I.災害医学と災害医療

山本保博 日本医科大学救急医学教授


目 次

はじめに
1 災害医学の理念と教育
2 災害医療のあり方
おわりに
文 献


はじめに

 日本医師会雑誌が筆者に監修を依頼し、「災害医療をめぐって」を特集に組んだのは平成5年9月号である。当時この特集に真剣に目を通された読者が、どれほどいたであろうか。そのわずか1年数カ月後に阪神・淡路大震災が発生し、災害医療のあり方、さらにはわが国における危機管理の立ち遅れが問題となった。しかも、その後「新潟・佐渡島地震」、「地下鉄サリン事件」、「サハリン大地震」と自然災害や人為災害が続発、“災害は忘れたころにやってくる”のではなく、“忘れる前にやってくる”状況にある。

 筆者はこれまで、世界各地の災害発生と同時に現地に飛んだ経験をもとに、災害医療に関して各種提言を行ってきた。しかし、関係各省庁や団体の方々に十分耳を傾けていただくに至らなかった。これまでも災害医療が話題となるのは、ジャンボジェット機の墜落や大災害が発生した折りであり、一過性の“現象”にすぎず、具体的に議論が煮詰められていくことがなかった。どこかに“対岸の火事”的な現実感のなさを痛感し、もどかしい思いをしてきた。ところが、阪神・淡路大震災発生以降は、これまでほとんど顧みられることのなかった「災害医学・災害医療」について真剣な議論がなされ、具体的な取り組みの必要性が認識されるようになった。本稿では筆者のこれまでの経験を踏まえ、先の阪神・淡路大震災の事例を含めながら、災害医学の考え方、災害医療のあり方について言及する。


1 災害医学の理念と教育

1)災害の種類一集団災害とは

 災害の種類については、それを大きく白然災害、 人為災害、特殊災害に分類した高橋1)の考え(図1)があり、理解しやすいと思う。また、災害の定義については諸説あるが、Gunn2)によれば「人と環境との生態学的な関係における広範な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を要し、被災地域以外からの援助を必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激な出来事」となっている。まず災害の具体的内容について考察してみる。

 自然災害のなかでも最も多いのは洪水である。地震の多発するわが国からみれば意外な感を抱かれようが、わが国はもちろん、世界的にみても風水害によるものが多い。これは地震災害のない年はあっても、台風やハリケーンによる被害が発生しない年がないことで理解できる。また、自然災害とひと口にいっても具体的には地震、津波、火山爆発、台風、ガス噴出など短期型と旱ばつ、洪水、疫病など長期型のものに大別でき、それによって対応が異なってくるが、比較的広い地域の災害であるから広域災害として対処するのが基本である。

 次に人為災害について考えてみると、都市テロ、爆発、火災、航空機・船舶・列車事故、多重衝突事故などがこれに該当し、白然災害がその内容から広域災害と捉えることができるように、人為災害は“局所災害”と捉えることができよう。

 三番目の特殊災害については、いろいろな考え方がある。本来局所的である人為災害が広域化したもの、たとえばチェルノブイリ原子力発電所事故、インド・ボバール工場爆発事故、ノルウェーのタンカー座礁によるオイルの海洋汚染のように、人為的災害でありながら広域災害化したものや、台風による豪雨と森林伐採による自然破壊があいまって引き起こされた泥流災害のようなものが含まれよう。このように分類しにくい災害が多発する傾向にある。

 さて、災害の定義でいう「広域な破壊」から想像できるように、災害とは多数の集団に被害が及んでいるのが普通である。つまり集団災害であり、多数 の人達が同時に負傷もしくは死亡するような大きな事故や災害を指し、その規模や傷病者数から通常の地域内の救急体制では対処できない場合をいう。

 こうした集団災害が発生した場合、災害の規模によって傷病者の救護活動、応急処置および搬送などのため、広域かつ多方面の人的資源の動員が組織化されなければならない。災害医学とはそうした集団災害に対する救急医療体制の整備はもちろん、災害予防や復興まで包括して考える学問である。

災害の分類

【災 害】

●自然災害(広域災害) → ライフラインの途絶・医療機関の麻痺
〔台風、集中豪雨、洪水、地震、津波、旱ばつ、雪害、雷、火山噴火など〕

  • 都市型(ライフラインの途絶)
  • 地方型(孤立化)

●人為災害(局地災害) → 医療機関正常、分散収容広域波及型
 〔化学爆発、都市大火災、大型交通災害(船舶、航空機、列車)、ビル・地下街災害、炭坑事故など〕

  • 都市型(災害の拡大)
  • 地方型(遠距離)

●特殊災害

  • 広域災害波及型〔放射能・有毒物汚染の拡大〕
  • 長期化型〔現場確認・患者救出に長時問を要す〕
    被害および影響が長期化する

  • 複合型〔人為災害と自然災害の混合、二次・三次災害の発生・拡大〕
  • その他

註)都市型、地方型の差異:人口密度、高層ビル、住宅と工場の混在、医療施設数、情報、通信・交通の便、救急搬送体制など

2)災害医学とは

 WHO救急救援専門委貝会は、1991年、災害医学を「災害によって生じる健康問題の予防と迅速な救援・復興を目的として行われる応用科学で、救急外科、感染症学、小児科、疫学、栄養、公衆衛生、社会医学、地域保健、国際保健など様々な分野や、総合的な災害管理にかかわる分野が包含される医学分野である」と定義している2)。災害医学は単なる緊急救援医療活動に関する学問ではなく、災害予防、 災害準備、緊急対応、救援、復興といった社会における災害サイクルのあらゆる時相、様相を統合する広範な科学として捉える性質のものである。具体的な災害管理の新しい理念として先のGunn2)が提唱している基本則を表1に掲げる。

 当然、これらの理念を支えるものとして、災害の歴史的な調査および疫学的分析、社会科学的・白然科学的・学際的研究が必要となる。特に疫学は、疾病の発生頻度や分布を規制する因子の影響を研究する学問であり、災害に疫学を応用した場合、災害データの収集・分析によって緊急活動時の意志決定を導きだしたり、疫学的手法から災害の影響を予測することが可能となる。

 たとえば、環境因子の変化による酸性雨などの特殊災害が人々の健康に及ぼす影響、健康障害の危険因子分析は疫学的に可能である。また、災害時における臨床診断と治療の有効性、災害前への復旧までの援助活動についても過去の疫学的分析データをもとにシミュレーションすることができ、災害への 様々な予防策や災害時の準備が可能となる。

 わが国においては救助活動上の問題や災害医療対策上の弱点が、過去に発生した集団災害についてそのつど指摘されている。一つの事例をモデルケースにすることは困難であるが、これらの記録などを疫学的に分析・検討することにより、疾病パターンや災害対応を示すことは大切である。そのうえで防災・災害準備・被害の軽減化などに対する総合的な体制づくりに向かうことができるようになる。

表1 災害管理における基本的考え方

1. 災害に対する準備は可能であり、必須である(予測できる出来事に対する備えが十分であればあるほど、効果的な救助活動が可能となる)

2. 自然災害の多くは予防可能なものであり、すべての人為的災害は避けることができるはずである

3. まったく同じ災害はありえないが、災害に伴って発生するある種の間題は予測可能である

4. 災害プロフィールに基づいて、各種の災害による傷病パターンを疫学的に示すことは可能である

5. 災害計画と準備は、地域レベル、国レベル、国際レベルで可能であり、専門や組織の枠を越えた効果的な対応のために欠かすことができない

6. 災害が発生した場合、必要に応じた対応が即座にできるように、多方面の人的資源(医療活動であれば医師、看護婦、栄養士、ソーシャルワーカー、パラメディックなど)の動員が組織化されていなければならない

7. 危機管理の評価、救助者が介在した際の評価、災害後の状況調査は必ず行う

8. 災害現場での活動は二次災害の危険性からの回避はできない

9. 復興の時相は災害直後から始まり、それはすでに新しく始まる開発の一歩である

10.災害管理はかかわりあいのある地域社会、地方自治体、国の公共組織すべてを包含するものである

3)災害医学教育とその問題点

 災害医学が災害予防・準備にわたる広範な学問と規定されていても、実際は災害医療をどのように行うかが間題であり、医療活動がその中核である。そして災害現場での医療活動で重要なことは、1)Triage(選別)、2)Treatment(応急処置)、3)Transportation(搬送)の3つである。これら3Tをいかに迅速かつ的確に行うかが重要で、これに速やかに対応できる医療従事者を育成することが、すなわち災害医学教育である。

 混乱状態の災害現場でより多くの人命を救助するという立場から、トリアージは標準化し十分な訓練をしておく必要がある。また、負傷者が同時に多数発生するため地域の救急病院だけでは対処しきれない。各省庁など国レベル、都道府県、市町村レベルの相互連携システムによる病院、消防署間などのネットワークを円滑に機能させることが必須となる。さらに各病院の救急医療能力評価に応じた災害病院のマップを地域別、ランク別に作成しておき、重症度に対応した災害現場からの搬送指令が迅速・的確に行えるようにすべきである。しかし何といっても災害発生時、その現場で指導的役割を果たせる救急災害医の養成が第一であり、それが災害医学教育の要諦であると考える。

 外国を眺めてみよう。諸外国では約10年前から災害医の養成を積極的に行ってきており、その成果が災害救急医療援助の必要時に、専門家を多数派遣できる土壌となっている。アメリカでは、1979年にF. Edward Herbert Schoolof Medicineで開発されたものと1982年にACEP(American College of Emergency Physicians)とFEMA(Federa1 Emergency Management Agency)が共同で作成した災害医学教育コースがある。前者は医学部4年生を対象に8週間コースが年3回開催され、毎回約55名が受講している。その内容は、災害時における高度なcardiac & trauma life supportを含む災害医学の講義、演習と災害医学問題解決手技がシミュレーションされている。また、後者は災害医療に関する2日間16時間の教育プログラムで、1983年9月から年間約70名の救急医を対象に実施されている。その内容を表2に示す。

 フランスでは1972年から全科にわたる医師を対象に、白然災害・人的災害時の傷病者に対する外科的・内科的処置が行える資格を与える2週問71時間のコースを年2回設けている。内容を表3に示す。

 また、スイスでも1981年以降医学生が必修科目として災害医学を扱うようになっているほか、毎年高学年の医学生、臨床医、病院スタッフを対象に「災害医学の基本」として外科的管理、集団中毒、化 学・原子力災害、疫学などに関しての講義を行っている。

 わが国では、国際空港における事故を想定し、1983年と1994年の金沢医科大学の医学部学生を中心とした災害模擬訓練や、関西医科大学における1985年と1986年の列車事故、航空機事故を想定した模擬訓練がある。諸外国のようにスタンダードな規範が設定されているわけではないが、こうした訓練結果から、高度の災害治療を各重症患者に行う場合、30名の医師で7名の患者が限界であることが確認されたという3)。  以上のようにわが国の大学において、災害の模擬訓練教育を行っていたのは数校のみであった。社会的役割の重要性を考えると救急医のなかから災害医の育成、生涯教育の一貰としての災害救急コース、医学生の必須科目として災害医学の確立が望まれる。

表2 FEMAによる災害医学教育コース

第1日

  • 災害概論             1.0(時間)
  • 災害の時問経過に伴う様相の変化  1.0
  • 包括的災害管理計画        1.0
  • 災害時における医療対応      1.0
  • 患者の流れと災害医療、トリアージ 2.0
  • 災害情報通信とその間題      1.0
  • 災害地よりの撤退方法       1.0

第2日

  • 被災地における災害管理      2.0
  • 被災地の病院管理         1.5
  • 災害計画における評価       0.5
  • 災害の歴史            0.5
  • 住民に対する情報と教育      0.5
  • 災害教育の地域社会への適用    3.0

                  計 16.0

表3 フランスの災害医学教育内容

概 論災害の歴史
災害医のプロフィール
戦 略災害計画および介入計画
空港災害計画
民間防衛の役割
災害医療としてのトリアージ
野戦病院、搬送、衛生
技 術静脈注射、輸血、野外麻酔、心肺蘇生
負傷者の治療熱傷、中毒、放射性障害、頭部外傷、顔面顎骨外傷、眼外傷、胸部外傷、四肢外傷・圧挫外傷、腹部外傷、血管損傷、多発外傷、爆風外傷、ショック、パニック反応、法医学的観点、野外演習、試験

4)災害予防・準備と医療従事者

 保健医療における災害対策は、治水や耐震構造の研究などのような予防と異なり、被害発生後の十分な対応を期待されるものである。どのような備えが必要か検討してみる。

 まず第一に災害計画は「具体的、実用的で実施可能なものでなければならない」という単純な言菓に集約できる。これを実現するために、定期的見直しと必要な改訂を実施することが不可欠となる。わが国の災害シミュレーションでは常に病院は“無傷”という想定である。病院は火事が発生しやすく、心電図、脳波計やポータブル・レントゲンなどキャスター付きの機器は災害時には凶器となってしまうこともある。また電気、ガス、水道などライフラインの破壊は病院機能を直ちに麻痺させる。地域災害対策は基本的に各自治体が中心となり、立案され、地域医師会でマニュアル作成も行われつつあるが、病院の災害対策は大幅に立ち遅れている。

 ここでいう病院の災害対策とは、病院自体が災害を受けた場合の内部災害と外部災害の両面から検討されたものでなければならない。各病院自体がどのような内部備蓄を用意するかは、病院の立地条件や地域の環境によりかなり異なってくる。病院災害対策委員会を設置し災害計画の立案、見直し、それに基づく改訂を行っていくべきであろう。

 災害の準備には基本的にp1anning(計画)、training(訓練)、stockpile(備蓄)のどれが欠けても本来の意味をなさない。この言葉を念頭に有意義な災害対策を練り上げる必要があることを強調しておきたい。


2 災害医療のあり方

1)自然災害のサイクルと傷病者の疾病構造

 災害はどれも独立したもののように捉えられているが、重要な類似点がある。それを理解すれば、災害医療活動は限られた人的物的資源のなかで最大限の効果を上げることができる。また、過去の大災害の疫学的考察により、自然災害のサイクルを推測し、各時相ごとに適切で正確な援助を行うことが重要である。

 自然災害においては、たとえ先頃の阪神・淡路大震災のような大災害でも、被災者の間に広範なパニックを生じさせることは少ないといわれている。災害に襲われた被災者は茫然自失、無感動、無表情となるのが普通であるためである。複数の調査結果 が被災者の25%にこの災害が出現したことを報告している。災害発生後、分の単位では自分自身の救命を考え、それから家族の救出救助に専念することになる。一方では、災害発生直後より地域内での自発的な救助活動が開始される。これには災害の状況を把握したうえでの方向づけが必要であるが、事態を正確に把握した情報が少ないために時には成果が少ないことがある。しかし、この努力は二次災害の原因ともなる流言輩語を否定するためにも 不可欠な裏付けとなる。

 傷病者の疾病は災害の種類、規模によりあらゆるものが発生する可能性がある。ここでは災害被災者に関連した感染症および疾病を掲げるにとどめる(表4)。

表4 災害被災者に関連した感染症・疾病

救援の要素疾病のメカニズム特徴的な疾病(例)
避難所混乱、混雑インフルエンザ、感冒
飲料水汚染下痢
食料品幼児食、古い食料品、ストレス過食食中毒、寄生虫
易感染者(高齢者)免疫不全結核、肝炎
疾病保持者の参加細菌、ウイルス、寄生虫結核、インフルエンザ、寄生虫
抗生物質過剰投与耐性菌

2)トリアージ

1. トリアージとは

 トリアージとは、限られた人的物的資源の状況下で、最大多数の傷病者に最善の医療を施すため、患者の緊急度と重症度により治療優先度を決めること である。治療不要の軽症者はもちろん、搬送さえ不可能で救命の見込みのない超重症患者には優先権を与えない。少数のスタッフ、限られた医療資材を活用し、救命可能な患者をまず選定し治療する。被災者の数が多いほど短時間のうちに判定することが重 要である。

 災害現場では最初に到着した救急隊(救急救命士)が行うことが推奨される。可能ならば救急外科医を責任者とするトリアージチーム(医師、看護婦、救急救命士)が編成され、現場に急行するのが理想的であろう。トリアージチームにおけるトリアージ統括医のリーダーシップがトリアージの成否の鍵を握っているといっても過言ではない(表55))。

2. トリアージの原則

 トリアージの原則は、救命不可能な傷病者に時間をとりすぎること、治療不要の軽症患者を除外することにある。生命は四肢に優先し、四肢は機能に優先し、機能は美容に優先する。図4(省略)は、ニューヨーク州の災害対策マニュアルにある災害現場における トリア−ジフロ−チャート6)である。次項で触れる搬送の考え方も含め、災害医療を考えるうえで重要なファクターである。

 また、トリアージに際しては、全国共通のトリアージタッグを使用し被災者の識別を行うことが望ましい。タッグは治療優先度の順から赤、黄、緑、黒が用いられている。そのプロトコールを表6に示す7)。  なお、本書の中核をなすものは筆者を委員長とする「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制の あり方に関する研究会・報告書」であるが、本報告書でもトリアージおよびトリアージタッグに関し十分な検討・提案を行ったところである(後掲・本文参照)。

しかし、実際に治療の優先度を客観的に決めることは困難である。これまでもいくつかのスコア化が提唱されてきているが一長一短で、混乱した災害現場での有用性が低い。顔や手足から出血している被災者は重症感がある。ところがより重症度の高い患者は身体の表面は打撲痕程度の鈍的外傷でも、内臓破裂や骨盤骨折を起こしている場合がある。また優先的に医療の手を差し伸べるべき被災弱者として、子ども(children)、女性(women)、老人(aged people)、そして病人・障害者(patients)がある。これらを英語の頭文字でCWAPという。こうしたことを地域住民、救助隊、医療関係者に教育啓蒙していくことも重要である。

表5 トリアージ統括医に求められるもの

1) 外科的経験が十分ある

2)知名度が高く、尊敬されている

3) 判断力があり指導力がある

4) 物事に動ぜず、無用の批評を処理し制止する能力がある

5) 決断力がある

6) 状況をよくのみこんでいる:医療資材、医療スタッフの能力と限界、設備、搬送能力などを熟知している

7) ユーモアのセンスを有していること:これはリーダーシップをとり続け、かなりのストレスのもとで働く部下をリラックスさせるものである。

8) 想像力と創造力:相当のストレスのもとでも決定的な想像力に富んだ決断をくだせる人、特に資材が払底したときに、たとえばMASTのかわりに両足を高位としてエスマルヒ駆血帯を使用したり、多数の熱傷患者にホースで水をかけたり、などできる人

9) できれば病院の近くに住んでいること:すべての重要人物は召集してから5〜15分で到着できることが望ましい。

10) 災害の種類の予想:災害の性質から患者の治療計画を立てる(たとえば航空機墜落では多発外傷、熱傷、ホテル火災では気道熱傷、熱傷、精神的ストレス、地震では挫滅傷)

*数日の間は災害の実際の規模が不明なこともある。トリア−ジ統括医のいる場合には事は適切に処理されている。患者の流れ、手当て、優先順位のすばやい確認などには、持続的に注意を払っておく必要がある。

表6 トリアージのプロトコール

優先度分類色別疾病状況 診 断
第一順位緊急治療生命四肢の危機的状態で直ちに処置の必要なもの気道閉塞または呼吸困難・重症熱傷、心外傷、大出血または止血困難、開放性胸部外傷、ショック
第二順位準緊急治療 2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度のもの熱傷・多発または大骨折、脊髄損傷、合併症のない頭部外傷
第三順位軽症軽度外傷,通院加療が可能程度のもの小骨折・外傷・小範囲熱傷(体表面積の10%以内)で気道熱傷を含まないもの、精神症状を呈するもの
第四順位死亡 生命徴候のないもの 死亡または明らかに生存の可能性のないもの

(New York State Department of Health, MCI Manualを一部改変)

3)応急処置と搬送の考え方

 図4(省略)に示したニューヨーク州のフローチャートでは、最初のトリアージを災害現場で行い、タッグをつけるのみで治療を行っていない。後続の救急隊が優先順位に従い現場救護所に搬送している。そこで全身状態を把握し、安定化を図り、救命処置等を行い、必要ならば基幹病院等に搬送する。しかし、処置と搬送の優先順位は表7に示すように一致しないこともある5)

 また搬送を考えるとき、災害現場でのトリアージ後の搬送と後方搬送時のトリアージの優先度は、後方搬送の直前のトリアージで決定する。応急処置と搬送の間題は災害現場で組織される医療チームの能力、広域搬送体制、災害発生場所などによって異なってきて当然である。要はこうした様々な状況に対応できるよう研究、検討される環境を整備し、具体的な対策がシミュレーションされることが大切である。災害医学、災害医療の成熟がまたれる所以である。

表7 優先順位

患者治療優先順位搬送優先順位
1.呼吸困難、喘息、意識喪失
2.擦過傷、中等度ヒステリー
3.頸部裂傷よりの大量出血
4.強度変形を伴った大腿骨骨折、下顎骨骨折、失血
5.老人患者、腕骨折、強度疹痛、呼吸困難

(Hughes JH: Triage. Postgrad Med Vol 60. No.4, Oct.1976)


おわりに

 「災害医療」と「救急医療」との決定的な相違点は、前者は限られた人的物的資源のなかで一時的かつ多数発生した患者を1人でも多く救命しなければならないことにある。これまで述べてきたように、それには適切なトリアージが不可欠となる。限られた医療従事者に対して多数の患者が殺到し、周囲の状況が刻々と変化するなかで治療の中心となる救急医は、柔軟な対応が望まれる。

 そのためには本文でも触れたが、医療従事者に対する広範な災害教育の徹底を図るための「災害医学」の確立と、救急医を中心とする災害医療のシステム化が重要である。災害発生時の指揮命令系統は、行政区割などの縦割り的発想では十分機能できない。緊急時の対応として、いかに的確で十分な災害対策本部が組織されるかが短期的にも長期的にも災害の予後を左右する鍵である。

 大災害での医療支援を通じてわれわれが、あるいはわれわれの先輩たちが混乱のなかで最善を尽くして得た教訓を活かし、災害医療体制の充実が図られていくことを期待したい。


文 献

  1. 高橋有二:災害処理の原則と防災計画. 救急医 1991;15:1745−52.

  2. Gunn SWA:災害医学の学術的論拠―新しい理念(鵜飼卓、山本保博訳). 救急医 1991;15:1221−5.

  3. 千代孝夫、淀沢進、木内俊太郎、他:大災害を想定した救急模擬訓練―救急習慣における医学生教育を含めて. 医学教育 1987;18:287−90.

  4. 黒澤尚、岩崎康孝:災害時のパニック論. 日医師会誌 1993;11O:719−22.

  5. Burkle FM Jr,et a1:大災害と救急医療(青野允、谷荘吉他訳). 情報科学研究所、1985.

  6. Burkle FM Jr:災害被災者トリアージ方法論の進歩(鵜飼卓、山本保博訳). 救急医 1991;15:1767−72.

  7. 青野允:災害被害者のトリアージ. 日医師会誌 1993;110:709−14.

(本稿は『日本救急医学会雑誌』(1995;6:295−308)に掲載された論文に補筆したものである。また、本書の性格上、文献は最小限に止めた。)


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