グルタミン酸は中枢神経系における興奮性神経伝達物質であり、脳の機能の一翼を担う重要な物質である。グルタミン酸はその受容体を直接活性化させてシナプス伝達に与るが、また一方で、特殊な状態においては受容体を過剰に活性化し結果的に神経細胞を死にいたらしめるため、種々の神経変性疾患の原因物質である可能性が出てきている。 グルタミン酸受容体アゴニストを動物に投与すると多くの場合痙攣を起こすが、その痙攣の種類はアゴニストによって異なる。グルタミン酸受容体はNMDA型、カイニン酸型、AMPA型のイオンチャネル型グルタミン酸受容体と、細胞内情報伝達系を介して機能する代謝調節型グルタミン酸受容体に大別されていて、現在、それぞれに強力で選択的なアゴニストが見つけ出されている。今までの研究の主流であったイオンチャネル型グルタミン酸受容体に加え、最近では代謝調節型グルタミン酸受容体の研究も進んでいる。一般的にイオンチャネル型アゴニストは痙攣を誘発させるが、代謝調節型受容体の生理機能と痙攣発現との関係はまだ明確でない。代謝調節型はイオンチャネルや神経細胞の活動性を細胞内情報伝達系の働きを介して制御するなど、グルタミン酸受容体の生理機能の複雑さや多様性が問題になってきている。本講演では、イオンチャネル型および代謝調節型グルタミン酸受容体の興奮毒性や神経細胞死発現における役割を中心に伝達物質グルタミン酸と神経変性疾患との関係に迫りたい。
イオンチャネル型グルタミン酸受容体アゴニストの一つの代表的存在であるカイニン酸は、海人草の駆虫有効成分であり、皮下注射や静脈内注射などによる全身投与でラットに激しいlimbic motor seizuresを誘発し、大脳皮質、海馬CA1、扁桃核などに選択的神経細胞死を起こすが、脊髄に対しては障害を起こさない。カイニン酸による痙攣は、他に例を見ないほど特徴的で強烈であり、側頭てんかんのモデルといわれる。またカイニン酸とほぼ同様の薬理学的効果を示すドウモイ酸が、カナダにおける貼貝の食中毒の原因物質であったことは記憶に新しい。一方、アクロメリン酸は毒キノコのドクササコより抽出された強力な興奮性アミノ酸であり、分子内にカイニン酸と共通のグルタミン酸骨格を持つ。ドクササコの中毒症状は肢端紅痛症が主であるが、摂取後数日経てから出現し、焼け火箸を突き刺すような手足の激痛が約一月も続くため栄養と睡眠障害から全身の衰弱が著しい。アクロメリン酸を全身投与すると、脊髄下部に限局した介在ニューロンの選択的細胞死を起こし、すさまじい強直性対麻痺を示すが、脊髄前角運動神経細胞は無傷である。また、大脳辺縁系にも障害を起こさない。アクロメリン酸そのものがドクササコ中毒の原因物質であるか否かは未だわからない。これらの興奮性アミノ酸に加えて、カイニン酸様作用を呈する化合物としてCPG-IV がある。CPG-IV はカイニン酸の構造を含有せず、従ってカイノイドではないが、CPG-IV によって生ずる脱分極の薬理学的性質や、後根線維の脱分極活性など、カイニン酸とほぼ同様の神経薬理学的作用を示す。このように、同じグルタミン酸関連化合物の中でも、投与するアゴニストの違いにより神経細胞死の誘発部位が異なることは興味深い。ことに障害部位が限定される神経変性疾患との関係を論ずる場合は重要なヒントを与えてくれる。
では、伝達物質グルタミン酸そのものの投与ではどうなのだろうか。血液脳関門がいまだに形成されていないと考えられる出生直後からラットに連日大量のグルタミン酸を皮下注射したところ、数日後に脊髄前角運動ニューロンの喪失を伴う神経変性疾患が認められた。下肢の麻痺が初発症状であり、尿失禁のため皮膚は次第に潰瘍状になる。下半身には痛覚が全くなくなり、筋の萎縮が顕著であり、かつ、関節の拘縮を伴う対麻痺が起こる。脊髄の細胞構築は乱れ、運動ニューロン喪失に伴い前根が異常に細くなっている。後根を電気刺激したときの前根からの脊髄反射電位はほとんど認められなくなる。サブスタンスPの抗体による免疫組織化学染色によれば脊髄下部後索の染色性が極端に低下しているが、後根神経節の細胞は正常に保たれている。新生ラットにグルタミン酸を大量投与することによって肥満ラットが作られ、視床下部に変性が生ずることはすでに報告されている実験事実であるが、ほぼ同様の方法で脊髄前角運動ニューロンの喪失を伴う強直性対麻痺ラットが作れることは学術的に意義深いと考えられる。このモデル動物の更なる病理学的検索を現在進めているが、また同時に、現時点ではこの強直性対麻痺の発症率が約4%と極めて低いため、発症率を上げるべく発現方法の改善を図っている。私どもは、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の発症原因の全てがグルタミン酸にあるとは考えていないが、少なくともその一部には関与しているのではないかと想定して実験を進めている。ALSの実験動物モデルの作成に成功したとの報告は現在までまだなされていないので、脊髄前角細胞が脱落する動物モデルを作成できたことは興味深い。
一方、上に述べたような興奮性アミノ酸による神経細胞死を制御ないし防止することができるだろうか。代謝調節型グルタミン酸受容体は、受容体イオンチャネルを直接開閉することはないが、神経終末からの伝達物質放出を調整して、興奮性シナプス電位ないし抑制性シナプス電位を制御するという機能を持つ。グルタミン酸放出の亢進がてんかん焦点における局所性発作放電を引き起こすことが示唆されており、伝達物質放出を制御する薬物は、場合によっては、てんかん治療に応用することが可能である。私どもはこの代謝調節型受容体の選択的アゴニストが未だに十分ではないことに注目し、その開発に取り組み、既に幾つかの強力なアゴニストを発見するに至っている。 L-CCG-IとDCG-IVは中でも最も強力であり、L-CCG-I はclass I ないしclass IIの代謝調節型グルタミン酸受容体のアゴニストであり、また DCG-IV はclass II の受容体に対して感受性が強く、forskolin による cAMP の産生促進を最も強く抑制し伝達物質放出を著明に減少させる。DCG-IVをラット側脳室に投与すると、鎮静作用を発現し、キンドリングてんかんを抑制する。極めて低い用量を側脳室に長時間注入した後に、カイニン酸を適用すると、カイニン酸による痙攣は明らかに軽減され、大脳辺縁系における選択的神経細胞死の発現頻度も有意に減少する。また、in vitroでもDCG-IVによる神経細胞保護作用が認められている。上に述べた脊髄前角運動ニューロンの喪失を伴う強直性対麻痺に対して代謝調節型グルタミン酸受容体がいかに機能するか、これからの興味ある問題である。