第1章 職業上の解決すべき課題としての障害
ICFの「生活機能と障害」のフレームワークでは、職業的視点からみた障害とは、多様な職業場面における健康問題に関連した活動制限と参加制約などの構造的な把握が必要である。
「障害者」というと、まだ多くの人が、特定のステレオタイプなイメージで捉えてしまうことが多いかもしれない。つまり、普通の人とは違う一定の少数の人たちがいるという誤解である。しかし、実際には、特定の「障害者」がいるわけではない。これまでの「障害」の考え方に囚われず、職業に関連する課題そのものをありのままに捉えることが、全て検討の出発点である。
例えば、国によって、どの範囲を障害とみなすかには大きな差がある。例えば、妊娠に伴う活動制限や社会的制約、学習活動の制限、老化に伴う心身機能低下などは、わが国では障害とはみなされない場合が多いが、これらを障害と認める国もあるなど、障害認定の範囲は各国・地域の政策や規範などに依存している(障害者職業総合センター,1999)。また、「障害者」という一群の人たちがいるという考えでは、「障害者」は日常生活でも、学校生活でも、職業生活でも同じく問題がある人たちと考えられがちであるが、現実には、職業生活における問題は、日常生活上の問題とは異なるし、学校生活における問題とも異なるという例は多くある(例えば、障害者職業総合センター,2001a)。
「障害者の雇用の促進等に関する法律」では、障害者を「@身体又は精神に障害があるため、長期にわたり、A職業生活に相当の制限を受け、又はB職業生活を営むことが著しく困難な者」として、職業という場面に障害を限定している。このように、実際の職業的な課題を基準にすれば、簡単に「職業的視点からみた障害」の問題は定義できるように思える。しかし、これはそう単純にはいかない、これは長い間議論のあった問題である。
現実には、身体又は精神に障害があっても、職場での適切な配慮(障害者職業総合センター,1998a)によって、職業生活に全く制限もないし、問題のない人たちがいる。一方、長期にわたって就職ができない難病の人が身体又は精神の障害がないとされている例もある(障害者職業総合センター,1998b)。現在の定義では、それをそのままに適用すると、現実に職業的な問題があり支援を必要とする人を排除してしまうものになりかねない。より整合性があり、現実の問題に適切に対応できる、「職業的視点からみた障害」の捉え方が必要である。
この第1章では、「職業的視点からみた障害」を考える出発点として、「障害」の見方それ自体の大きな転換を行うこととする。従来、「障害者」という一群の人がいるという前提で、その人たちの「職業的な問題」を考えるという見方がされることが多かった。つまり、「障害」と「職業的な問題」は別の問題という捉え方である。しかし、我々は、見方を逆転させて、「職業的な問題それ自体が障害」という捉え方を全ての検討の基礎とする。このような生活上の機能の制限や制約それ自体を障害とする考え方は決して新しいものではない。既に1980年のICIDHにおいて示されており、その改定である2001年のICFにおいてより明確に示された「障害」の国際的なコンセンサスなのである。したがって、本章ではICFの概念枠組に沿って職業上の問題を順番に分類し、その問題の間の相互関係性を分析し、さらに、職業上の問題ではあっても「障害」には含めないものについても明確にすることとする。
l 第1節 職業上の問題の分類: ICFの障害と生活機能の構成要素に沿って、職業場面での様々な視点による問題や課題を分類できる。
l 第2節 障害/生活機能の要素間の関係性: 疾患と障害の関係については既に多くの信頼できるデータがある一方で、その他の、障害の因果等に関係する要素・要因間の相互関係については個別の分析事例が積み重ねられている段階である。
l 第3節 障害と障害でないもの: 失業や差別や怠けなどによる一般的な職業的困難性や問題と区別して、「職業的視点からみた障害」を適切に把握するためには、「健康状態」との関連を前提にすることが適切である。
第1節 職業上の問題の分類
職業場面での問題や課題には、関わる人の立場により多様な視点があり、現行の機能障害に基づく明確な認定基準に比べて、はるかに複雑で、あいまいな問題把握の方法にみえる。
例として、視覚障害をみてみよう。現行の認定では、視力テストに基づいて明確に定義されている。それに対して、視覚障害による職業場面での問題や課題には簡単には把握し難い多面的な視点や要素がある。実際の職場での問題としては、見よう見まねができないとか、テキストやマニュアルが読めないといった技能習得、職場内外での移動、通勤、対人関係、書類の読み書き、健康管理など様々なことに問題があるかもしれない。もちろん、これは同じ人でも職場が変われば大きく変わりうる。あるいは、実際に仕事に就けているならまだよくて、仕事に就けないことが本当の問題という視点もあるだろう。あるいは、はり・あんま・マッサージの仕事ならあるが、それ以外の仕事に就けないということが問題かもしれない。あるいは、企業の立場からすると、障害者雇用の経済的負担を課題とする視点もあるだろう。また、本人は、むしろ、同僚の態度に問題や課題を感じているかもしれない。
このような複雑な実態をもつ、職業場面での問題や課題をどのように整理すればよいか・・・。
これについては、既に、ICFによって基本的な解決が示されている。ICFが国際「分類」であるのも、まさに、このような複雑な内容を分類するためのものなのである。
それらは、生活機能の3つの要素である「心身機能」「活動」「参加」、そして、これらと相互作用する背景因子としての「環境因子」と「個人因子」である。それに、障害の前提となる何らかの「健康状態」を加えることで、職業的視点からみた障害についての様々な視点は、全てこの6つの要素に分類できるものである。なお、現在検討中の要素である「主観的次元」についての考察もこの節で行うこととする。
1 「生活機能(Functioning)」
個々の要素について検討する前に、「障害」と「生活機能(Functioning)」)の関係について簡単にまとめる。
通常使われる意味での「障害」という言葉には、価値観が色濃く反映されているため、その普遍的かつ客観的な定義はそれほど簡単なことではない。障害認定の範囲は各国・地域の政策や規範などに依存するもので、普遍性はない。それでは、職業上での問題とは、何を基準にすればよいだろうか。
ICFでは、人間が生きていくことに関する「生活機能」の平均からの統計的なある程度以上の変位を「障害」と定義している。「生活機能」とは人間が生きていくことに関係する全てを網羅する新しい概念である。職リハの世界では慣習的に「生活と職業」といった対立概念があり、日本語訳の「生活機能」では職業機能が除かれる印象があるが、ここでいう「生活機能」には職業場面でのことももちろん全て含んでいる。このようなICFの「障害」の概念の整理は、障害をもはやマイノリティの問題ではなく、誰にでもあてはまる普遍的な問題として位置付けている。ただし、「障害」を失業問題、性差別、人種差別などと混同しないために、第2節で述べるように「健康状態」との関連を条件としている。
このように幅広く「障害」の範囲を捉えることは、社会通念と矛盾するという問題がある。「障害」が未だ否定的なラベリングであるわが国では、難病の人たち、また、学習障害がある人たちなど、職業生活上明らかに問題があり、支援が必要であるにもかかわらず、自分を「障害者」とは見られたくないという場合がある(障害者職業総合センター,1997; 1998b)。「障害」がある種の価値観を色濃く反映したラベリングであることは事実であり、この障害の定義が「障害者」としてのラベリングとして使われるべきでないことや、万国に共通する障害政策の対象範囲を決めるものでもないことはあらためて強調する必要があろう(詳細はICF付録5を参照)。これは、あくまでも、問題をありのままに理解するための定義である。
政策的な定義については、現実の問題把握を踏まえて別に検討する必要があろう。米国など、機会均等が保障される範囲として「障害」を定義する国では一般にその範囲は広く、年金等の社会保障の適用範囲として「障害」を定義する国ではより限定的である(障害者職業総合センター,2001b)。また、米国で「アルコールや薬物依存」等の反社会的と考えられているものは「障害」に含めていないなど、政策的な「障害」の範囲は変化しうるのである。
2 健康状態(Health Condition)
その人の医学的な状態は、基本的に、「健康状態」として考えられる。典型的には国際疾病分類(ICD-10; WHO, 1994)で分類され、コーディングできるような内容である。例えば、その人の属性としての障害種類・等級、知的障害や精神障害、様々な発達障害、難病、妊娠などの状態は、「健康状態」に位置付けられる。
障害種類・等級は、「機能障害」と考えられることも多いが、実際は、機能障害の状態や活動制限などを多面的に評価した結果得られる一種の診断であり、多くがICD-10にも分類されていることから「健康状態」としての位置付けも可能である。
従来、本来は医学的な診断名であるものを、あえて「機能障害」や「活動制限」として位置づけようとして概念上の混乱がみられる(例えば、「精神遅滞」(健康状態)と「知的障害」(機能障害)、「特異的発達障害」(健康状態)と「学習障害」(活動制限)など。なお、これらは一対一の関係ではなく、例えば、「知的障害」(機能障害)は「ダウン症候群」(健康状態)によっても起こる。)。しかし、これは、本来、排他的などちらか一方の名前で呼ばなければいけないというものではなく、医学的診断に基づくものは「健康状態」に位置づけ、それによる障害は別の問題として扱うことが必要である。
3 機能障害(Impairment)
「機能障害」とは、生理学的、心理学的な側面である「心身機能」、及び、解剖学的な側面である「身体構造」の何らかの異常や変調、機能低下などの否定的な状態を示すものである。
また、次の例のように、現在の障害認定にかかる機能障害の種類が十分でないことなど、障害認定上の問題もある。
l 知的障害、精神障害、学習障害、自閉症、高次脳機能障害などには、個別的な精神機能(=注意、記憶等)において共通する機能障害も多いが、このような精神機能の機能障害の認定項目はない。例えば、知的障害ならば「知的機能」、「全般的心理社会的機能」、「その他個別的精神機能」の機能障害があるだろうが、これらの違いは考慮されていない。
l また、「高次脳機能障害」という障害の特殊さも指摘しておきたい。その原因は脳外傷、脳卒中、モヤモヤ病等、様々であって、ICD-10では「高次脳機能障害」に相当する分類がないなど、明らかに「健康状態」として位置付けし難い障害名である。これは、純粋に「機能障害」によって分類されており、多様な疾患や傷害による精神的な「機能障害」として、ICFで言えば、注意機能、記憶機能、高次認知機能(「遂行」機能)、言語に関する精神機能(失語)、複雑な運動を順序立てて行う精神機能(失行)などを分類しているものである。しかし、このような「機能障害」は現行では障害認定されていない。
l 「機能障害」があっても、現行の制度で障害認定されない場合は、他にも多くある。肝臓機能障害、すい臓機能障害、皮膚機能障害、自律神経機能障害、等、職業生活に大きな影響を及ぼしうる機能障害で、障害認定されていないものは少なくないのである。また、職業生活にはあまり影響しないと思われるような、嗅覚や味覚の機能障害、気質や性格の機能障害も、職種によっては大きな影響があることもある。
4 活動制限(Activity limitation)
「活動制限」とは、個人が活動を行う時に生じる難しさのことである。「活動」とは、課題や行為の個人による遂行のことである。ICFの「活動」分類は、幅広く、かつ詳細に人間の全ての活動と参加の項目を分類しており、「学習と知識の応用」、「単一課題の遂行」、「複数課題の遂行」、「日課の遂行」、「ストレス等への対処」、「コミュニケーション」、「姿勢の変換や保持」、「物の運搬・移動・操作」、「歩行と移動」、「交通機関や手段を利用しての移動」、「セルフケア」、「家庭生活」、「対人関係」などの領域をカバーしている。
職業上の実際の課題の多くは、この「活動制限」として位置付けることができるだろう。なぜなら、職務遂行や毎日の職業生活の維持のためには、これらの必要な課題や行為ができるか、できないかが決定的に重要だからである。実際の職業生活上の問題発生や生産性の低下といった問題は、全て「活動制限」に位置付けられる。
この「活動制限」は、実際の職業上の問題に直結しており、さらに、ICIDHから20年を経て、細かい概念整理が行われている領域でもあるので、以下に、特に、「職業的視点からの障害」の認識に実際上の影響を及ぼす重要な点について、整理しておく。
(1)原因によらない問題把握
「活動制限」についても、他の「機能障害」と同じく、原因によらずに把握されるべきものである。
我々の調査(資料シリーズNo.27 第3章)でも明らかにしていることであるが、聴覚障害のある人は、「コミュニケーション」障害ばかりが注目されるが、実は、「学習と知識の応用」、「単一課題の遂行」、「複数課題の遂行」、「日課の遂行」、「ストレス等への対処」、「対人関係」などの活動制限が起こりうる(作業指示が口頭だけでなされる場合などのことを考えるとよい。)。視覚障害のある人にも、「学習と知識の応用」、「ストレス等への対処」、「物の運搬・移動・操作」、「歩行と移動」、「交通機関や手段を利用しての移動」、「セルフケア」、「対人関係」など多様な活動制限がありうる。
「学習障害」の問題の捉え方の発展は、「活動制限」を中心として他の要素との関連性が必要となることのよい例である。この概念は、もともと、知的障害以外で何らかの精神的な要因により、主に学校教育の場での「学習」の活動制限がある人、という意味のものである。しかし、その具体的な内容を検討していくにつれ、原因としての「健康状態」として、「注意欠陥多動性障害(ADHD)」、「自閉症」、「学習能力の特異的発達障害」などが含まれることが明らかとなったり、定義上、視覚障害、聴覚障害、知的障害等によるものを除く必要が生じたりという「機能障害」上の関係性を明確にする必要が生じている(障害者職業総合センター、2004)。
(2)機能障害と活動制限の区別
心身機能はあくまでも、生理・心理的機能(例:視覚)を意味し、活動内容(例:見ること、読むことなど)とは区別することが重要である。仕事の要件を決める場合など、直接、心身機能に関する要件を指定することは極力避け、仕事のやり方は問わないという前提で職務上行う必要がある活動を指定するようにすれば、障害のある人の問題の捉え方が実際に大きく変わりうる。
(3)活動制限の2つの側面:「能力」と「実行状況」
前項で、支援機器を使うことによって「活動制限」がなくなった例を示したが、これについて重要な論点がある。それは、「活動制限」には、支援機器などの導入によって変わらない「能力」と、このように実際の状況を問題にする「実行状況」という区別すべき2側面があるということである。
また、「能力」と「実行状況」の区別があいまいであると、思いがけず能力判定を行う機関が、就労支援の障壁そのものになる危険性があることも指摘しておきたい。障害者雇用の経験が豊富で多様な促進因子があるため、多少の機能障害があっても、「実行状況」としての「活動制限」は起こりにくいという職場が最近増えてきている。しかし、評価機関がかなり昔の事業所の環境水準を前提に「能力」評価を行うと、仕事上の活動制限は現実よりも多くの活動制限があるものと予想されてしまい、就職は無理という誤った判定を下してしまう可能性があるのである。
実は、この「能力」と「実行状況」の区別には、標準環境の定義という、より大きな問題が背後にあるため、詳細については、第2章でさらに整理することとする。
(4)職種や働き方の多様性の影響
職業場面においては、職種や働き方によって、問題が起こったり起こらなかったりする。例えば、車いすを使っている人が、一般勤務をしようとした時には通勤の問題があったが、在宅勤務だと通勤の問題がなくなった。全盲の人で多くの仕事ができなかったが、電話オペレーターでは問題なく仕事ができた、というようなことである。これを、どう考えるか。
ICFでは、「障害」を個人の属性としてではなく、ありのままの問題把握を行うだけなので、職種や働き方が変われば活動制限は変わって当然である。その職種、その働き方で、そもそも当該領域の「活動」がなかったり要件レベルが低かったりする場合には、「実行状況」としての「活動制限」は「非該当」として扱う、それだけのことである。
このように、「活動制限」が職種や働き方に影響を受けることは、「職業的視点からみた障害」の大きな特徴であるので、詳細については、第3章でさらに整理することとする。
5 参加制約(Participation restriction)
参加制約とは、個人が何らかの生活・人生場面に関わるときに経験する難しさのことである。職業場面でいえば、「見習研修(職業準備)」「仕事の獲得・維持・終了」「報酬を伴う仕事」「無報酬の仕事」などがICFによって分類されている項目である。
我々は、「個人が人生場面に関わる」という「参加」のレベルの特徴を踏まえて、次の3つのレベルの働くことに関する選択や実現可能性の問題を「参加制約」として分類することとした。
l 働くことの選択: 主要な生活領域として、福祉施設の生活や入院生活、あるいは無職の在宅生活でなく、例えば雇用されて働くことを選択しそれを実現できるか?
l 働き方の選択: 通常の勤務だけでなく、在宅勤務や短時間勤務、特例子会社での勤務、職住近接などの多様な働き方を選択しそれを実現できるか?
l 職種の選択: 多様な職種の中から、自分の興味や強みなどに基づいて、就きたい職種を選択しそれを実現できるか?
障害者雇用率、職域制限や欠格条項、就職差別といった問題は、この構成要素に分類される。また、職業準備の場面、求人への応募の場面、面接の場面、入職時の場面、研修の場面、仕事継続の場面、昇進の場面、休職や職場復帰の場面、退職の場面、等々の大きな場面は、この「参加」として捉えるべきものである。さらに、我々は、この「参加制約」の特徴として、ある人の人生にとっての意義によって具体的な領域はかなり相対的になることや、実際上の問題だけでなく可能性を含めたものも問題にする必要があると考えている。
(1)「活動」と「参加」の相対性
ICFにおける「活動」と「参加」の区別はかなり相対的なものである。実際、分類リストは「活動と参加」という共通のものになっている。
これに伴って、我々は、「参加」を複数の「活動」内容からなる階層的な構造として理解するという整理の仕方を提案したい。このような整理の仕方によって、各職種や働き方(=「参加」)別に、要件(=「活動」)が違うという事実が整理できるからである。なお、この整理の仕方の妥当性については、第3章の職種や働き方による「職業的視点からみた障害」の個別性の検討や、第V部における情報ツールの開発におけるモデルの実用性の観点を踏まえて検討することとしたい。
あくまで個別にみるしか意味のない「活動」とは違って、「参加」には、「選択」という観点から、集団全体として問題をみて、確率として問題が起こるかどうかを論じることに意味がないわけではない。例えば、多くの現実の職種を調べると、職務遂行上、視力が必須という職種がほとんどなのに対して、聴力が必須という職種は比較的少ない。したがって、視力が全く障害された場合と、聴力が全く障害された場合では、職域制限は、視力の障害の方が大きくなる。また、多くの内部障害では全般的体力低下が活動制限の大きな要因であることから、今後、肉体労働が減少しデスクワークが増加すると、多くの内部障害者の職域は拡大するだろう。
このようにして、職業選択における制約の程度を推定できる可能性がある。オランダでは実際、1992年から地域別の職業分布や職業別の所得のデータベースを、9,800職種の職務分析データベースと組み合わせて、障害手当の金額の決定に用いている(Function Information System; FIS: オランダ中央社会保障協会, 1997)。このシステムは重度障害者の一般雇用の可能性を示すものではなく、重度障害者に保護雇用や年金生活を提供するための判定を行うことに主眼が置かれている。推計であるが、障害があっても何の代償対策もなく働ける仕事が現存する仕事全体の5%以下である障害としては、重度知的障害者、視覚障害者1、2級、両上肢の全廃あるいは著しい機能障害、脳性麻痺1、2級などがあり、経験上の職業的重度障害の範囲に相当しているとの研究もある(春名、1997)。
ただし、このように、何の代償対策もなく働ける仕事によって参加制約の程度を推計するという前提は、かなり非現実的であり、倫理的にも問題がある。こうした点も含め、代償対策や支援が最大限提供されることを前提として、多様な職種に就労可能性がある場合についての現実的な検討は第3章で行うこととする。
(3)様々な職業的場面における「参加制約」
職業的な問題は、「親も周囲も仕事は無理と考えていて求職活動の仕方がわからない。」などの求職活動の場面、「職に応募しても履歴書に病名を書くと落とされる。」「面接や採用試験で会場に車いすでアクセスできない/手話通訳が利用できない。」といった求職場面など、実際に職に就いてからの職場継続上の問題や昇進や処遇の問題など、場面によって大きく異なり、それぞれの場面における課題を別々に検討することが必要である。米国の例では、職に就いてから継続的に手話通訳を配置することは無理と考えられるとしても、面接時に一時的に手話通訳を配置することが求められている。
ただし、「活動」と「参加」は相対的であり、入れ子的な構造をもっている。大きく「雇用と職業」の参加としてくくってしまえば、これらもまたそれを構成する部分としての「活動」として位置づけることも可能である。
6 環境因子(Environmental factor)
障害のある人の就労に関係して、様々な環境面の変更の必要が生じたり、それに伴って、環境整備に関する負担や実行可能性などの課題が生じたりする。これらの課題は、「環境因子」と関連して分類できる。環境因子とは、人々が生活し、人生を送っている物的な環境や社会的環境、人々の社会的態度による環境を構成する因子のことである。これには、障害のある人にとって有利な「促進因子」と、不利な「阻害因子(障壁)」の2側面がある。これには、具体的には「生産品と用具」「自然環境と人間がもたらした環境変化」「支援と関係」「態度」「サービス・制度・政策」という領域がある。
「環境因子」について、障害者当事者団体などの障害の考え方では「社会の障壁=障害」という言い方がされることもあるが、ICFでは、障害に影響する「背景因子」の一つであって、障害そのものを構成するものではないとされている。「環境因子」は、障害を社会的課題として捉える際に重要となるものであり、その具体例については、第2章で詳細に検討することとする。
7 個人因子(Personal factor)
「個人因子」とは、個人の人生や生活の特別な背景であり、健康状態や健康状況以外のその人の特徴からなる。これは、障害ではないが、しばしば、障害と混乱されてしまう。例えば、職業について考えたこともない、遅刻せずに出勤する習慣がない、仕事についての考え方が甘い、というような本人の職業上の問題を、「2次的障害」や「障害特性」として捉えることも多い。しかし、障害によって、このような特性が生じるというのは偏見に近いものがある。むしろ、これらは基本的に障害そのものではない「個人因子」として扱い、それが障害と相互作用するという観点が必要であると考える。
また、逆に、「障害のある人の人生経験は貴重だ。」というようなプラスの評価もありうるが、これも障害とは関係のない「個人因子」に位置付けられるべきものである。さらに、車いすの人が在宅勤務を前提として、例えばウェブデザイナーとしての職業能力を検討した場合に、必要な知識や技能がないという問題についても、障害とは関係のない個人因子についての問題である。
8 主観的次元(Subjective dimension)
最後に、ICFの開発中から現在も検討が継続されている「主観的次元」の障害についても触れることとする。これに関しては、現在のICFの概念枠組には含まれていない別の次元であるという考えの他に、「参加」や「個人因子」の内容として含まれるべきもの、といったような様々な議論がある(Ueda & Okawa, 2003)。これについて、一部関連する事項について整理しておく。
職業(働くこと)は、自己の意思と責任に基づいて生活の維持を可能とし、主体的な社会参加の最も望ましい形態であり、全ての人の生活の課題である。これが制約されることは、深刻な主観的な問題を引き起こす。就労にはほとんど問題がないと考えられるような車椅子使用者であっても、受傷直後には人生を悲観して職業について考えられなくなることがある。受傷により自己イメージの低下につながり、さらに、社会的支援の可能性に無知であるなどして、本人が職業的目標を見失うことは多い。例えば、外傷性脳損傷なども含め、受傷直後の時期に接することが多い医療や福祉の専門職が、本人の自己イメージの回復や職業を含めた目標の再設定を手助けする役割は大きい。これは「個人因子」によっても左右される、主観的な問題の重要性を示すものであろう。
また、障害によって自分の能力を確認できる経験機会の制約などが生じやすくなったり、家族や職場や地域社会の人たちの態度によっては自己を否定的に捉えがちになったりすることにより、職業準備性の低下につながることがある。これは「個人因子」の関与として理解することも可能であろうが、その主観的な性質からは、主観的障害の一つの形態として理解できるかもしれない。
また、主観的障害を満足度と関連づけることも可能であろう。我々は、企業で働いている障害のある人の職業生活の満足度の調査を行い、職場での障害状況が重く企業側からの配慮が大きい場合に満足度が高くなっており、それは、配慮による客観的な問題解決とは関係がないことを明らかにした(資料シリーズNo.27第6章)。つまり、満足度という観点から主観的障害を捉えると、客観的な障害状況とは独立した何かであることは確かであるが、この効果は、あくまでも事業主による客観的問題への取り組みの結果として捉えるべきものであり、単に満足度を上げるために本来、求められるべき効果の有無等にかかわらずそうした「支援」を行うことは本末転倒と考えられる。これについては、第4章で再び触れることとする。
また、近年、カウンセリングや心理療法においても、「障害受容」について、近年障害のある人の「自己受容」の考え方が行き過ぎていることへの批判とともに、社会側が障害のある人を受け入れるという「社会受容」こそが障害受容の本質であるとの議論がある(南雲、2004)。これは、「参加」制約の問題が主観的レベルの問題と関連づけられすぎると、客観的な「参加制約」への対応を鈍らせるという危険性を示唆するものといえるであろう。これは、障害のある人に就労機会が極めて限られているという前提で、主観的な満足の源泉である仕事の機会を提供するという福祉工場や授産施設や小規模作業所などの意義の議論(松為, 2001)にも関係すると思われる。
主観的障害については、職業場面においても重要な意義があるが、同時に客観的な課題を隠蔽するような誤った認識をされる危険性もある。今後、主観的障害についての国際的議論を踏まえて、より検討を深める必要があろう。
第2節 障害/生活機能の要素間の関係性
上記で、職業上の多様な問題を、ICFの各構成要素に分類して説明したが、これらの問題の相互関係を明らかにしていくことが重要である。ICFの概念枠組自体は、多様な相互作用がありうる、ということを示しているだけであって、相互作用については、今後の実証的な研究の対象であると位置づけている。
そこで、我々は、まず、これらの構成要素間の関係には、どのようなものが既に明らかになっているのか、どのようなことを明らかにする必要があるかを検討した。その結果、「健康状態」から「機能障害」や「活動制限」への関係性は、疾患と障害の関係として、既に多くの信頼できるデータがある一方で、その他の関係性については個別の分析事例が積み重ねられている段階であることが明らかとなった。このような関係性については、ここではその概要について検討し、より具体的な関係性については、第V部第7章において、多様な関連情報をICFの概念枠組でデータベース化する際に述べることとする。
1 疾患(Disease)と障害(Disability)の関係
疾患から障害が生じるなどの関係性は明らかではあるが、従来は疾患の「症状」等の付随的な位置づけであり、障害自体を問題とするという観点は、比較的新しいものである。このような観点から、これまでの医学等の分野で蓄積された情報について、新たな利用価値が生じる。
医学や医療の観点から整理された情報には、既に、疾患と障害の関係についての多くの情報がある。しかし、医学や医療の観点は、リハビリテーションの観点とは大きく異なっていることに注意が必要である(上田・大川, 1998)。つまり、これらの情報では、「障害」はあくまでも「症状」や「診断基準」として位置づけられ、その根本にある「健康状態」を診断したり認定したりする手がかりなのである。なぜなら、医学的視点からは、個人の全体像を一つの診断名として確定することによって、病因、症状、病理を明らかにし、予防、早期発見、治療、再発防止、後遺症管理などの対策をとることが重要だからである。一方、リハビリテーションの観点では、機能障害、活動制限、参加制約は、症状や診断基準ではなく、それ自体が支援の対象である。例えば、難病には多様な疾患種類があり、それぞれの疾患は特徴のある障害のパターンを有しており、個々の障害についてみると障害内容には共通するものがみられる。医療の観点からはこれらの障害状況は単なる診断基準であり、症状に共通点があっても、診断や治療法にはあまり意味はない。しかし、リハビリテーションの観点では、これらの障害の共通点は重要な意味をもつ。例えば、ベーチェット病と網膜色素変性症は全く異なる疾患だが、それによって生じる視力障害の結果は同じである。したがって、それによる活動制限にはある程度の関連性がみられ、必要な支援についても一部は共通しうるのである。
2 障害/生活機能の構成要素間の関係性
l @「健康状態」から「機能障害(身体構造変化を含む)」が生じる(その間に背景因子による修飾がある。)。; ベーチェット病により視覚障害や肢体不自由が生じる、精神遅滞により知的障害が生じる、など。
l @’「身体構造」変化から「機能障害」が生じる。; 前頭葉の損傷により高次認知機能障害が生じる、など。
l A「健康状態」から「活動制限」が生じる(その間に背景因子による修飾がある。)。; 病気によって医師から「ストレス」を避けるように言われること、など。
l B「健康状態」から直接に「参加制約」が生じる(その間に背景因子による修飾がある。)。: 履歴書に病名を記載したところ、仕事をする能力には問題がないにも関わらず雇用されない、など。
l C「機能障害(身体構造変化を含む)」から「活動制限」が生じる(その間に背景因子による修飾がある。)。: 視覚障害により、学習、移動、人間関係等に問題が生じる、など。
l D「機能障害(身体構造変化を含む)」又は「活動制限」によって「参加制約」が生じる。: 仕事に必要な要件を満たせないため、就職ができない、など。
第3節 障害と障害でないもの
本章では、わが国の現行の「障害」の考え方に拘らず、ICFの観点から「職業上の問題」に関連するものを中心として課題を整理してきた。しかし、ただ単に失業している人を、「職業的視点からみた障害」がある人とは言えないであろう。「職業的視点からみた障害」を、現実の職業的課題として把握するためには、その一方で、失業や差別や怠けなどによる一般的な職業的困難性や問題を、障害と区別する基準が必要である。
ICFの観点でも、実は「職業上の問題」それ自体を「障害」とするものではない。この違いは、その職業的な課題が、ICFのいう「健康状態」に関連しているかどうかによる。このような基準によってはじめて、障害ではない職業上の問題と、現行では「障害」と考えられていないにもかかわらず真の「職業的視点からみた障害」であるものを区別できるのである。
1 障害ではない職業的困難性
障害はあくまでも、健常者を基準にした否定的側面であって、一般的に、健常者レベル以上の健康状態に関連した職務要件を個人の活動能力や心身機能が満たせない場合などは、生活機能の一般的なミスマッチとして位置付け、障害とは見なされない。その他、健康状態に関連しない職務要件に関連する個人の特性は障害や生活機能ではなく、「個人因子」として扱う。
例えば、単に職業技能の未熟や性、年齢、人種等の差別などによる制限や制約については「障害」にはあたらないものであり、あくまでも健康問題に関連していることが「障害」と呼ぶ条件となる。
ICFでは、障害と障害でないものの区別を、「健康状態」との関連性の有無によるとしている。これは、米国の障害のあるアメリカ人法(ADA)による障害の範囲が、「医学的診断」と職業的な課題との関連性によるとしているのと同じである。これにより、常識的にいって、障害とは認められない職業的困難を有する人について、「障害」認定することを避けることができる。
しかし、一方で、これを「健康状態」との関係の範囲とするほうがよいか、それとも、「機能障害」との関係の範囲にするかは議論があるところであろう。わが国では、「身体又は精神に障害があるため・・・」と「機能障害」との関連を求めているのである。しかし、現実には、「機能障害」はないが、「健康状態」に関連して、職業上の問題である「活動制限」や「参加制約」が起こりうる例が今後も増加することが見込まれるため、やはり、「健康状態」との関連の範囲とすることが必要であろう。
(1)機能障害を伴わない障害の存在
近年、障害を問題にする必要が生じている疾患には、HIV感染症、精神障害、難病などがあげられる。このような「疾患」でもある「障害」は、従来、疾患が治癒した後の後遺症管理としてのリハビリテーションを中心とするわが国の障害者対策においては、例外的なものであった。しかし、今後は、このような疾患による職業的問題を、「職業的視点からみた障害」の対象として明確に位置づける必要があり、それに伴って、機能障害を前提としない障害の捉え方が不可欠となっている。
例えば、HIV感染症は、早期発見して治療を開始すれば、免疫機能の障害はほとんどないレベルにコントロールが可能であり、早期発見早期治療に成功した場合、現行の障害認定基準に該当しなくなってしまう可能性がある。しかし、機能障害はなくても、毎日仕事中にも服薬を欠かすことができなかったり、ストレスや過労を避ける必要があったりなどの「活動制限」があり、また、病名を履歴書に書くと採用が断られるという差別による「参加制約」といった問題は起こりうる(春名, 1999)。これは、精神障害でも同様な状況は起こりうるし、糖尿病などの慢性疾患でもありうることである。
(2)障害の原因の全般的変化
難病のある人が公共職業安定所に行くと、「病気が治ってから来てください。」といわれたということもあったらしい(障害者職業総合センター, 1998b)。しかし、難病は一般に完治すること難しく、生涯にわたり長期に治療を続ける必要がある病気である。その一方で、治療さえ続けていれば問題なく仕事ができる場合も増えていることも事実である。慢性疾患の特徴を踏まえると、職業的視点からみた障害の範囲としては、治療中であるかどうかにかかわらず、職業生活上の課題を把握していくことが重要であろう。
(3)障害の持続する期間
わが国では、「障害」とは不可逆で生涯にわたり継続するものとする考えが強い。障害年金受給資格の基準などでは、このような条件は重要であろう。諸外国においても、一定期間は継続するものだけを「障害」としている例は多い。しかし、このような限定事項も、支援内容や支援提供の可能性に依存する相対的なものである。
例えば、最近米国では、急性的で一時的な職業上の不自由であっても、必要な期間は支援を行うようになっているとの情報を得ている(第6章で再度触れる。)。例えば、鼓膜を損傷して聴力を失った場合、鼓膜が再生するまでの間は補聴器をつけられないため、その間は職業上の大きな制限が生じる。このような一時的なニーズに対しても、タイムリーに支援提供できる迅速なサービスが可能であれば、このような支援を不必要と考える根拠はない。
結局、「職業的視点からみた障害」の範囲は、医学的な診断があれば、ことさらに急性疾患の後遺症と慢性疾患に限る必要もなく、また、治療中であるかどうかにかかわらず、職業生活上の課題を把握すればよいということになる。
まとめ
本章では、従来の「障害」の考え方にとらわれず、ICFの概念枠組みにそって、職業上の実際の問題を網羅できるような整理を行った。ただし、これだけの整理では、具体的な支援につながる包括的なモデルにはつながらない。それについては、続く第2章と第3章の課題である。
なお、現行の「障害」の考え方との関連については、全ての問題を整理した後に行うこととしたい。
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