愛媛県立救命救急センター 副センター長 渡辺 敏光
司会 愛媛県立中央病院 立川 妃都美
今日は、溺水の話を事件例を交えてお話します。四つ足動物は、泳ぐ練習をしなくても上手に泳ぐ事ができる。南氷洋で泳いでいる哺乳動物のアザラシは、1時間程度水中に潜り泳ぐことができ、オキアミを食べに行きます。
[水泳の特性と危険性]
人間が水の中に入りますと訓練されていないと溺れ、水の危険性が大きく分けて三つある。一つは、水の中に入ると支持点が無くなってしまう.また重力と浮力の作用点が異なり、重心は筋肉の多い下半身にあって、浮力の中心は肺のある上半身にある。二つ目は、呼吸のしかたが異なること、普通水泳では吸気は口、呼気は鼻で行う。動物は犬かき泳ぎをするので問題が少ないが、人ではクロール泳ぎ等では呼吸が非常に難しい。三つ目は、水の刺激で特に20度を切るような寒冷刺激によって心臓とか血管の反応、特に不整脈とか除脈など重傷の不整脈が起こることがある。また筋肉が吊ったり筋力が弱くなったりします。
[白熊]
北極の白熊が泳いでいますが、人間もこれから犬かき競技をオリンピックに入れ、飛び込む時は四つ足でドボンすると人間も溺れにくいと思う。人間が立って歩くようになってバランスが動物と違って重心が変わってきて泳げないとか溺れやすくなったのでしょうか?。
[用語と定義]
よく使われているのが溺水(near-drowning)・溺死(drowning)です。溺水は、水中に沈んだことによって窒息して生命が危険にさらされた状態。溺死は、それが原因で死亡したことを言う。Modellの分類(1981)によると、一般には水以外の液体での窒息は溺水に含めない。肺に水が入ったかどうかを溺水・溺死の診断時に記載することが望ましい。大きく分けると、水が肺に吸引されてない溺水と水が肺に吸引した溺水、水が肺に吸引されてない溺死と水が肺に吸引した溺死の大きく四つに分けられます。secondary drowningは病院に搬入された時、全身状態とか意識状態が比較的良いが、何日か経って肺炎とか合併症を起こし死に至る溺水のことである.この場合は、合併症を具体的に記載したら良いと思う。実際には、大きくこの溺水と溺死の二つに分けて最近よく使われている。
[溺水者が起こす反応]
溺れ始めると意識的に呼吸を止め、1分か2分間水面に頭を保とうとする。それから水中であえぎ呼吸と嚥下運動が起こり、口腔、咽頭、胃に水が入り、声門が痙攣し、これにより水の気管内流入が防止される。これによって、低酸素血症で死に至るのが乾性溺水(dry drowning)です。もう一つが意識が無くなってきて終末期のあえぎ呼吸が起こり、水が肺内に吸引され死に至る.これが湿性溺水(wet drowning)です。教科書では、乾性溺水が十数パーセントと言われるが、当救命センターで治療していると乾性溺水がもっと多いような印象を受ける。
[溺水(目撃者の表現)]
水面に浮かんでいたが突然動かなくなった。水中で泳いでいたのが止まった。水中で遊んでいたが、死んだふりをしたように見えた。プールに飛び込んだが、浮き上がってこなかった。静かに沈んでいった。もがいて溺れた。がある。プールに飛び込んだ場合は、頸椎損傷か心室細動も考えられる。もがいて溺れる場合だけでなく静かに沈む、原因は窒息、心臓が原因などさまざまである。
[症例]
症例番号 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
年令(歳) | 1 | 1 | 1 | 1 | 3 | 6 | 7 |
発生月(月) | 12 | 10 | 6 | 1 | 8 | 9 | 7 |
発生時の 状況 |
風呂 (浮) | 風呂 (浮) | 用水路 (沈) | 風呂 (浮) | 用水路 (浮) | プール (沈) | 川 (沈) |
沈水時間(分) | 10 | 30 | 10 | 10 | |||
発見から心拍 再開まで(分) | 60 | 30 | 40 | 60 | 30 | 40 | |
直腸温(℃) | 34.9 | 33.8 | 32.7 | 38.8 | 36.2 | 36.4 | |
肺水腫 | なし | なし | あり | なし | なし | なし | なし |
高体温 | あり | あり | あり | なし | あり | あり | あり |
最近、救命センターで経験した溺水7症例です。年少の症例(1歳の4人)は風呂が多い、用水路の症例は土管の中であった。年令が大きくなるとプール、川で溺れる。風呂で溺れた症例はと浮かんでいるものが多い。学童期の症例では沈んでいた症例が多く、溺れ方が違うのではないだろうか。(乾性溺水と湿性溺水の違いか?)
[溺水の原因(1)]
乾性溺水と湿性溺水。浸漬症候群:低体温の冷水中で浸漬直後に顔に水が当たると迷走神経を介して除脈や心室細動が誘発される。平衡失調:耳管に水が入ったり、錐体内出血を起こしたりして平衡感覚を失う。その他に飲酒、薬の服用、筋肉痙攣などの原因がある。
[潜水反射]
顔面が水につかった時に起こる反射。高度の除脈、呼吸数の減少、末梢血管から心臓や脳への血流が増えるシフトが起こる。このシフトによって溺れても助かる率が高いといわれる。しかし最近は、人とか動物ではシフトが起こらないのではないかと言われている。
[浸水性低体温時の死因]
一番多いのが表面冷却による核体温(中枢体温)が低下して死亡する。体温34度で贍妄が起きる、32度で意識消失、水泳不能。28度で心室細動。22度で心停止をおこす。次に水中で反射的に冷水を飲み込む、その反射で心臓が止まる。それとショックによる心室細動がある。
[溺水の原因(2)]
溺水の原因の続きで器具を使って潜水の時に起こる原因です。ブラックアウトは水面下で低酸素血症から意識障害に至ること。息こらえ潜水、浮上にともなう減圧。潜水前の過呼吸により炭酸ガスが低く長時間潜り浮上した時に急に意識が無くなる。肺の過膨張。30m位潜ると窒素酔いし麻酔状態になる。
[溺水の病態生理]
淡水溺水と海水溺水の違いは、1940年台から1960年の始めに動物実験で分かっている。肺の中に淡水或いは海水が大量に入ったときに次のような変化が起き少量では起きない。淡水溺水では、水は浸透圧が低いため肺胞から血液に入っていき、循環血液量の増加・血液希釈・低Na血症・高K血症(溶血)心室細動を起こす。海水溺水は、逆に肺胞から水分が肺胞へ出ていき循環血液量の減少・血液濃縮・高Na血症・肺水腫を起こして状態が悪くなる。しかし溺れた時に大量の水を飲むことは非常に少なく、このような病態は少ないことが臨床的にわかってきた。1960年台からは臨床的な主病態は呼吸障害が注目され、低酸素血症、呼吸性アシドーシス、代謝性アシドーシス、肺水腫、肺炎等の諸症状が重要視されている。また救急体制の整備等により溺水患者にたいする蘇生率が向上し、低酸素性脳症の治療が問題になってきている。
[溺水33症例]
1986年4月から1994年3月までの救命センターに搬送された溺水33症例です。
来院時に心拍動あり=15例(男8例、女7例)
来院時に心拍動なし=18例(男9例、女9例)
[溺水患者の年齢と発生場所]
年齢 (歳) | 場 所 | 合計 (人) | ||
浴槽 | 川、池 | 海 | ||
0〜5 | 11 | 6 | 1 | 18 |
6〜12 | 1 | 0 | 1 | 2 |
13〜60 | 1 | 1 | 4 | 6 |
60〜 | 6 | 0 | 1 | 7 |
合計(人) | 19 | 7 | 7 | 33 |
[溺水33症例の予後]
予 後 | 来院時心拍動 あり 15例 | 来院時心拍動 なし 18例 |
外来死亡 | 0 | 10 |
集中治療室で死亡 | 1 | 5 |
神経障害を 残して回復 | 0 | 3 |
完全回復 | 14 | 0 |
年齢場所では、学童前が浴槽・川池で溺れ、60歳以上の人が長時間の風呂で溺れる。 来院時に心拍動があった時は、1例を除き回復している。来院時に心拍動が無い場合は、外来もしくは集中治療室で死亡している。来院時に心拍動があり集中治療室で死亡したのは、用語と定義で話したsecondary drowningで肺炎を起こして亡くなった。発見時に心拍動があると助かるが、救急隊員が現場に行った時に心拍動が無い場合は、なかなか助からないのが現状です。
[溺水(肺水腫)
番号 | 年齢 | 性 | 場所 | 沈水時間(分) | 転帰 |
1 | 1 | 男 | 風呂 | 20 | 植物状態 |
2 | 5 | 男 | 池 | 30 | 植物状態 |
3 | 5 | 男 | 川 | 20 | 死 |
4 | 10 | 男 | プール | 3 | 死 |
5 | 8 | 男 | 海 | 2 | 回復 |
6 | 22 | 男 | 海 | 回復 | |
7 | 33 | 男 | 海 | 回復 | |
8 | 55 | 女 | 海 | 回復 | |
9 | 81 | 男 | 海 | 1 | 回復 |
溺水の肺水腫であった9症例です。搬送の時にも問題になると思うが、一番多いのが肺水腫の患者です。この患者は、心臓を止めない事が大切である。1〜4例が淡水の溺水で、5〜9が海です。浸透圧の高い海では肺水腫が起こりやすい。
[症例]
状況は、55歳女性、4月15日午前1時頃、誤って海に転落し、約30分後に救助された。転落時、意識消失・誤嚥などはなかった。来院時は、意識清明、四肢蒼白、血圧80mmHg。現症は、全肺野に湿性ラ音で肺水腫である。胸部レンシゲンで白っぽい部分が肺水腫です。
[症例]
secondaryの患者、1歳女児。午前9時頃、浴槽に浮いているのを発見された。家族によって直ちに救急蘇生が行われ、本院救命センターに搬送された。来院時は、意識混濁、自発呼吸あり。現症は、血圧104mmHg、脈拍数169回/分でまずまずだったが、肺炎を起こして死亡した。時たま溺水したとき肺に吸引した水が汚く難治性の肺炎を起こし、死亡する場合がある。救急隊も人工呼吸中は誤嚥させないように注意することが大切である。
[生存を規定する因子]
一番が水没時間で、常温で15分沈んでいるとほぼ駄目であろう。二番が水温で、20度以下の冷たい水で救出されると助かる可能がある。次に年齢では、子供の方が助かる可能が高い。
[冷水溺水]
冷たい水で溺れ長時間沈んでいたが、中枢神経に後遺症がなくて助かった症例です。冷たい水中で溺れて助かった報告があるが、助かる確率が高いとは言えない.
これは、日本の症例と外国の症例です。
症例番号 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
年齢(歳) | 3 | 5 | 5 | 5 | 23 | 27 | 7 | 2 |
発生(月) | 3 | 7 | 1 | 2 | 6 | |||
発生時の状況 | 川(沈) | 川(沈) | 川(沈) | 川(沈) | 淡水(沈) | 淡水(浮) | 淡水(沈) | 淡水(沈) |
沈水時間(分) | 17 | 60 | 30 | 40 | 25 | 6 | 15 | 66 |
発見から心拍 再開まで(分) | 28 | 50 | 130 | 65 | 25 | 7 | 150 | 180 |
直腸温(℃) | 28.7 | 25.4 | 24.0 | 28.8 | 33.4 | 27 | 22.4 | |
肺水腫 | あり | あり | あり | あり | あり | あり | あり | |
神経学的回復 | 言語障害 | 言語障害 | 正常 | ほぼ正常 | ほぼ正常 | 言語障害 | ほぼ正常 |
ほとんどが沈んでいる。直腸温は、低く22から28度である、6番の33度は沈水時間が短い。また殆ど肺水腫を起こしている。
冷たい水に飛び込んだ直後に心室細動とか心静止が起こり、その後体温が段々下がって発見された場合、体温が25度まで下がっていてもなかなか助からない。一方、何かにつかまったりして心拍動がある状態で徐々に体温が下がり(例えば30度)、その後心臓が止まり、しかも早期に発見されれば助かる可能がある。冬期の溺水は助かりやすいと言うが、愛媛県近辺では助かりにくいのが現状です。
[予後を決定する因子]
先に話した、年齢・性別、体温・水温、沈水時間の他に、バイスタンダーと救急隊が行う溺水現場での蘇生処置、と病院での脳志向型集中治療が予後を決定する因子と考えられる。
[溺水(DOA)18例の発生場所]
愛媛大学病院に救急部が無い時代ですが重信からとか、赤十字病院があるのに北条から来る。溺水等で40分位心臓が止まっていても蘇生法を行うことによって心臓は動くが、脳がやられてしまう。搬送途上でどこかの病院で蘇生する事が非常に大切である。もう一つの方法としてドクターカーを導入する等して搬送方法が蘇生率、予後を向上させるのではないか。
[事故現場での観察]
救急隊員がまずしなければならない現場処置は、観察の意識レベル、呼吸状態・呼吸音の聴取は必ず行う。肺・気管に少しの水が入った場合でも血液中の低酸素血症が起きる。また誤嚥等で気管支の攣縮によっても起きる。パルスオキシメーターで酸素飽和度が下がっていれば、酸素投与をする。低体温時の心電図を確認する。体温が32度位になると不整脈が出たり心室細動ななったり危険な状態になりやすい.頸随損傷にも気を付ける。
[溺水現場での救急処置]
意識障害がある場合、気道確保をして酸素吸入をする.これは肺水腫の場合に特に大切です。呼吸困難の認められる場合には補助呼吸をする。それから保温、濡れた服を脱がし毛布等で保温する。心停止の場合は、心肺蘇生は出来る限り早く水上から病院まで行う。蘇生の開始にあたっては、水を吐かせないで、口腔内異物はきれいに掻き出す。
[冷水溺水に対する処置]
体温が下がると脈拍数が減ってくるので、心停止確認時は長めに行う。心マッサージは著しい除脈であっても、脈拍を触知できるときには心マッサージは行わない。電気的除細動は、体温が下がっていると効果が悪いので、3回までとする。輸液は、生理食塩水が望ましい。熱の喪失を阻止する。(アフタードロップ)乾いた布等で包むことが大切です。
最後に、社会復帰率を上げていくためには、バイスタンダーの教育、搬送システムの改善、行政的な改善が必要でないかと思います。
以上です。
私の溺れかけた体験ですが、当時20歳であまり泳げない時、足が届かない海で右足が攣ったが、その時自分自身冷静で、ゴムボートに乗って近くに居た子供に、手招きし声を出す余裕があった。そしてボートに捕まり足爪先が届くところでボートから手を離すと、左足が攣って両足が使えない状態でまた溺れかけ、手だけで泳ぎ落ち着いた。バタバタした事が無かった体験です。
(渡辺先生)
水泳はなかない上手いこといかない、私もあまり泳げないが潜水をしようとすると尻が浮き、泳ごうとすると途中で溺れだす。今の体験は貴重なもので一寸したことで起きる。また先ほどの着衣泳ぎは、絶対に教えて置くべきだと思う。
第8回愛媛救友会(松山大会)実行委員長
閉会挨拶
伊豫消防 生駒 隆