災害医学・抄読会 2003/01/31

PTSDの診断とアセスメント

(山崎久美子:現代のエスプリ1996年2月別冊、p.39-47)


〜PTSDの誕生以前〜

 PTSD(Post-traumatic Stress Disorder)「心的外傷後ストレス障害」とは、色々な外傷体験(外傷 性ストレッサー)と関連して生じるもので震災、戦争、暴力行為、工場災害、交通事故、癌・心臓発 作などの身体病、レイプ、虐待、いじめなどが契機となる。わが国では阪神大震災によって一般の 人々が知るところとなった。

 PTSDという言葉が誕生する前は、外傷性神経症、戦時神経症、頭部外傷後遺症、驚愕神経症などと して扱われていたが、1978年に米国で「ベトナム帰還兵におけるストレス症候群」が刊行され、これ を契機にPTSDの研究は進んだ。

〜PTSDの診断基準〜

 1987年のDSM-III-Rでは、以下の診断基準となっている。

 A、通常の人が体験する範囲を越えた出来事で、殆どすべての人に著しい苦痛となるものを体験 したこと

 B、外傷的事件の持続的再体験(想起・悪夢・解離的エヒソードなど)

 C、類似状況の持続的な回避(心因性健忘も含む)または反応性の鈍麻(興味の減退、疎遠感、 感情の収縮など)

 D、覚醒の亢進症状(睡眠障害、易刺激性、集中困難、驚愕反応など)

 E、障害の持続(B、C、Dの症状)は少なくとも1ヶ月

 また、同診断基準では子供における症状として、「心的外傷の主題あるいは側面が表現される遊び を繰り返す、トイレのしつけや言語のような、最近獲得した発達的技能を失う。」といったことが述 べられている。

 1994年のDSM-IVではIII-Rに加えて、症状の持続期間が3ヶ月未満の場合を「急性」に、3ヶ月以上の 場合を「慢性」に分類し、さらに、症状の始まりがストレス要因から少なくとも6ヶ月経過している 場合は「発症遅延」と特定することが示された。

〜スクリーニング面接〜

 外傷体験に関連する障害をスクリーニングする目的で臨床家のために用意されている7つの質問は 以下の通り。

  1. あなたの身にふりかかった出来事で最も外傷的な出来事はどんなことですか

  2. あなたの家族のどなたかにふりかかった出来事で最も外傷的な出来事はどんなことですか

  3. 犯罪の被害者になったことはありますか

  4. 医者にみてもらわねばならないほど重大な事故に遭遇したことはありますか

  5. 軍隊に行った経験がありますか、戦闘の回数は

  6. 性的な暴行受けたことはありますか(少年時代に性的な虐待を受けたかもしれないので、男 性患者にも尋ねる。)

  7. こうした経験のどの時点で、自分をひどく害したり、命を失うような危険があると思いまし たか

〜診断法〜

 PTSDであることを正確に診断するために行うこととしては以下のようなものがある。

  1. 構造化された面接:病歴、職歴、外傷性の出来事の性質、PTSDの症状などを聴く。

  2. 形式的な精神状態検査:見当識、知覚、運動機能、感情や気分、記憶などを検査する。

  3. 心理検査:確定診断として施行される。ウエックスラー知能診断検査の下位検査、ロール シャッハ検査、MMPI(人格目録)などが用いられる。

  4. 生理心理学的なアプローチ:心拍数、呼吸数、血圧、前頭筋電図の測定など。

  5. 内分泌学的な検査:視床下部―下垂体―副腎系、内因性オピオイド系の異常が表れるとされ る。通常のストレス反応とは異なる反応が生じる。

〜PTSD研究の課題〜

 PTSDの診断とアセスメントに関する統一見解の確立は遅れており、十分ではない。その理由として は用いられる評価方法や追跡期間が一定していないので研究間の比較が難しい、遅発性のPTSDが存在 する、受療行動がなかなかとられないといった事情がある。

 今後は明確な診断基準による診断群を評価した研究結果を他の外傷性ストレッサーを契機に発生す るPTSDの研究成果と比較検討していかなければならない。


第3章 エベレスト南西壁

(金田正樹:災害ドクター、世界を行く、東京新聞出版局、東京、2002、p.74-104)


防災訓練を謳わない防災訓練のすすめ

(小村隆史、近代消防)


 阪神大震災から8年が経ち、最近では新しい発想に基づく防災訓練の試みも広がってきている。「訓練で出来ないことは実際の場でもできない」との言葉の通り、例えショー要素の強い訓練であっても行うべき事は言うまでもない。しかし訓練に参加する住民にとっては、災害に見舞われることがそうそう起こりえない為、日常生活の中に防災(意識)を根付かせることはなかなか難しい。また、防災意識を考え続ける為にはそれだけで大変な努力が必要であり、その緊張感を維持することも至難の業である。以下の例は「防災を声高に叫ばず、参加者自身も楽しむことの出来、かつ防災面でも意味のある防災訓練」を実行に移している「ハローボランティア・ネットワークみえ」(略称ハボネット)を一例として取り上げてゆく。

 「ハボネット」は、自治体などが主催する公共性の高いイベントに対して、主催者の依頼により運営の支援を行うボランティア組織である。この支援を通じて、参加者に対して「相手にそうと気づかせずに防災意識を高める」ように促してゆく。こうすることでイベントが実働の防災訓練となり、参加者も知らず知らずのうちに防災訓練に参加してゆき、それによりボランティア「予備軍」を育成し、その裾野を広げていっている。

 ここでイベント支援と災害救援との類似点であるが、たしかに対処すべき事態の規模や質、深刻さには歴然とした差はあるものの、緊急時における不測事態対処については基本的性質は同じである。特に本部の運営訓練としての意義は大きく、災害救援でもイベント支援でも、短期間のうちに効率よく運営するにはきちんと統制された本部機能の発揮が不可欠である。人々の人数、年齢、性別、経験の有無が予想も付かず、そのなかでどのような作業が必要かも十分解らない状況下でマネージメントを行わざるを得ない。イベント支援ボランティアセンターの運営こそ、災害時の災害救援ボランティア受け入れ本部の運営訓練なのである。

 また、このようなイベント支援(という名の防災訓練)には、通常の防災訓練にないメリットがある。一つ目は、参加するボランティアが自己実現を実感できると言う点である。イベント支援では災害とは違い、多くの場合は「やってよかったね」という和やかな雰囲気のうちに終えることが出来、またその成功体験により自分の活動の意義が目に見えてくる。二つ目は「楽しそう」「おもしろそう」といった軽い「ノリ」で参加することが出来る。三つ目は行政などの関係者と「顔の見える関係」を作ることが可能である。儀式的な要素の強い会議に何度も参加するより、一緒に汗をかくことでより親密な関係を作ることが可能であろう。

 防災を日常化する為にはどうればいいであろうか?「防災!防災!!」と声高に叫んだところで、いつやってくるかも解らない災害に対して対応策を考え続けられる人は明らかに少数派であろう。その為、住民に抵抗感なく災害救援について考えてもらう為には、何らかの仕掛けが必要である。そのそのコンセプトの一つとして「楽しい」「おもしろい」と思わせられることであろう。「ハボネット」の参加者は、楽しくおもしろいからイベント支援ボランティアに参加している。それでいて、(災害救援とも共通する)イベント支援の重要なノウハウを知らず知らずのうちに身につけていっている。こういった試みを続けてゆくことで、その地域の防災力はおのずと向上してゆくであろう。

 最後に、この「ハボネット」のような仕組みはどのようにすれば出来るのであろうか?三重県の試みに特筆すべき点があるとすれば、仕組み作りの初期段階から、住民との間でキャッチボールをしつつ仕組みを作り上げてゆくという、仕組み作りの課程から市民を巻き込んでいるという点ではないだろうか?また、もう一つはその橋渡しとなる住民と行政職員の人材が「いる」「いない」ではなく「掘り起こしているか」「育てているか」である。両者がお互いに住民としての感覚を研ぎ澄まし合いし合い、相互に影響を与え合っているからこそ、このような注目に値する一つのモデルが生まれたのではないだろうか?


12 災害と法

(井田 良、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.307-16)


 治療行為(医的侵襲)は、たとえ医療上承認された方法で行われるとしても、人の身体を傷つける行 為であることに変わりはなく、したがってこれは「傷害」(刑法204条)であると言える。それが民 法・刑法上正当化されるのは、@本人の同意があり、A健康の維持・回復という利益が実現される見 込みがあるからである。この2つの要素により、生命への危険を伴う侵襲であっても法的に許される ことになる。

 一方、同意なく行われた治療行為や同意の範囲を超えて行われた治療行為は「専断的治療行為」と呼 ばれ、たとえ病気が治ったとしても、民事・刑事責任を追及されうるというのが一般的な考えであ る。

 しかしながら、大規模災害のため多数の負傷者が意識を失って倒れているときには、例外的に、患者 (もしくは親族)に対して治療に関する説明とその同意を得ることなく医療活動を行うことができ る。このような緊急の事態においては、同意のない医療行為を行うことを正当化するように法律上定 められている。1)「推定的同意」という考え方があり、意識があれば当然に同意するであろうという 推定をもって治療が正当化される。2)「緊急避難」という考え方で、大きな害を避けるためにやむを えず一定の犠牲を甘受することである。例えば、医師のいない現場で救急救命士の認める範囲を超え て医的措置を行うことが、限られた範囲においては合法とされることも考えられる。しかしながら、 緊急時に行うことが認められる医的措置の内容と範囲は、それぞれの医療スタッフがどの程度それに 習熟しているかによって決まることであり、危険な方法であれば認められないことになる。

 「緊急避難」と同様なものとして「義務衝突」という考え方がある。これは両立しない義務が同時に 要求され、一方の義務を果たすためには他方を怠る以外に方法がない場合に適用される考え方であ る。例えば、複数の患者を同時に診療することができない場合に、より重症の患者を治療して軽症の 患者を治療しないとき(同程度の2人の患者のうち一方のみを治療して多の患者を治療しないとき) この行為は違法とはならない。

 また、緊急時の医療行為の合法性について考えるときには、「行為時の判断」と「結果論的判断」の 区別が重要である。民事・刑事責任(損害賠償と刑罰)は、あくまでも行為の時点での合理的な判断 によるものかどうかで決まり、結果論として事後的にどちらの選択がベストであったかが問題とされ るわけではない。例えばトリアージにおける患者選別においても、事後的にみれば、より重症の患者 が適切に選別されなかったために治療が遅れてしまうことも起こりえるが、選別の時点で合理的な判 断の範囲内にあったと評価される限りにおいて、法的責任は否定される。

 災害時における管理・監督責任については、あらかじめ確立されているべき災害時を想定した救援医 療活動の体制に不備があるときには、管理者側がきちんとした体制を確立することを怠った点につい て、民事責任、刑事責任が問われる。しかしこのような形の管理・監督責任が問われるのは、消防法 令や建築基準法令などで、ある程度詳細に義務づけられている場合に限られ、これらの行政法令上の 義務を正確に果たしている限りは、法的責任を問われることは稀である。

 また、管理・監督責任を検討する際には、「信頼の原則」が重要である。これは、多数の者が仕事を 分担する共同作業においては、特別な事情がないかぎりは、人は他の人が適切な行動をとるであろう ことを信頼してよく、したがって、他の人が不適切な行動に出ることにまで責任を負うことはない、 という原則である。例えば、災害時を想定した訓練が定期的に行われ、災害時における措置と職務分 担がきちんとされている限りでは、災害発生時における医療関係者の適切な活動を期待できることに なり、これにより、管理者側については、信頼の原則を適用することができる。


バイオテロリズムは医療体制を凌駕しかねない

(Coursin DB, et al. 臨床麻酔 26: 1546-53, 2002)


 炭疽菌郵送事件によって社会全体及び医療関係者の間ではバイオテロリズムに使用される可能性の高い疾患の診断および治療についての理解が急速に進んだ。バイオテロリズムは医療システムに対して大きな負担となり、現有の医療資源を凌駕する可能性がある。

 本論文では将来予想されるバイオテロリズム由来の感染症に関する初期対応、病原体の識別、および麻酔科および集中治療的観点から見た生物兵器による感染者のケアについて論じる。

 非常に恐ろしいことであるが、高度に感染性のある病原体を培養し、輸送し、使用することは非常に簡単なことである。1999年にバイオテロリズムあるいは生物兵器攻撃による潜在的な脅威を分析する目的で専門家の会議が招集された。病原体はA、B、Cの3つのカテゴリーに分類され、このうちAには公衆衛生に最も大きな影響を及ぼし、広範な領域において対応策が必要となる病原体が分類された。それらは、中等度から高度の伝染性を有し、一般市民の恐怖感を増強し社会生活を混乱させる可能性が高い。一方、Bには危険性のやや低い病原体、Cには今後出現が予想される病原体が含まれている。カテゴリーAに分類された病原体には、以下のものがある。

  1. 炭疽菌:

     炭疽菌はグラム陰性桿菌感染症で感染経路によって病態が異なる。起因菌の吸入による肺炭疽、経口摂取による腸炭疽、接触による皮膚炭疽がある。

     肺炭疽は3つの中で最も重症であり、ウイルス性上軌道感染症に似た短期間の前駆症状で発症する。一時的に症状が軽快する場合もあるが2〜4日後には低酸素血症、呼吸困難、髄膜炎などに陥る。腸炭疽は重度の腹部全域に及ぶ腹痛で発症し発熱、肺血症の症状をきたす。皮膚炭疽は無痛性の皮疹が水疱性に変化し、陥凹性の痂皮に変化する経過をとる。肺炭疽と異なり適切な抗生物質投与により良好な治療成績が得られる。

  2. 天然痘:

     毒力、感染力ともに強化された改造型天然痘ウイルスが保管されていると報告されている。天然痘は感染力が強く、患者の口咽頭由来の飛沫感染、衣服、寝具を介する直接接触によって伝染する。

  3. ペスト:

     媒介者としてのノミが必要ないエアロゾル投与によって生物兵器として使用される可能性がある。病原体の吸入によって感染する肺ペストは、死亡率が25%と報告されている。

  4. 野兔病:

     ペスト菌感染症よりも軽症で死亡率は低いが、未診断、未治療の患者では再燃をきたす場合がある。

  5. ボツリヌス毒素:

     芽胞形成性のグラム陽性桿菌であるC.botulinumが産生する無色、無味無臭の毒素であり、最も毒性が強い。神経筋接合部でのAchの放出を非可逆的に阻害する。

  6. ウイルス性出血熱:

     自然界では主として節足動物が媒介するが感染力が高く、エアルゾル化することによって生物兵器として使用され得る。

   医療従事者は生物兵器による攻撃を示唆するような疾病パターンや診断のヒントについて注意する必要がある。たとえば最近の肺炭疽菌感染で見られたような発熱、咳筈、肺血症、肺門部リンパ節腫脹を伴う急速進行性の呼吸不全の症状を示す患者の複数発生などが該当する。特殊な病態の集中や通常でない疾病の出現など疑わしい場合には、地域あるいは州の衛生当局に直ちに連絡をとらねばならない。

 被災者のケアに関与した医師は空気感染、直接接触による感染、血液経由の感染のリスクを負う可能性が高い。救急事態には急性期にかかわる医療従事者は隔離方法および汚染除去方法の基本的な知識を有し、厳格に実行することが推奨される。最も重要なことはバイオテロリズムの可能性を考慮することと直ちに隔離、除染、感染している可能性のある患者をトリアージすることである。同時に曝露原因のコントロール、曝露した市民、医療従事者に対する予防的治療の開始、必要に応じたワクチンの投与、さらに現状あるいは今後のバイオテロの発生の兆しを排除するなどの必要な処置が行われるよう、適切な衛生行政および防衛関係政府機関に通報することも重要である。生物兵器の曝露を受けた可能性のある患者が救急外来を受診した場合には通常の患者の受診窓口の外側でトリアージを行い、汚染除去専用の部屋を使用することによって、二次曝露が生じないようにするべきである。

 <結語> 20世紀に近代的な生物兵器の研究および実用化が行われた結果、いったんは制圧されたが既存の感染症あるいは新興感染が生物兵器として飛躍的な脅威となった。われわれはバイオテロリズムの抑止、地方および全国レベルでの注意深い監視、教育、広報活動、ワクチンの開発および輸送体制の確立、新しい治療手段の研究を含めた準備をすすめる必要がある。


B. 航空機事故

(滝口雅博、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.112-117)


7 トリアージ(triage)と3T

(大友康裕、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.198-210)


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