休はありません。病院からは夜勤 明けは休むよう言われておりますが、業務の量からとても翌日休んでいては臨 床の業務がこなせません。とりわけ、責任を負った立場ではなおさら業務を減 らせないのが通常です。2交代や3交代にする人手もありませんので、当直医 は36時間連続勤務も通常のこととして働いております。

また、大学病院ですから、学生の指導にも時間を割き、若手医師の教育や、医 療の進歩に貢献すべく臨床データを学会発表するなどの努力もしております。 そのデータをまとめたり、若手の発表の指導をしたり論文の添削をしたりする のは、日常業務が終わってからですから、やっと医局の机に座るのが21時過 ぎ、それからパソコンをたたいてデータ処理を夜中の2時過ぎまでやり、一度 帰って翌朝7時には病院にいる、そんな日々も決して珍しくありません。他に、患者様の診療に必要な文献を検索し読む、という時間も同じように深夜 となります。さらに私の役割では、院内の委員会や対外的な委員会も数多くあ り、月に少なくとも数回はそうした会合に出席する必要があります。出るだけ でなく、これら会議の準備が必要な場合はそれも深夜休日の仕事です。

平日に一回当直があり、他に緊急手術や患者家族とのお話、診療の下調べなど のために残り、休日に帝王切開で呼ばれて一回登院、という平均的な週の在院 時間をざっと計算してみると、85時間くらいになるでしょうか。4週間で3 40時間です。これに休日の当直が2回あれば340+48=388時間。

フルメンバーが揃ってやっとこの事態ですから、女医さんが妊娠しても、やっ と規定ぎりぎりの産休を取らせてあげるのが精一杯です。私もそうですが、た いてい産後8週で仕事に戻ります。産休中に、欠員の補充はありえません。育 休を取る体制もありません。WHOは「6ヶ月間は母乳以外何も必要ない」と言っ ており、当院でも母乳育児を推進していますが、当の産科医自身が、それを完 遂できません。私には小学一年生になる息子がひとりおりますが、そんな日々ですから、息子 の起きている姿を何日も見ない、ということはしゅっちゅうです。今日こそ は、と思い切って早く帰れる日でも帰宅時間は精々20時です。土日祝日も家 にいられず、たまにいるときは緊急の際に呼ばれて駆けつける自宅待機ですか ら、食事中に携帯電話が鳴り、やっといてくれたおかあさんがまた出かけてし まう、と半泣きになっている息子を置いて病院に向かうこともしばしばです。 病院から電話をかければ「ねえ今日帰ってくる?」と聞かれます。我が家は、71歳になる私の母が老骨に鞭打って息子の面倒と、私が全くやら ない家事とを一手に引き受けてくれますので、こうしてフルに働くことができ ますが、そういう家族のバックアップがない女医さんが同じように働くのは難しいです。こんな生活をしている折に、大学の医局を離れて健診センターに就職した人 は、9−5時で土日は休み、という生活で、我々より多くの給料を貰ってい る、という話を聞くと、もちろんお金のために働いているわけではありません が、なんだかガックリときてしまい、使命感だけではモチベーションを保ちき れなくなりそうになります。妊娠し、子を生み育てるという人々を守るべき立場の我々が、自分たちのこれ らの生活を守れずにいます。子供を産んでお母さんになった同僚や先輩後輩 が、一線を退く選択をして、辞めていく方もたくさんいます。子育てと産科医 が両立できなくなったとき、産科医であることを切り捨てる、その気持ちも痛 いほど分かりますから、引き留められません。女医が増えるということは、一 定の確率で辞めていく人がいるので辞める人数が増えることになります。

そして現場で、そこでできる範囲内で最善を尽くしても、結果が悪い、という ことは、ある一定の確率で起こります。妊娠分娩というものが、たった数分で 急変し母児の生命に関わることがある、ということは我々にとって常識です が、それに遭遇した患者様はそれが全てであり、その悲しみと怒りの矛先が医 療者に向くのもよくあることですから気持ちはわかります。たとえそれが、ど んな対応をしてもその子を救えなかった、という事態であったとしても、しば しば我々を責められます。それも患者様のお気持ちですから、誠意を持って対 応しております。悪気は全くありません。手を抜かず精一杯やっています。産 科には一生懸命今の医学の最良を尽くしても結果が不幸になることがままあります。とりわけ救急を担う我々にはなお頻繁に起こります。でも結果が悪ければすべ てそれが罪になり、我々は罪人として責められる、というのなら、悪い結果に なる可能性が誰にでもありうる分娩自体が不可能になります。このことは熱心 に産科に取り組む医師ほど悪い結果に接する機会が増え、さらにやりきれない 報われなさを感じることが多くなっています。

労働条件が他の科に比べて劣悪なこの仕事に好んで就こうとする人は、今どき の若い方には特にいらっしゃらないのではないでしょうか。このの春に初期研 修を終了した研修医は神奈川県に約600名いるそうですが、産婦人科を選択 したのは10名です。すでに産婦人科医を選択した人の中でも、周産期は敬遠 されます。昨今の分娩施設減少を受け、当センターで分娩回数を増やすべく整 備しようとすれば、「周産期があるせいで産婦人科医を目指す若手医師が減っ ていくからこれ以上忙しくするな」と、仲間から悪口を言われる始末です。横浜市立大学の産婦人科に所属する医師は、毎年10人前後ずつ辞めるか、フ ルの勤務から退きます。もっと労働条件と報酬のいい職場に移る人、産科自体 を辞める人、完全に仕事を辞める人、昼間の外来業務だけ手伝う人、子育ての ためにしばらく休むと言って戻れない人、分娩を取り扱わないクリニックを開 業する人、いろいろです。産婦人科医の全員が、分娩を扱っているわけではな くなっています。産科医が疲れきってやめていき、人数が減ってさらに忙しくなって疲れて辞め る、という悪循環を断ち切るには、分娩施設を整理し、一分娩施設あたりの産 科医の数を今の2倍から3倍以上に集約する必要があると思います。早急に労 働環境を改善しないと、若手は産科を選びませんし、やっている人もどんどん 辞めていきます。

産科医療は誰かがやらなければならないですし、産科を専門としている私は、 現在の仕事は確かに好きですが、こんな状況ですので、自分が辞めもせず死に もせずに何とかやれているのが不思議です。いま、頑張っている産科医は、も う少しなんとか踏ん張れると思いますが、次世代が増えなければ、もう限界だ と思います。

以上、現場で働く一産科医として述べさせていただきました。ありがとうございました。

Updated on Aug 21, 2008.