last updated; 990923
目 次
本会結成以来、私共は日本の心肺蘇生のあり方について強い関心を持ち続けて来たが、このたび私共の「ILCOR勧告書」の翻訳作業を通じて、心肺蘇生法の世界的スケールでの標準化について、わが国の救急医療関係者に情報を提供してきた。同時に、日本国内の心肺蘇生法の統一を可能とする協議会の必要性について強調してきたが、本年7月に「日本心肺蘇生法協議会」が結成されたことは大きな喜びである。
本会議のおいては「日本心肺蘇生法協議会」から派遣された代表の方々に可能な限りのご協力をして、心肺蘇生法に関する日本の考え方、問題点、何らかのエビデンスを本会出席者にお伝えし、また本会議の実りをわが国の救急医療関係者に伝えることに尽力したい。
医学的領域に限らないが、他国のすぐれた思想や運動を国内に浸透させようとするとき、適切な翻訳資料を作成することはきわめて重要である。またインターネットが急速に普及した現在、これらの資料はいずれかの学術的サイトに収載し、心肺蘇生法関係者の便宜をはかることには大きな意義が認められる。
1991年に AHAなどの努力により刊行された「The Utstein Style」については、大阪のグループが AHAのご許可のもとに翻訳作業に当たり、昨年刊行された。私共はこの日本語版のウェブ化を担当し、その資料を AHAのホームページに収載していただいた。
1997年に刊行されたILCOR勧告については、私共の「日本救急医療情報研究会」の有志で翻訳作業にあたり、質の高い翻訳がほぼ完成している。またそのウェブ化についても同様に完成している。またこの資料は「日本心肺蘇生法協議会」の検討資料としても提供申し上げている。私共はILCORならびにAHAのご許可のもとに、ILCOR勧告を日本語で書かれた印刷物として配付し、ILCORの精神がわが国の救急医療関係者に浸透させることを強く望んでいる。ILCOR日本語版の刊行について ILCORならびに AHAの寛大なご許可をお願いする。
さらに私共は、来年刊行される AHA Guidelines 2000を翻訳し、最小限の時間差で、日本の救急医療関係者にわかりやすい資料を提供したいと考えている。ILCOR勧告に加えて今後策定される AHA Guidelines 2000についても、翻訳版刊行の許諾をいただきたく、お願い申し上げる次第である。
ILCOR/AHA による心肺蘇生ガイドライン、特に二次救命処置における最大の目標の一つがいかに VF/VTを早期に診断し、早期に除細動を行うかにあると思われる。各国における、自動式体外除細動器を用いた第一対応者による除細動、パラメディックによる二次救命処置などもこの目的に沿った救急医療体制と考えられる。
しかしながらわが国のプレホスピタルケア体制と欧米のそれとの間には非常に大きな差が存在する。例えば、わが国の救急救命士には気管内挿管による気道確保が許されていないし、乳酸リンゲル液以外のどのような薬剤も患者に投与することが許されていない。また自動式体外除細動器の使用が許されているのは、医師と救急救命士だけであり、各国のような第一対応者による除細動(警察官、警備員、ライフガード、航空機乗務員、駅員、ボランティアの応急手当員の他、職場や各地域において応急手当担当者として AED使用に関する訓練を受けた者による)については、わが国の救急医療関係者ならびに政府関係機関の視野に入っていない。
わが国の関係者はその理由を2つ上げている。第1に、わが国の広さは米国カリフォルニア州と変わらないが、その人口は 1.2億人にのぼる。しかもその人口は国土の30%にも満たない平野部分に集中しており、そこには医療機関もふんだんにある。その結果、国民の大半は救急医療システムへの通報から 6分程度で救急医療機関に搬送されている。そのような状況において、救急救命士が病院外でニ次救命処置を行うことに伴う医療機関への搬送の遅れを懸念する声が根強く存在する。
第2に、日本人の病院外心肺停止患者において心電図評価をした場合に、VF/VTの頻度が非常に低いと言われている。わが国においてもウツスタイン様式に沿った病院外心肺停止患者の評価論文が出始めているが、それらによるとVF/VTの頻度は目撃された心肺停止例のうち、せいぜい15%程度に過ぎない。これは各国における小児のVF/VTの頻度と変わらない数値である。VF/VTの頻度の低いわが国において、第一対応者による早期除細動を可能にするために法律を改正する価値は少ないという意見が大勢を占めている。
私共の考えは上記の意見に必ずしも追随するものではない。第1にわが国の市民が、各国の人口密集地域(都市部)の住民よりもかなり劣ったプレホスピタルケア体制のもとにあることを遺憾に思う。第2に、第一対応者による早期除細動の体制が取られていないわが国においては、救急救命士の現場到着あるいは患者の病院収容時に心電図評価がなされており、心電図評価の遅れが VF/VTの頻度を見かけ上引き下げている可能性がある。背景因子の一つとして、「call to ECG assessment」の時間を整えた上での比較研究が必須であろう。
救急救命士に許される二次救命処置の範囲については、現在国家レベルで検討がなされている。しかし、第一応答者による早期除細動に関しては、当分の間わが国に導入されることはないであろう。日本心肺蘇生法協議会が ILCOR勧告や AHA Guidelines 2000を参照して、わが国の心肺蘇生法ガイドラインを作成されることが予想されるが、この点に関しては異なった記載になることは明白である。この点については日本の救急医療関係者として本会議に参加する上で、ご説明しておくことが必須であると考えた次第である。
AHAの心肺蘇生法ガイドラインは米国のみならず全世界で参照されることが予想され、世界的に汎用性の高いものとなることを期待する。特に用語に関しては、米国の救急医療事情を反映するものが幾つか使用されており、以下のような用語についてはわが国では対応する用語は必ずしも存在しない。詳細な説明または定義をお願いしたい。
一方、以下の心電図に関する以用語などがどのような使い分けをされているのか、どのような意味の違いがあるのか、同じ意味であればどちらを使うのがより適切か、ご教示いただきたい。
a)心肺蘇生法実施率評価法の標準化
わが国の病院外心肺停止患者のうち、一般市民による心肺蘇生法を受けているものは約15%といわれる。この数値は数年前の10%未満から次第に上昇の傾向にはあるが、市民の識字率が高く、市民の感染症保有率の低いわが国においては極めて不満足な数字と言える。
しかし市民による心肺蘇生法実施率を国内の各地域や各国間で比較する上で、適切な評価指標は確立されていないと思われる。私共はウツスタイン様式による記録項目の中で、例えば目撃者のある内因性心肺停止患者の蘇生実施率をもって、地域間、組織間、国単位の蘇生率の比較を行うことを提案したい。実際の蘇生処置実施率を公表することは、ある地域で何千人に蘇生訓練が行われたという、いわば自己満足的な数字よりもはるかに、指導者ならびに市民に対してよい動機付けとなることであろう。
b) 市民の蘇生処置に関する詳細なデータを蓄積する
Pittsburgh市 EMSでは2次救命処置に関する詳細な記録に加えて、市民の蘇生処置に関連する以下のような項目をデータベースに蓄積している。記録項目は(推定)発症時刻、傷病の種類、発症場所、目撃者の有無、市民による蘇生処置の有無などである。
このような詳細な記録を分析することによって、心肺蘇生法の市民指導に関する方向付けが可能となる。例えば1994年のPittsburgh市における非外傷性の心肺停止患者202例において、目撃例での蘇生処置の実施率は40.4%であった。発症場所ごとにみると家庭が最も多かったが、この家庭での発症例において26.6%と、蘇生処置実施率が最も低かった。このことから、家庭で心肺停止に立ち会う可能性のある市民に対し、蘇生訓練を積極的に実施する価値が認められる。
c) 感染症の危険性と感染防止器具の評価、補償体制の充実
ILCOR勧告にもあるように、現在感染症への関心が高まっているので、たとえば HIV感染を怖れるあまり、見知らぬ人に対する呼気吹き込み式人工呼吸をためらう市民も少なくない。また実際に肝炎などを有する患者も存在するのは事実であり、できるだけ簡易式人工呼吸マスクなどの感染防止器具を使用することが得策であろう。感染防止器具の評価とその改良については、AHAガイドラインにおいても大いに奨励していただきたい。一方、心肺蘇生法を実施した市民における感染症のフォローアップ、検査費用に対する補償体制などを充実させる価値がある。
d) 公務員などへの心肺蘇生法習得の義務づけ
一部の国、地域においては、警察官や消防官、教師などの公務員において心肺蘇生法の習得が義務づけられている。このような制度は公共の場所における市民の安全性を著しく高める結果になるため、AHAガイドラインにおいても奨励していただきたい。最近のわが国特有の制度としては、自動車運転免許証取得時にドライバーに心肺蘇生法の訓練を義務づけている。これにも同様の価値が認められるが、最終的な評価には市民による蘇生法の実施率を標準化した方法で、経時的に比較する必要があろう。
a)日本では気道異物による心肺停止の頻度が高い
気道異物の発生頻度に関する正確なデータは世界的に見て少ない。しかしわが国における気道異物発生頻度が他国に比べかなり高いという印象がある。私共は本年、自治省消防庁の援助を得て、1998年に気道異物のために救急搬送された患者 819人において、発生頻度、原因異物などについて調べた。その結果、救急搬送を要した気道異物の発生頻度は 6.9人/人口 10万人/年であり、そのうち心肺停止例は31%を占めた。気道異物による心肺停止例でいうと、わが国の病院外での心室細動の発生率と同程度かそれを上回る位であった。異物の原因としては餅が19%、ご飯が11%であり、肉はわずか5%であった。
上記のように肉による窒息を主とする欧米と餅を代表とするわが国とは、気道異物の頻度も窒息のパターンもかなり異なると思われる。ILCOR勧告では 1992年の AHAガイドラインよりも気道異物除去に関する扱いは小さくなっている。少なくともわが国のガイドラインにおいては、引き続き詳細な解説が必要と考えられる。
b)心肺停止に至るまで間の気道異物除去法について
ILCOR勧告においては、心肺停止に至った場合の異物除去法には胸部圧迫法が選択されているが、心肺停止に至るまでの(自己心拍がある段階での)異物除去法についても記載が必要ではないだろうか。あるいは自己心拍がある段階での胸部圧迫も許され得るのだろうか。
乳児に対する呼気吹き込み法としては口対口鼻法が主に推奨されているが、口対鼻法を推奨する意見もある。わが国においても、大部分の母親が自らの乳児の口と鼻を同時に覆えないというデータがあり、また気道開放の容易さや、吹き込み量の調節の上でも口対鼻法が優れていると言われている。唯一、口対鼻吹き込み法が劣る点は、口対鼻法で呼気吹き込み訓練を施行できる乳児マネキンが市販されていないことである。これについては、私共のグループで鼻から吹き込みを可能とする改造キットを開発しており、カンファレンス会場で試作品を展示することも可能である。
おわりに:
私共はILCORに参加予定である日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council)の委員とともに、AHA Second International Evidence Evaluation Conference に参加させていただいた。私共は本資料を通じて、日本固有のいくつかの問題についてご説明した。AHA Guidelines 2000の策定作業において、このような米国以外の各国の事情についても配慮していただくことにより、本ガイドラインが名実ともに世界標準としてふさわしい汎用性と深みを備えることになると信じるものである。
I.一般的な提案
1.AHA Guidelines 2000とILCOR勧告の翻訳の件、ウェブ収載の件
http://www.americanheart.org/utstein/>http://www.americanheart.org/utstein/2.わが国の二次救命処置に関する現状
3.救命処置等に関する用語の問題
4.市民による心肺蘇生法実施率向上のために
5.わが国における気道内異物除去の問題
6.乳児に対する口対鼻人工呼吸法について