どう伝える? 喫煙の害、禁煙・防煙の益
佐々木温子(東京衛生病院内科医師)
(「よぼう医学」第334(2000年7月)号に掲載)
寿命を縮め、QOLを下げる喫煙習慣

 「タバコはからだによくない」ということは、吸っている人でもたいていは知っていることです。でも、「どんな害があるのでしょう?」と聞いてみると、「肺がん」という答えは出てきても次がなかなか出てきません。「胃がん?」「肝臓がん?」……、でもさほど悩む必要はないのです。関連性に差はあるものの、喫煙はほぼすべてのがんに関係があると言ってよいからです。

  タバコの煙の中には4000種類の化合物が含まれ、その中には遺伝子を傷つけてがんを作る「イニシエーター」、できたがんを成長させる「プロモーター」の両方が含まれています。わかっているだけでも、発がん物質は約40種類、発がん促進物質は約200種類にのぼります。

ニコチン
血管収縮作用、依存性薬物
中枢神経興奮・抑制
タール
発がん作用、ベンツピレンを
はじめ多くの発がん物質
一酸化炭素
酸素の250倍の強さでヘモグロ
ビンに結合→体内が酸素不足に

その他、発がん物質は約40種類、
発がん促進物質は約200種類

  このような物質を習慣的に吸いこんでいるわけですから、喫煙者はがんのみならず、いろいろな病気になりやすく、寿命も短くなります。また、その短い寿命の最後のほうはQOL(生活の質)がかなり下がり、辛いものになってしまう可能性大です。
 

タバコの健康影響−(1)
肺がん  4.5/2.3
喉頭がん  3.2/3.3
食道がん  2.2/1.7
肺気腫  2.2/2.6

(数字は、非喫煙者を1とした
時の喫煙男性/女性の相対
危険度。1966〜82、平山らの
コホート研究)
  ところが、こういった話をしても、どなたもなかなか実感がわかないようです。それどころか、喫煙による健康影響について話していたのに、いつのまにか他の問題にすりかえられてしまう場合も多々あります。

  たとえば、「タバコを吸っていると肺がんになりますよ」と言えば「肺がんには、大気汚染や排気ガスのほうが問題だ」と言い返されたり、「〇〇さんはタバコを吸っていなかったけど、肺がんになった」「祖父はタバコを吸っていたが、90歳まで生きた」と言われたり……。

  この背景には、喫煙者が感じているうしろめたさがあるようです。心のどこかでは「悪いことをしている」と思っているのですが、それを認めると自己矛盾に陥ってしまうので正当化してしまうというわけです。こうした「すりかえ」にどう対応するか、これがアドバイスをしていく上で大切です。

近年になってわかった、「タバコは依存性薬物」

  私たちがタバコについてきちんと認識し、伝えていかなければならないポイントは次のような点です。

  第1に、「タバコは嗜好品ではなく、依存性をもった薬物だ」ということです。1987年のアメリカ精神医学会では、「ニコチン依存症」という言葉がはっきり打ち出されています。

  血中のニコチンの半減期は約30分で、濃度が下がってくると怒りっぽくなる、いらいらするなどの禁断症状が出てきます。でも、喫煙開始6、7秒後には脳にニコチンが到達して、禁断症状がおさまります。

  第2は、「そんなに悪いものが、なぜ広まったか」ということです。
  実はタバコの害が明らかになってきたのは、ごく最近のことなのです。タバコについてはマヤ文明の頃から記載があるものの、世界に広がったのは、コロンブスによるアメリカ大陸発見後、喫煙習慣が一般的になったのは紙巻きタバコが機械で大量生産され始めた1860年代以降です。

  1930年代になってようやく、健康影響に関する論文が欧米で出始めますが、こうした問題に注目が集まるようになったのは1950年代以降のことです。

  次の点は、喫煙率上昇と喫煙関連疾病の増加の間には10年、20年という時間的なずれがある点です。

  たとえば、「日本人の喫煙率は高いのに、肺がんの死亡率は高くない。日本人と肺がんは関連がないのでは」と言う人がいました。

  けれども、日本では第二次大戦後にタバコの欠乏時代がありました。かつて日本人の肺がん死亡率が高くなかったことは、そうしたことで説明がつくとされています。
 
タバコの健康影響−(2)

動脈硬化促進
→脳梗塞→麻痺・痴呆

ニコチン依存症
(肉体的依存・精神的依存)
  次のポイントは、喫煙に関する論文やデータの質の問題です。一般の人は「医学雑誌に載った」「専門家が発表した」というとそれだけで信頼しがちです。

  でも、喫煙に関する研究はタバコ企業に関係のある研究者によるものや、タバコ企業がスポンサーになっているものが少なくありません。このところ、EBM(証拠に基づいた医療)の重要性が言われていますが、何をもって「証拠」とするか、そのことにも注意を払う必要があります。

タバコは、いつやめても「遅い」ということはない

  では次に、私たちに何ができるのかを考えてみたいと思います。

  まず、禁煙のサポートです。私たちは医療従事者であり、喫煙の害、禁煙の益について話をできるという大きな武器をもっています。家族などが話すよりも、第三者である医療従事者、専門家が情報を提供するほうがよりインパクトがあります。

  実際、「禁煙したい」と思っている人は4人に1人、本数を減らしたいと思っている人も含めると6割と、その数は少なくありません。そういった人にアプローチするには、喫煙の害だけでなく、禁煙のメリットを挙げることも大切でしょう。 
 
タバコの健康影響−(3)
歯槽膿漏などの歯周疾患
  たとえば、「禁煙して10〜15年たつと、全体の死亡率が吸わない人と同じになります」と言うと、「そんなに長くかかるのか。禁煙してもムダだ」と思われがちです。でも、冠動脈疾患の危険率などは禁煙によって急速に下がりますし、近年、日本で増えている肺気腫の場合、いつやめても「遅い」ということはありません。

  肺気腫は肺胞が壊され、酸素を体内に取り込むことができなくなる病気で、進行すると非常に苦しく、生活に支障が出ます。でも、タバコをやめれば、呼吸機能が低下するスピードが遅くなるので、生活の質を維持することができます。

「喫煙は、緩慢な他殺」―受動喫煙もがんやぜんそくの原因に

  私たちにできる第2の点は、喫煙の害が他人にも及ぶこと、つまり受動喫煙の問題を伝えることです。「喫煙は個人の嗜好の問題」とよく言われますが、喫煙の害は周囲や家族も巻き込んでいることを強調する必要があります。

  たとえば、タバコを1本吸うのにかかる10分間程度のうち、喫煙者が主流煙(フィルター側からの煙)を吸い込む時間は、せいぜい30秒ほど。でも、まわりの人は10分間ずっと、主流煙よりも有毒物質を多く含む副流煙を吸わされていることになります。副流煙には、主流煙の2.8倍の量のニコチン、4.7倍の一酸化炭素が含まれていますから、周囲の人や家族への影響は少なくありません。
 

タバコの健康影響−(4)
受動喫煙の害
心筋梗塞
がん
ぜんそくなど
  そして、さまざまな研究から、受動喫煙の危険が指摘されています。たとえば……

・非喫煙者の妻に比べ、1日20本以上吸う男性の妻(非喫煙)の肺がん死亡は約2倍。

・職場の喫煙者が0人の場合と比べ、喫煙者が職場に5人以上いる場合の非喫煙者の冠動脈疾患相対危険度は4以上、1日5時間以上、煙にさらされている場合の危険度は21倍以上。

  また、家庭では、こどもにも大きな影響があることは言うまでもありません。

  さらに、禁煙以上に大切なのが、新たな喫煙者を増やさない「防煙」です。96年のデータでは高校3年男子で25%、女子では7%の喫煙率と、若い人の喫煙率は増加しています。

  タバコ会社は否定していますが、現実には若年層、特に女性をターゲットに、パッケージ作りや広告を通して喫煙者を増やす戦略を展開しています。この点も考えに入れた対策が必要です。

 ●タバコを吸うと太る! しかも「内臓肥満」に!

  喫煙の害というと、呼吸器系の問題ばかりが強調されてきた感があります。しかし、調べてみると、喫煙習慣は他の悪い生活習慣とも深く関係しているようです。
     喫煙習慣と運動・飲酒・嗜好品
  私たち(表下※)健康医学センター健康医学科が、ある企業の20〜30代を対象に調べた結果では、喫煙者(現在の常習喫煙者)のほうが非喫煙者(喫煙未経験者)よりも朝食を食べない率が高く、20代の男性喫煙者では特にファストフードを利用する人、清涼飲料水をよく飲む人が多いという結果が出ました。飲酒率は喫煙・非喫煙両群で差はありませんでしたが、過多飲酒者の頻度は喫煙者のほうが高くなりました。

  また、喫煙者の男性に特徴的だったのは、砂糖入りのコーヒーを飲む人が多く、6割が1日2杯以上飲んでいた点です。ある人は、「タバコを吸うとのどが痛くなるから、甘いものがほしくなる」と言っていましたが、こうしたことも関係あるのかもしれません。
喫:喫煙者
非:非喫煙者
全体(%) 20代(%) 30代(%)
運動習慣 現在あり 1) 28.6 27.3 27.0 26.5 30.8 29.0
過去あり 2) 34.9 39.4 39.2 35.3 28.8 48.4
飲酒習慣 3) 飲酒率 88.3 88.4 85.1 87.7 93.2 89.7
7点以下 53.5 70.9 53.7 73.7 52.3 65.5
15点以上 28.7 5.8 23.3 1.8 34.1 13.8
朝食を食べる 23.1 47.8 17.6 42.9 30.0 58.6


ファストフード 15.2 3.1 15.2 4.6 0 0
菓子 16.8 21.9 15.2 24.6 19.5 16.1
清涼飲料水 30.3 21.9 38.9 22.7 18.0 9.7
コーヒーに砂糖を入れない 28.7 21.9 18.1 12.3 44.0 41.9
コーヒーに砂糖を入れる 45.9 29.2 50.0 30.8 40.0 25.8
紅茶に砂糖を入れない 9.7 9.4 8.3 9.2 12.2 9.6
紅茶に砂糖を入れる 11.5 13.5 15.3 16.9 4.9 6.5

  朝食抜き、ファストフード、大量飲酒、砂糖の過度な摂取、これらが重なりあうことで、生活習慣病の大きな要因である「肥満」がもたらされることは言うまでもありません。
  (調査対象は、20〜30代の男性、常習喫煙者130人、非喫煙者99人。喫煙者の平均喫煙本数は1日約22本。)
1)週1回以上、なんらかの運動をしている。
2)高校〜大学時代に1回30分以上の運動を週3回以上していた。
3)純エタノール換算で25〜30gを1点とした時の1週間の総飲酒量。


※佐々木医師の前職(東京慈恵会医科大学健康医学センター)

  このことは、各国のデータからも明らかになってきていますし、私たちの研究データでも、若年の男性では、喫煙者のほうが非喫煙者よりもBMIが有意に高いという結果が得られました。

禁煙後の肥満は予防できる

  よく、「禁煙すると太る」と言われます。確かに、禁煙すると体内の代謝が変化し、また食行動の面からも味覚や嗅覚の回復、嗜好の変化、口さみしさなどのためについ食べ過ぎてしまい、太る人が多いことは事実です。数多くの報告から、禁煙した人の約八割で禁煙後1〜6年に2〜3kgの体重増加がみられることがわかっています。

  けれども、こうした問題は、「禁煙直後は肉類、アルコールやコーヒーを控えたほうがよい」「空腹や口さみしさには、深呼吸や冷たい水を飲むなどの方法で対処する」といったように、禁煙中やその後の食生活や運動について、きちんと情報提供することで十分避けられるものです。
 
タバコの健康影響−(5)
動脈硬化促進
→狭心症・心筋梗塞

閉塞性血栓性血管炎
→足切断

飲酒過多→肥満
  また、興味深いことに、禁煙によって体重が増加してもウエスト/ヒップ比はかえって減少し、血中脂質値の異常も改善することがわかっています。逆に、禁煙後に喫煙を再開すると、体重は減り始めるものの、ウエスト/ヒップ比は逆に増加するのです。喫煙によって見かけ上はやせたとしても、実際には内臓肥満となり、血圧上昇や耐糖能悪化、脂質異常を招くということです。

  生活習慣病はさまざまな要因がからみあって起こってきます。特に、内臓(上半身)肥満、耐糖能異常、高血圧、高脂血症の組み合わせは、「死の四重奏」と言われていますが、これに喫煙が加わると「死の五重奏」となり、動脈硬化はより進みやすく、心筋梗塞の危険がさらに高まります。

  このように、喫煙は単独で健康に害をもたらすだけでなく、生活習慣病とトータルにかかわっているのです。

 ●タバコによる損失を、非喫煙者が穴埋め

  医療費の高騰が大問題とされる現在、喫煙がもたらす経済的損失も無視できないものだということを最後に強調したいと思います。喫煙による超過医療費は1993年の試算で1兆2000億円とされており、これは国民医療費の5%にも相当します。

  喫煙による経済的損失は、医療費だけでなく火災による損失や清掃費など広範囲にわたります。最新のデータでは、タバコ1箱の価格を660円に上げてようやく、こうした損失や負担すべてとバランスがとれると試算されています。これはつまり、喫煙者がタバコに1本火をつけるたび、非喫煙者が33円を支払って、損失や負担を穴埋めしているということなのです。

  自己責任・自己決定に基づく健康づくりが重要になっている現在、「緩慢なる自殺」であると当時に、「緩慢なる他殺」でもあり、経済的にも大きな負担となる喫煙は大きな問題です。
  タバコの健康影響−(6)
胃がん 1.4/1.2
肝臓がん 3.1/2.2
胃潰瘍・十二指腸潰瘍
1.9/2.5

(数字は、非喫煙者を1とした
時の喫煙男性/女性の相対
危険度。1966〜82、平山らの
コホート研究)
  喫煙の害、そして禁煙や防煙の益については、生活習慣病予防の視点から、そして経済的な側面からもきちんと考え、対策を講じて必要があるのではないでしょうか。


こどもとタバコ