災害医学・抄読会 2004/09/03

阪神大震災下の救急医療:情報と搬送手段の重要性を痛感

太田宗夫ほか、週間医学界新聞 No.2130, p.1-3, 1995


 1995年1月17日午前5時46分に起きた阪神大震災で、震災当日からドクターカーで現地に入り支 援を行った千里救急センターの太田宗夫氏と向仲真蔵氏に当時の活動の様子や救急医療体制について お話を伺った。


【地震発生直後】

 千里救急センターは神戸の中心から40kmほどの場所にある。普段は、センターの周り半径10km〜15km ぐらいの地域(吹田市、豊中市あたり)をカバーしている病院である。震災直後、この地域の患者が かなりの数運び込まれたが、この地域の救急搬送に関しては大きな交通の障害もなく問題なく行われ た。

【まず近隣の状況を確認】

 要請がなかったため、近隣の消防本部に電話をいれて、近隣の状況を確認した。少なくとも今のとこ ろ活動の必要はないとの返事であった。しかし、センターとしては被災地に隣接した救急救命セン ターとして、「直接運ばれてくる患者」と「現地への救援」を二通りのことを考慮していた。そのた め、さらに被害の大きいところへ救護班を送る必要があると判断し、要請のないままドクターカーを 出動させた。

【3つのTを応援】

 芦屋市に出動した。なぜなら、地震発生後12時間以内の医療展開として必要なことは3Tといって、ト リアージ、トランスポーテーション、トリートメントの3つである。きちんとした救急救命センターが ないところを選んだのだ。3日間トリアージを中心に活動した。

【精神面の長期的フォローを】

 3日後、私たちは次のステップへと移った。私たちが「災害弱者」と呼んでいるCWAP (children,women,aged,patient)の人たちを巡回した。これは、1/31まで続けた。また、心的外傷後 ストレス症候群に対して、現地へ人を派遣し今後も月単位で1年以上フォローしようとしている。

【ドクターカーの威力、できる限り早く救急医を】

 これらの経験から、被災地に近い救急救命センターしての「救援」という活動について言えること は、やはり現地にはもっと早く入らないといけないということ。また、トリアージが非常に大切とい う経験から、救急医をできるだけ早く現地に送り込むことが必要である。

【薬剤の不足】

 現地では、地震発生から10時間で薬剤がほぼ底をついた。現在の薬剤の備蓄量は、平均1,2週間分程度 である。外から運べると仮定しても、少なくともこの量の数倍は備蓄しないといけない。


【挫滅症候群が多発】

 今回、挫滅症候群が多発したのだが、現地では挫滅症候群に対する認識がなかった。災害医学につ いても、救急医療の基本的な知識もまだ不足している。

【病院の機能はダウン】

 病院の機能は相当ダウンする。水道が止まったためCTもレントゲンもとれないという状況だった。 このような場合には、トリアージのできる医師が必要となってくる。救急医だけでなく一般病院でも 初期の救命医療をある程度勉強する必要がある。

【患者は外部へ搬送】

 現地の病院では3Tを可能な限り総動員して、入院の必要な患者をできるだけ早く近隣の医療資源の 豊富なところへ送らないといけない。被災地の病院機能を求めるのではなく、とにかく入院を必要と する患者をできるだけ早く外部へ搬送することが必要である。

【要請主義がブレーキに】

 患者の搬送に関するシステムは、ネットワークや協定ができていた地域もあるが、そうでない地 域もあった。そこでは、要請がなければ動けないという要請主義であった。そうではなくて、要請あ るなしにかかわらず、ニーズのあることがはっきりした時点で絶対出動することが必要である。

【コーディネーター役が必要】

 効果的な動きをするためには情報が必要である。今回は、あとどれぐらいの患者が当センターや大阪 府下の救急病院に送られてくるか予想がつかなかった。そのため、広域の医療コーディネーター、小 規模単位での医療コーディネーターがしっかりしていることが絶対に必要である。

【キーステーションとなる病院を】

 理想論かもしれないが大阪付下の一つの病院にすべての患者を通過させ、その病院がキーとなりほか の病院へ転送させていくというようなことが必要であった。メインの情報網を一本にすることが必要 である。

【地域の医師へバトンタッチ】

 時間が経つにつれて、地域の医師に自分たちの町の医療は自分たちでという気運が高まってきた。そ のためセンターは診療を現場の医師に任せ、患者にそのことを伝えるという方向で動いた。

【救助活動は自己完結型で】

 全国からの援助もできれば1つのシステムにのせないといけない。しかし今の現状では、自分たちで現 場としっかりコンタクトを取って行動しないければならない。また、救援に行く場合救援医療者自身 が自己完結型で行くことが重要である。食料、寝る場所などを自分で準備しなくてはいけない。


【最後に】

 重要なのは、きちんとした情報ネットワーク、情報のラインをきちんと確保すること、患者さんを輸 送する手段を確保することである。


現場除染の方法と課題

(漢那朝雄ほか:救急医学 26:224-228, 2002)


【概念】

 現場除染とは化学物質災害(事故)発生時の対応において、被害の最小化という観点から非常に重 要な意味を持つ。人体が化学物質に暴露された場合、急性中毒のかたちで症状が現れてくる。この吸 収経路として、経口、経気道、経皮(経粘膜)の3つがある。化学災害では、特に経気道的あるいは 経皮的吸収が問題となる。これを減じる手段として除染を行う。除染は、主にエアロゾル(固体が粒 子状になったもの、あるいは液体が液滴となったもの)の除去が目的であり、一般的には気体は除染 の対象とはならない。除染の方法は物理的除染と化学的除染に大別される。

【方法】

 除染シャワーシステムは軽量二重膜構造の空気膨張式テントであり、前室、シャワーエリア、着 衣・搬出エリアの3つに大きく分けられる。

 前室:最初に明らかな汚染物質があれば取り除く。次にハサミを用いて注意深く、迅速に脱衣させ、 私物も外す。脱衣の際、汚染が広がらないように切断した服の表地の部分を丸め込むような要領で体 表から剥ぎ取る。除去した衣服、私物は所有者が分かるようにビニール袋に入れて口を堅く閉める。 被害者が眼鏡(コンタクトレンズ)をしている場合は眼を汚染しないように注意して外す。

 シャワーエリア:スポンジまたはタオルと温水シャワー4基を用いて除染を行う。顔以外に外傷があれ ば、その部位から除染する。シャワーによる除染は顔と手から十分に洗う。水洗による除染後、明ら かな汚染の兆候がない事を確認する。除染作業者自身も手袋、体幹を十分シャワーによる除染を行 う。

 着衣・搬出エリア:除染終了後、水分を拭き取った後、毛布をかけ、保温に努める。頸椎保護にも配 慮しつつ、被害者を別の担架へ移動させ、二次トリア?ジエリアへ搬出する。

【結果と考察】

1)除染シャワーシステムについて

 課題としてはテント自体を膨張させるのに必要な時間は2分弱であるが、内部構造を構築するに は、多くの時間を要する事が挙げられる。また、シャワーに用いる水源供給(水道管接続)の問題が あり、もともと医療機関除染用の本システムを現場除染に用いるには、改良の余地があると考えられ る。

2.個人防護装備について

 実際にLevel Cの防護衣にてデモンストレーションを行ったところ、作業中に体格のよい除染施行者 の臀部に破損が認められた。また、明らかな破損は認めなかったものの、除染後の施行者自身の除染 の際にシャワーの雫が流入するのを感じた者も多かった。したがって、正しい装着の訓練や途中で装 着状況の点検など、除染施行者への二次災害防止策の必要性が必要である。また今回のデモンスト レーションでは資器材調達の関係上、Level C の防護衣を用いたが、汚染の程度や原因物質によって 適切な選択すべきである。過剰な装備も危険であることを留意すべきである。

3.除染作業手順について

 原則的には、まず重症度の高い担架搬送者の除染後に歩行可能者の除染をすべきである。しかし、 現実的には歩行可能者から除染エリアに到着することが予想され、除染順序や人員の配置についても まだまだ考慮の余地がある。また、適切なシャワー除染時間についても明確な指針が定められておら ず、これからの課題である。


救急隊によるトリアージについて

(有賀 徹・編:平成13年度 厚生科学研究費補助 金総括研究報告書, 2001, p.101-104)


■救急業務の現状

 平成13年現在における救急業務の実施体制は、全国民の99.9%がカバーされるに至っている。全国 の救急隊員は56,557人で、そのうち9,909人が救急救命士の有資格者である。救急隊は随時増強が図ら れているが,近年6%台の増加率で伸びている救急出場件数に追いついていないのが実情である。特 に大規模災害時においては、消防広域応援体制等で対応することとなるが、発災当初には十分な消防 力を確保することは困難である。

■集団救急事故に対する対応

 救急隊員は通常時から搬送先医療機関を選定するため、傷病者の受傷機転、バイタルサイン等の観 察結果により重症度、緊急度を判断している。また、救急隊の搬送可能な人数は限られており、自己 隊での対応の可否、応援隊の要否、搬送・処置の優先度等を判断している。ある意味で平素の活動か ら日常的にトリアージを実施していると考える。

 集団救急事故発生によって応急救護所が設置されるが、そのなかでは受付分類班、応急処置班、救 急車運用班等に分かれる。受付分類班の主な任務がトリアージである。また、現場に医療救護班等の 医師が早期に派遣される体制を確保するとともに、医師が現場に到着した後は連携の下、医師による トリアージをサポートすることが必要である。

■救急救命士、救急隊員のトリアージに関する教育

 救急隊員標準テキストでは、トリアージによる分類と優先順位について以下のように定義してい る。
  最優先治療群(赤)…意識障害、ショック、呼吸障害などにより緊急に治療が必要
  待機的治療群(黄)…バイタルサインは安定しているが待機的な治療が必要
  保留群(緑)…………専門的治療を必要とせず、自分自身や仲間同士での処置が可能
  死亡群(黒)…………既に死亡しているか、死線期にある

 また具体的なトリアージの方法については、生理的トリアージとしてTRTS法(意識、呼吸数、収縮 期血圧の評価)や簡便法(歩行の可否、呼吸状態、毛細血管時間の評価)がある。高度な医学的知識 は要求されず、しかも短時間に判定できる。救急救命士標準テキストでは呼吸、循環(爪床再充血時 間)、意識状態で選別するSTART法を記載している。

■救急隊員によるトリアージの必要性

 消防機関は災害の覚知、迅速な出場体制が確保されているため、救急隊は災害現場に最先着し、迅 速に災害概要、規模、傷病者数を把握し必要な応援要請を行うこととなる。現場からの応援要請、災 害規模等に基づき、必要に応じ緊急消防応援隊を含む広域的な消防応援がなされるが、初期には災害 規模に比して消防力が劣性であることが想定される。その際には、限られた救急隊の効果的、効率的 な運用が必要であり、そのためには、搬送のための優先順位を判断することが求められる。また当 然、医師が早期に現場に到着でき、効果的な連携が図れる体制を講じておく必要がある。

今後の課題

 救急隊員である以上、集団救急事故に遭遇する可能性は常態として存在し、全ての救急隊員がトリ アージできることが求められる。更に、救急救命士のトリアージ教育もより一層の向上を図る必要が ある。現在、全ての救急隊に常時1名の救急救命士が搭乗できるよう、養成を促進している。

 現在、プレホスピタルにおける救急救命士を含む救急隊員の行う応急処置等の質を医学的観点から 保証するため、以下の3点を中心にメディカルコントロール体制の構築を推進している。

 1 救急隊が迅速に医師の指示、指導、助言を得られる体制
 2 救急活動の医学的観点からの事後検証体制
 3 救急救命士の資格取得後の再教育体制

 この体制下で、消防機関と医療機関との連携強化が図られ、救急隊の能力向上が期待されている。 また各地のメディカルコントロール協議会で、救急隊、医療機関の配置状況及び想定される災害の種 類、規模等の地域性に応じたトリアージの判断基準等を策定していくことが可能となり、集団救急事 故発生時において効果的なトリアージが実施されることが期待される。

 そのほかには、救急隊がトリアージで黒タッグを選択することの可否及び条件整備など、今後引き 続き検討を深める必要がある。


第2章 事前に準備する事項

(明石市民夏まつり事故調査委員会:第32回明石市民夏まつりにおける花火大会事故調査報告書  2002年1月、p.121-130)


 平成13年7月21日午後8時45分頃、兵庫県明石市の通称大倉海岸で行われた第32回明石市民 夏まつり行事の花火大会に集まってきた群衆により、最寄りのJR朝霧駅から花火大会会場に通ずる朝 霧歩道橋上で群衆なだれが起こり、転倒、負傷、圧死するなど死者11人負傷者247人の重大な人 身災害が発生した。

 この事故は事前に予測して防ぐことはできなかったのだろうか。

 事故が起きた原因は「朝霧歩道橋の構造」、「開催地と交通機関の関係」にある。

 朝霧歩道橋の構造の特徴は、朝霧駅側は歩道橋より広いテラス、大蔵海岸側は歩道橋より狭い階段に 繋がっているので、全体としてボトルネック構造となっていて人の流れが滞り安いことである。実際 に、以前、同一の場所でカウントダウンイベントが行われ、既に危険な状況が歩道橋上で発生してお り、今回の花火大会は更に上回る人出となる予想は付いていた。特に花火終了時前後にかけて混乱す ると予測し、危険を防ぐため事前に周到な対策を講じておく必要は十分あったと考えられる。

 開催地と交通機関の関係は、朝霧歩道橋はJR朝霧駅から会場までの最短経路である。群衆が集まる おそれがあることは容易に予想できたはずである。また、朝霧歩道橋そのものが花火見物の場所とし て絶好の位置を占めていることから、群衆の流入を放置すれば混乱が生じることも予測できたはずで ある。

 主催者側、警察署側、警備会社側三者としては、それぞれに、また互いに事前協議などその準備を十 分に尽くした上、相当数の警備要員を適切に配置するなどをし、特に花火打ち上げ終了時刻前後の時 間帯は群衆を誘導して安全に分散させて解散できるよう事前に周到な措置をめぐらす等危険の発生を 未然に防止すべき注意義務があり、かつこれらの措置をとることが上記三者らとして可能であったと 思われる。

 雑踏警備実施要領には、「雑踏警備実施は、主催者側の自主警備を原則としているが、警備会社に何 ら法的な権限は付与されない」と記されている。さらに、警察は、主催者側に対する指導、助言を積 極的に行うことが明記されている。したがって、主催者側が警察の指導、助言に明らかに従わなかっ た場合を除き、事故が起こった場合の責任は最終的には雑踏警備のプロである警察にあるということ になり、その指導、助言は徹底して行われなければならない。

 よって、警察側としては、混乱が生じると予想される朝霧歩道橋に相当の人員を配備し、人を誘導す るなどの計画を立てなければならなかった。警察は何をしていたのかと言うと、当時、兵庫県下では 祭礼や催し物の際に若者が暴徒化し、いわゆる暴走族と警備の警察側との衝突で事件紛争が続発して いて、今回の花火大会でも花火があがり夜店が出れば同様の事件紛争の起こるおそれがあるところか ら、夜店は警察警備の行いやすい場所に決める必要があるとして、警察、主催者両者の協議の内容 は、専ら夜店を会場の何処に出店させるかの討議が繰り返されていた(この夜店の出店位置が後に 触れるように今回の花火大会会場で群衆の大きな滞留を引き起こす原因の一つになったと考えられて いるが)。

 警備会社側についても、混乱が起これば対処するとか、臨機応変に警察の援助を得て対処すればよい との考え以上にでることなく、警備業務の慣れも手伝い、いわばでたとこ勝負で対処して切り抜けよ うという安易な考え方に終始していたものと思われる。

 主催者側、警察署側、警備会社側三者は、それぞれにおいて、雑踏警備に関する情報の公開を積極的 に行い、かつ、それぞれの組織内のみならず、三者間での情報の共有化を図っていれば、群集事故が 起きた場合に組織的対応をより効率的に行え、事故を妨げることが出来たかもしれない。会場に参集 する群衆の往路帰路を含めすべてにわたっての安全確保について深い関心を寄せ危惧の念を抱くこと もなく、それぞれの立場において雑踏整理等について適切な具体的手段を事前に講ずることもないま ま、花火の打ち上げを行ったため、その結果、胸部圧迫による窒息等のため死者11人、その他の負 傷者247人の人身災害を発生させてしまった。

補足

 群衆の圧力は幅1m当たり400kg前後であったと推定されている。この圧力は、進行方向に1m当たり2人 が並んだ場合、1人につき200kgになる。これは3人の体重に相当するため、大人でも胸部圧迫による呼 吸困難で立ったまま失神することもあり、まして子供や高齢者にとっては極めて危険な状態である。 なお、胸部圧迫の死亡原因については、体重の4倍荷重で、75%が10分以内に死亡することが報告され ている。したがって、第32回明石市民夏まつりでの事故の際に、死亡者の内訳が子供と高齢者に偏っ ていたもの納得がいく。

 災害弱者が雑踏事故で犠牲にならないためには、「会場へは早めに出かけて、ゆっくりと時間をおい て帰る」、「成人、できれば男性と同行する」など、「自分の命は自分で守る」という自助努力も必 要である。


ベトナムにおける洪水後の復興

(国際赤十字・赤新月社連盟:世界災害報告 2001年版、p.102-123)


<10年間の発展が水の泡>

 1999年以降、熱帯性暴風雨がベトナムの貧しい地域、中部地方を襲い、悲劇的な結果をもたらした。 中部地域の住民約800万人のうち、170万人が死亡、行方不明、家屋損失、経済活動(農業・漁業)、 公共施設等直接的な被害を被った。国際的な緊急援助は、再び水害や台風が来ればすべてが破壊さ れ、援助は単なる一時凌ぎにしかならない。単に災害前の状態に戻すだけでなく、より災害の事態を 踏まえた開発への取り組みをできないのか?

<災害を引き起こす地理的要因と人工的要因>

■地理的要因

 中部地域の沿岸部は非常に幅が狭く、急勾配の山の稜線と合間って、川の水の速さが増す。よって、 激しい豪雨により、事前に警報、予報を出す時間なく、あっという間に洪水が起こってしまう。

■人工的要因

  1. 人口の増加―1975年以来、倍増した人口7800万人の70%が洪水の危険に晒された国土の4分の1の 沿岸部に集中している。沿岸部では、稲作が可能だからである。

  2. 環境の変化―森林の伐採 木材は燃料、建材として多く利用されている。

<悪循環からの脱出>

 脆弱性が加速される状況において、度重なる洪水によって救援と開発の成果が押し流されてしまうと いう悪循環。

 特に個人住宅問題である。赤十字が中心となり、単に再建するのではなく、以下の特徴を持つ丈夫な 家(リトル・マウンテン)を開発し、成功した。

●しっかりした基礎 ●強固な支柱 ●固定された骨組 ●枠組みと屋根の適切な接続
◎命を救う(避難所としての屋根) ◎家族の最も大切な財産(家屋自体)を救う
◎生計を救う(作物や農機具は二階に保管されている)

<リトル・マウンテンをめぐる大論争>

 貧しい人々がより丈夫な家の設計をいかに簡単に模倣できるかという点でプロジェクトの成功を評価 するならば、赤十字のリトルマウンテンは成功したとは見いだされないだろう。第一に、ベトナムの 伝統的な家屋とは大きく異なる設計の特徴であるが、建築の際に受益者に説明されていなかった。第 二に建築材料の選択である。亜鉛メッキをほどこした鉄の骨組みやコンクリートの基礎は、全国的に 生産されているものの、これらの材料は村や郡レベルでさえ入手不可能である。第三に費用の問題で ある。平均年収が80〜120米ドル程の住民にとって、500米ドルは極めて高額である。

<問題解決に向けて>

 材料における課題解決は、政府、地域社会、そして住民が協力して、より丈夫な家の設計の構造的な 原理を、持続可能で、入手しやすいやり方で模倣していくことである。次に資金の不足という問題 は、より深刻で、根の深い構造的な問題を覆い隠すものであり、その根底にある問題でもある。つま り、農村は経済的多様性が欠けているため、農民は伝統的な農業に、ほぼ完全に依存している。ま た、殆どの農民は、借りたお金を、家を増築したり、借金を返したり、あるいはただ二回の収穫期の 間を食いつなぐために使ってしまう。このことから、長期的には生活水準の向上によってしか、中部 地域の住民に洪水から身を守ることを可能にはできないであろうと言われている。

<ソフトウエアとハードウエア>

 災害に強い家だけでは生命は救えない。国レベルでは、災害対策、教育と訓練、早期警報システム、 氾濫原の管理、通信、保険、運転資金、経済の多様化、等々の非構造的な【ソフトウエア】の手段を 犠牲にして、公共施設等の構造的な【ハードウエア】の手段を整備することに偏りすぎている。被害 を受ける危険性のある住民は、災害への備え、対応の教育を受けることが必要である。

<機会をつかむ>

 災害と災害との間、常に復興途上にあるベトナムのような国々では、緊急人道援助は本質的に開発と 繋がっている。しかしながら、開発によるゆっくりとした変化の道を追求するのか、あるいは、より 早いが継続性のない応急援助か一連のジレンマも提起している。

 その答えは二つの組み合わせの中にあるに違いない。人道支援団体は、この過程を先導することはで きるが、人々を災害から守る基本的責任は被災者の政府や、彼等を支援する主要債権者にある。これ は、救援機関が災害後に提起できる、また、しなければならない議論である。

 最後に、緊急援助/開発協力問わず、住民や政府が自らの見解が表明できるようにしないと外部からの 押し付け解決策は長期的には上手く機能しない。当事者間の親密な協力を通じてのみ、最も適切な解 決策が生じ、災害の再発を防止する。


心的外傷後ストレス反応の援助指針

(木村登紀子:現代のエスプリ1996年2月別冊、p.222-233)


 未曾有な大災害となった阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件など、突然無差別にしかも回避し難く被 害を受けた人々には、いわゆるPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)が発 症する危険があり、被災直後初期の段階から適切な対応が予防に役立つと言われる。震災直後、「こ ころのケア」の専門家の有志により「阪神大震災いよるPTSDへの対応を支援する会」が結成され、精 神科医、臨床心理士、ケースワーカー、災害危機管理専門家など多様な職種の人たちが構成してい る。被災地の情報の混乱を少しでも防ぎたいと考え、ガイドラインが作成され、ここではこころのケ アの提供者のためのガイドラインを紹介する。

I. 被災者のこころのケアに関するガイドライン

  1. 安心感をはぐくむ

     被災者は深いこころの傷を負っている可能性があることを忘れずに接することが大切。人のやさしさ や思いやりを強く求めている場合が多いので、ケア提供者自身がこころのトーンを下げて、ゆとりを 持って接する。

     ケアする人がいてくれること自体が被災者にとってはありがたいことなので、被災者の孤独感、無力 感をいやし、失われた安心感を回復するのに役立つ。ケアの重要性を自覚していることが大切。 提供できるケアの具体的な内容、限界について、あらかじめ被災者に知ってもらう。面会場所はプラ イバシーを保つ。

  2. 被災者のニードにそって

     被災者の状況にふさわしい、見舞いやねぎらい、お悔やみの言葉をかけた後、「今どのようなことで お困りですか」「何かご相談になりたいことはございますか」というように、被災者の具体的なニー ドについて質問し、そのニードにそって話し合いを進めていく。

  3. 話を聴く

     心が少し通い合うようになったら、「気にかかっていること」「お悩みのこと」など、被災者の気持 ちについても尋ねることができるようになるが、被災者は、聞いてなぐさめてもらいたい反面、触れ られたくないという気持ちもあることが多いので、できるだけ慎重に聞き、無理に聞き出そうとは絶 対にしない。

  4. 気持ちを受けとめる

     被災者が心の傷による深い悩みについての話をし始めたときは、親身に聞く。「大変でしたね」など ねぎらいの気持ちは、相手の話の腰を折らないように気をつけながら、率直に伝える。無理に何かし てあげようと考えないで、しっかりと被災者の気持ちを受けとめることが何より重要。

  5. 当然だと認める

     被災者が抱いている苦痛、悲しみ、無力感、悔やみ、絶望、怒りなどの感情は、共感的にしっかり受 けとめた上で、誰もがもって当然であることを伝える。

     被災者に後述のようなPTSRの反応が認められた場合は、ストレスへの正常な反応として、当然である と伝える。そのことを被災者が認識することで、自分が弱いんじゃないか、異常なんじゃないかとい うような不安が消えて楽になる。

  6. 怒り

     被災者は、ひどいめにあわされたという強い怒りを、時に、ケアする者に向けてくることがある。 「私に対して怒っているように感じられますが」というように指摘して、冷静にその怒りについて話 し合う。

  7. 回復

     このようなケアを一貫して提供することによって、被災者の心の傷が少しずつ癒され、記憶や感情に 圧倒されたり、それらを抑えこんだりすることが緩和され、ふたたび自分の力を信じて、希望をもっ て生きてゆくことができるようになる。

II. 被災後のこころの問題について ― PTSD

  1. 心的外傷とは

     心的外傷の本質は、外界の圧倒的な事態にさらされ、人生の初期から育まれてきた安全感、安心感が 覆されることにある。すなわち、自分や家族の生命を脅かす危険がなく、衣食住が保証されている感 覚(安全感)と、他者と情緒的につながっていて、世話をしてくれるだれかがいてくれるという感覚 (安心感)は人間が生きていく上で最も不可欠であり、これらの感覚が崩れるような出来事に遭遇す ることにより。心的外傷が起こるとされている。

  2. 心的外傷に対する正常なストレス反応

    • 著しい情動の出現する時期:外傷直後数分から数時間

    • 二相性反応の時期:外傷時の苦痛な記憶や感情が繰り返し思い出され、どんどん意識に浸入してき て、外傷体験が再現される。一方で、あまりにつらいため、できるだけ思い出さないように心を閉ざ す。この両方の傾向がせめぎ合う時期。

    • 回復の時期:外傷体験に圧倒されなくなり、心の中で処理され、将来に対する生きる意味が再確立 されていく時期。

  3. PTSDの症状

    正常なストレス反応の二相性反応が強くあらわれ、長引く場合、PTSDと呼ぶ。

    PTSDの症状の特徴は

    • 外傷的な出来事が持続的に再体験される:思い出される、夢、フラッシュバック
    • 外傷的な出来事やそれと関係ある刺激を持続的に回避し、感覚や感情を麻痺させる:その出来事を 思い出せない、重要なことに対する興味・関心がなくなる、人と疎遠になって孤立しているように感じる、感情の動きが乏しくなる
    • 生理的、心理的な過敏・興奮が持続:寝付けない、集中できない、いらいら、過度の怯え、よく出現する合併症は、うつ病、躁病、パニック障害、アルコール・薬物依存症など

  4. フラッシュバック

     日常的なわずかな刺激が引き金となって外傷時の出来事が再現されることがあり、これをフラッシュバックと呼ぶ。PTSDにきわめて特徴的。実際に起こっているように感じられ、幻覚や錯覚が生じることがある。

  5. PTSDの出現率と発症の時期

    出現率は1〜4%といわれるが、状況によっては50%以上。発症の時期は、被災直後数週間から6ヶ月以内、それ以降のことも

  6. PTSDの予防および対策

    正常ストレス反応を長引かせる要因
    • 二次的ストレス:長引く不便な避難所生活の中での苦痛や人間関係の葛藤
    • 社会支持システム:被災者の生活環境が安心感のもてるものであれば、外傷の悪影響をおさえる
    • 外傷後の対処の仕方:損なわれた安心感を回復するために、率直に人の助けを求めることができる
    ならばよいが、引きこもったり、アルコールに依存したり、仕事に強迫的に没頭したりするのが長期にわたる場合、適切な対処法とはいえない。

     正常ストレス反応が遷延し、PTSDがおこるのを予防するためには、二次的ストレスを軽減するための、具体的な援助と情報提供、および教育的アプローチが必要であり、社会的支持の提供および対処法の改善のためには、危機介入や専門的ケアが大きな役割を果たす。


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