救急救命士による心肺停止患者に対する救急救命特定3行為の有効性、問題点についての調査

谷川攻一、重松昭生*
福岡大学病院救命救急センター、*産業医科大学 麻酔科学教室

(日医雑誌 119巻10号 1637, 1998)

キーワード:プレホスピタルケア、心肺停止、特定行為、救急救命士


目 次

はじめに 方法と対象 結 果
考 察  結 論   参考文献


はじめに

 我が国のプレホスピタルケアの質の向上を目指して、平成3年に救急救命士法が成立して以来6年が経過した1)。平成9年7月1日現在で活躍中の救急救命士は全国で4556名おり、全救急隊の29.7%において救急救命士の同乗する高規格車が運用されている。そして、救急救命士により行われる特定3行為(電気的除細動、器具を用いた気道確保、静脈路確保)は、プレホスピタルにおける心肺停止患者救命医療の重要な柱の一つとなっている。自治省発表によると、平成8年中の1年間に、心肺停止患者への静脈路確保は3、587例、電気的除細動は1、918例、そして器具を用いた気道確保は10、491例に行われており、平成7年中と比較した場合、それぞれ30%ほど増加している2)。その結果として、目撃された心肺停止患者の一ヶ月生存率は、救急救命士により救命処置が行われた場合に5.0%であり、一般救急隊員により行われた場合の3.9%という生存率に比べて1.1%高くなっている。

 このように、現行法下において救急救命士活動による心肺停止患者の救命率の改善は認められているものの、先進諸外国に比較した場合、残念ながらまだまだ低いと言わざるを得ない3), 4)。従って、更なる救命率の向上を期待する上で、救急救命士による特定行為に関してどのような問題点が存在するのかを明らかにし、その解決策を見いだしていくことが求められるのは医療先進国である我が国において当然の要求であろう。以上の主旨から、今回、全国の救急救命士を対象に、救急救命士により行われた特定3行為について、その現状と問題点についてアンケート調査を行ったので報告する。


方法と対象

 調査開始現在で救急救命士運用救急隊数は全国で1057隊あり5)、これらの隊において中心的に活躍している救急救命士1087名を対象とした。

 救急救命士が心肺機能の停止した患者に対して行える救命行為として、厚生大臣の指定する気道確保器具(ラリンゲルマスク、コンビチューブや Esophageal Gastric Tube Airway-食道胃チューブエアウェイ-以下EGTA、など)の使用、心室細動に対する半自動式電気除細動器の使用そして乳酸加リンゲル液を用いた静脈路確保ための輸液など三つの特定行為がある1)

 これらの特定行為を行うにあたっては、電話連絡など医師の具体的な指示を前提としている。今回の調査では、対象となった救急救命士の活動経験年数、彼らが担当した平成7年中一年間のCPA件数、嘔吐合併件数、最終的に行った気道確保手段、気道確保器具挿入時の問題点、気道確保器具を挿入する前(バッグマスクによる換気)と気道確保器具挿入後の換気状態の改善の有無、気管内挿管の必要性についての意見、Ventricular fibrillation-心室細動-(以下Vf)症例数、電気的除細動実施症例数、電気的除細動不施行理由、電気的除細動実施上の問題点とそのあり方についての意見、静脈路確保を試みた症例数と留置成功症例数、静脈路確保施行上の問題点とそのあり方についての意見などの内容を含む26項目の質問よりなるアンケートを行った。アンケート配布、回収の期間は平成8年10月より12月までであった。

 検定はχ2乗検定を用い、p<0.05である場合に有意差があると判定した。


結 果

 アンケート回答率は99.8%であった。回答のあった1079名の救急救命士のうち、救急救命士資格取得年次については、87.7%が平成4年から7年に集中しており、救急救命士としての平均勤務年数は2.1年であった。また、83.4%は救急隊専従として勤務していた。彼らが平成7年中の一年間に搬送した心肺停止症例のうち、今回の調査対象となったのは12020例であった。最終的に行われた気道確保方法は、バッグマスクを用いた用手気道確保法(単独又は経口、経鼻エアウェイ併用)が59.7%と最も多く、一方、器具を用いた気道確保ではラリンゲルマスクが最も多く、コンビチューブが続き、EGTAは5%以下のみの症例で使用されていた(グラフ1)。

 これらの気道確保器具による換気の改善については、バッグマスクを用いた用手気道確保法と比較した場合、コンビチューブ使用例のうち73.5%の症例で換気の改善が認められており、ラリンゲルマスクやEGTAに比較して有意差を持って高い改善率が認められた。一方、器具挿入不可能例はラリンゲルマスクが10.5%と最も高かった(グラフ2)。

 心肺蘇生処置時に嘔吐を合併していた症例は17.8%であり、そのうち29.3%は器具挿入時に発生していた。我が国のプレホスピタルケアにおいて、気管内挿管の必要性があると答えたのは回答のあった救急救命士のうち、85.6%であった。Vf心停止症例は1485例であり、そのうち1031例(69.4%)で電気的除細動が行われた。電気的除細動が行えなかった454例の原因としては、医師から指示を受けたときに心静止となっていたものが最も多く78.8%、医師から指示を受けたときに電導収縮解離など心静止以外の心電図となっていたものが9.6%、更に医師との連絡が取れなかったものが8.1%となっていた(グラフ3)。

 また、心室細動に対して電気的除細動を行う際に最も時間を必要とする因子として、医師への電話連絡をあげるものが73.6%、医師への心電図伝送 が22.7%を占めていた(グラフ4−A)。さらに、心室細動心停止患者への電気 的除細動のあり方として、85.1%の救急救命士は救急救命士自身の判断で行える ことが望ましいとしており、現行法でよいとするものは3.6%であった(グラフ4-B)。

 一方、静脈路確保が試みられたのは3238例であり、その成功率は61.9%であった(グラフ5−A)。現行法における心肺停止患者への静脈路確保の問題点とそのあり方については、物理的な制約として、末梢静脈の虚脱による静脈穿刺の技術的な困難性をあげるものが29.8%、人手不足や時間的制約をあげるものが15.9%であった。一方、心肺停止患者への静脈路確保の適応については、現場での救命薬品などの投与ルートとして意義を持たせる必要があると答えたものが25%、出血性ショックなど心肺停止患者以外での適応が必要と答えたものが12.3%で、7.3%の救急救命士は現行法下においては静脈路確保の必要性は少ないとしていた(グラフ5-B)。


考 察

 今回の調査では、器具を用いた気道確保法は全心肺停止症例中40%に行われており、そのうち、ラリンゲルマスクとコンビチューブが9割近くを占めていた。その効果については、従来のバッグマスクによる用手気道確保人工呼吸と比較した場合、いずれの方法においても、器具を用いた気道確保症例の7割前後の患者において換気の改善が認められているものの、残り3割の症例では換気は逆に悪化するか、また、器具の挿入が不成功に終わっていることが明らかとなった。

 Athertonらは日常臨床経験の少ないパラメデイックによる心肺停止患者に対するコンビチューブ挿入の成功率は69%であり、その挿入の技術保持のために、定期的な再教育が必要であることを訴えている6)。Rumballらは、EMT(救急隊員)によるラリンゲルマスク挿入が困難であることを報告し、手術室などにおける臨床研修の重要性を明らかにしている7)。一方、Stewartらはパラメデイックによる気管内挿管の成功率について調査したところ、適切な教育を行った場合、心肺停止患者の90-94%において気管内挿管が成功していたことを明らかにした8)

 このように、どのような器具を使用した気道確保手段においても、その成功率を改善するためには臨床研修が重要であり、逆に、一般的に困難とされる気管内挿管も適切な臨床研修により医師以外のものでも高い成功率で行うことができることが明らかとなっている。更に、今回の調査対象となった心肺停止患者の2割近くの症例において嘔吐が発生しており、換気の有効性と誤燕の予防という点から、現場で救命治療にあたる救急救命士の8割以上がプレホスピタルにおける気管内挿管の必要性を訴えていた。

 一方、EGTAによる食道穿孔は重篤な合 併症の一つであり、また、コンビチューブ挿入による咽頭食道部軟部組織の損傷の可能性も存在するため、その合併症の予防という点からも臨床修練が重要であるが、ラリンゲルマスクを除いて、コンビチューブやEGTAは心肺停止患者が適応となっており、病院実習での臨床研修の機会は救急外来などの心肺停止患者に限られている。

 これに対して気管内挿管は手術室を中心として、ICUなど多くの部署で頻繁に行われている手技であるため、研修症例に恵まれており、麻酔科医や救急医などの協力の下に豊富な技術指導が可能である。今後、器具を用いた気道確保技術取得のための教育の充実を考える場合、現行法下で指定されているラリンゲルマスク、コンビチューブやEGTAなどの挿入手技の獲得のための臨床教育に重点を置く必要があることは言うまでもないが、加えて、安全で確実な気道確保法として、救急救命士によるプレホスピタルにおける心肺停止患者への気管内挿管についても積極的に検討して行くべきであろう。

 今回の調査では全心肺停止患者の12.4%において心室細動が確認されたにもかかわらず、そのうち約3割の症例で心静止や電導収縮解離などへの心電図上の変化から電気的除細動のタイミングを逸しており、そのほとんどが医師への連絡や心電図伝送の為の時間が障壁となっていることが明らかにされた。心室細動は生命を脅かす重症不整脈であり、迅速な電気的除細動のみが決定的治療となる。しかしながら、多くの報告は心室細動に対して電気的除細動が迅速に行われた場合、患者の予後が心静止など他の心電図所見を有する心停止症例よりも良好であることを明らかにしている3), 4)

 例えば、米国のワシントン州の King countyでは早期電気的除細動が推奨される前の心肺停止患者の生存率は7%であったのに対して、早期電気的除細動が導入された後には26%まで向上している3)。一般に、心肺停止発生後より4分以内に電気的除細動が行われた場合はその生存率は30%まで改善することが予測されており、近年では救急隊員のみでなく、一般市民による早期電気的除細動の必要性と有効性が強調され、公共の場などにおける全自動式電気除細動器の使用が検討されている9)

 今回の我々の調査では、我が国における心室細動に対する電気的除細動のあり方について、救急救命士の判断により直ちに行えるように望むものが8割以上であり、医師による指示制度の改正(事後承諾など)の必要性を訴えるものを含めるとほとんどの救急救命士が現行法における電気的除細動のあり方の改善を求めていた。こうした意見は救急救命士が電気的除細動の適応とその意義を理解していることを示しており、今後迅速な電気的除細動が行えるように、医師による指示体制を改善する必要がある。

 さらに、半自動式電気除細動器の安全性の確立されたコンピュータ解析機能を考慮した場合、救急救命士の判断で電気的除細動を行うことは現時点でも積極的に考慮されるべきであり、それによりもっと多くの心肺停止患者の救命が期待できると考えられる。

 プレホスピタルにおける心肺停止患者に対する静脈路確保について、その物理的制約と有用性という二つの側面から考える必要がある。心肺停止状態における虚脱した血管への静脈路留置は通常困難であり、点滴ラインのセットアップやルートの固定などでは人手を要する。また、一連の手技により搬送時間が延長することもありうる。一方、その有用性という点では、出血性ショックなどにおける細胞外液の補充や昇圧剤などの薬物投与があげられるが、外傷例を除いて、心停止症例での乳酸加リンゲル液単独投与の有効性は残念ながら乏しいと言わざるを得ない。

 今回の調査でも、心肺停止患者への静脈路確保について現行法でよいと答えたのは5%未満であり、救急救命士の多くは静脈路確保の技術的な困難性と時間的な制約を抱えており、さらにはその有用性への疑問を訴えていることが明らかとなった。こうした中で、心肺停止状態という困難な状況にもかかわらず、6割の症例で静脈路確保が成功しており、出血性ショックなど急速輸液が必要な患者の容体悪化を回避する上で、今後救急救命士による静脈路確保の適応の拡大を考慮していく必要があるであろう。

 一方、心静止や電導収縮解離症例ではエピネフリン投与は不可欠であり9)、また、Niemannは電気的除細動にもかかわらず、心室細動が継続する症例に対して、エピネフリン投与の有用性を報告している10)。救急救命士による薬物使用に関しては、救急救命士教育制度の拡充と薬物使用に関する安全性の保障や責任体制の確立など法的な整備が前提となり 、この方面での検討が今後必要である。


結 論

1、器具を用いた気道確保について、過半数の心肺停止症例において換気の改善が認められているものの、3割の症例では逆に換気が悪化したり、気道確保器具の挿入が不成功に終わっていた。更に、全心肺停止症例の2割近くに嘔吐が発生していた。今後は現行法下で指定されている気道確保器具の挿入手技獲得のための臨床教育に一層重点を置く必要がある。さらには、換気の有効性、誤嚥の予防という点から、救急救命士による気管内挿管についての検討も必要である。

2、Vf心停止症例の内、3割に及ぶ症例において電気的除細動が行われておらず、医師への連絡という時間的制約が大きな障壁となっていることが明らかにされた。電気的除細動はVf心停止の唯一の決定的治療法であり、医師による指示体制の改善とともに、救急救命士が独自の判断により迅速に電気的除細動を行う必要があることが示唆された。

3、静脈路確保は心肺停止という困難な状況にもかかわらず、過半数の症例で留置されていた。しかしながら、現行法では心肺停止症例のみにその適応が限られており、また、エピネフリンなど患者救命に必要不可欠な薬物投与が認められていない。救急救命士による薬物使用に関しては、救急救命士教育制度の拡充と法的な整備が前提となり、この方面での検討が今後必要である。


参考文献

1. 救急救命士法、平成3年法律第36号.

2. 自治省救急救助課:救急業務高度化の現況-平成8年中の救急業務活動を中心に. 平成9年9月5日

3. Eisenberg MS, Copass MK, Hallstrom AP, et al. : Treatment of out-of-hospital cardiac arrests with rapid defibrillation by emergency medical technicians. N Engl J Med. 1980;302:1379-1383

4. Vukov LF, White RD, Bachman JW, et al. : New perspectives on rural EMT defibrillation. Ann Emerg Med. 1988;17:318-321

5. 消防庁:平成8年版消防白書-救急体制. 1996:220-37.

6. Atherton G, Johnson JC : Ability of paramedics to use the combitube in prehospital cardiac arrest. Annals of Emergency Medicine. 1993;22:1263-68

7. Rumball CJ, MacDonald D : The PTL, combitube, laryngeal mask, and oralairway:A randomized prehospital comparative study of ventilatory device effectiveness and cost-effectiveness in 470 cases of cardiorespiratory arrest. Prehospi Emerg Care. 1997;1:1-10

8. Stewart RD, Paris PM, Winter P, et al. : Field endotracheal intubation by paramedical personnel. Chest. 1984;85:3:341-345

9. American Heart Association : Textbook of Advanced Cardiac Life Support (1994). Chapter4; Defibrillation

10.Niemann JT, Cairns CB, Sharma J, et al. : Treatment of prolonged ventricular fibrillation. Circulation. 1992;85:281-287


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