用語の問題:DOAとDNR

(6/12/97、 eml 3653)


目次
1、DOA―日米の使用状況の比較―(和藤幸弘)

2、救急外来における DOAと DNR指示について(越智元郎)

3、医療機関に来院する心肺機能停止に関する用語
  (日本救急医学会 救命救急法検討委員会)

Letter to the editor

1、DOA―日米の使用状況の比較―

鳥取大学医学部附属病院麻酔科 和藤幸弘
(日本救急医学会雑誌 5: 116, 1994)


 貴誌第4巻12月号 letter to the editorの日本におけるDOAという用語に関するご指摘について私見を述べさせていただきます。

 わが国においてDOA(Dead on arrival)が“来院時心停止”と翻訳され、正式な用語として学会や雑誌にも使用されているのは周知の通りであります。翻訳された当時、日本には救急救命士制度はなく、このような使用が始まったものと推測いたします。また、かつては米国でも“患者の来院時心停止”の意味で使用されていたこともあったようです。

 しかし、現在米国で使用されている意味は、パラメディックが現場に到着したときに心停止であった場合、つまり、arrivalはパラメディックの到着という意味です。実際には、パラメディックが到着したときすでに死亡が明らかで、蘇生の余地のないような場合に使います。蘇生の余地のある場合はあくまでもcardiac arrestです。したがって、患者の病院への到着の意味で使用されるのは現在では誤りで、本来の意味では使用は適当ではないと考えます。

 しかしながら、わが国においてすでに学術用語として汎用され、定着しつつあり、このまま国内で独自の用語として使用されるかどうかについて日本救急医学会用語委員会にてご検討いただくことを望みます。

 先生のご意見は、用語委員会に報告いたします(編集委員長)。


2、救急外来における DOAと DNR指示について

(愛媛大学救急医学 越智元郎)


 以下の小文は和藤先生のDOA―日米の使用状況の比較―を受けて、DOAおよびDNR指示についての拙論を述べたものです。1994年3月に「日本救急医学会雑誌、Letter to the editor」に投稿致しましたが、残念ながら掲載には至りませんでした。和藤先生の論説をホームページに掲載していただくのに併せて、関連資料として収載させていただきます。

 DOA(dead on arrival)という用語が必ずしも適切な使用がされていないことについて,本欄でも指摘されています[1],[2]。さらに筆者はDOAが明瞭な概念でないために,DNR指示(do not resuscitate order)についても誤解を生じているのではないかと考えています。

 平成6年3月の日本集中治療医学会においてフリ−ト−キングというセッションでDNRが取り上げられ,集中治療専門医等へのアンケートの結果が報告されました[3]。この中で蘇生処置を行わなかった理由の一部として,「DOAであったから」という回答がありました。一方,同じ学会の一般演題にも,「来院時心停止の患者の中には高齢,日常生活動作能力などから判断してDNRが妥当なものが少なくない」という主旨の発表がありました。

 筆者はDNR指示というのは,患者本人の申し出か少なくとも家族と担当医との話し合いによって,不可逆的な疾病等の終末段階では蘇生処置を行わない方針を,心肺停止の前の段階に打ち出すことであると理解しています。あらかじめ患者や家族の意思が確認され,病状・治療経過などとともにDNRの方針が明瞭にカルテに記載されている場合を除いては,病状の把握が困難で家族との連絡も取りにくい救急外来において,蘇生処置を差し控えることはあり得べきでないと考えます。

 救急隊員は頭部切断,死後硬直の出現などから明らかに死亡していると判断される場合を除き,心肺停止の患者の大部分を病院へ搬送して来ます。そしてこの患者が蘇生可能か,死亡しているかの判断は,収容した救急担当医に委ねられます。担当医が短時間の情報収集と全身診察によって不可逆的な心肺停止状態と判断すれば,蘇生処置を開始しないかあるいは中止し死亡と診断します。これ以外の患者では蘇生が不可能と判断される時点まで蘇生処置を続行します。以上の経過は毎日繰り返されている救急外来での光景であり,救急担当医の間に意見の差異があるとは考えられません。

 ところがここに,蘇生可能な心肺停止と不可逆的な死との区別のあいまいな来院時心停止(DOA)という用語と,同様に一般的な合意が得られていないDNRという用語が入り込むと,すべてが非常に不明瞭となって来ます。

 筆者は以下の3点,1)救急外来では上記の例外を除きDNR指示は成立し難いこと,2)不可逆的な心肺停止状態と判断された時には死亡診断を行うべきこと,3)蘇生の可能性のある心肺停止患者にはすべて蘇生処置を行なうべきこと,いずれも当然のことではありますが強調したいと思います。

引用文献
[1] 瀧野昌也:DOAという用語について. 日救急医会誌 4: 669, 1993.

[2] 和藤幸弘:DOA−日米の使用状況の比較−. 日救急医会誌 5: 116, 1994.

[3] 新井達潤,並木昭義,天羽敬祐ほか:終末期患者に対するDo-Not-Resuscitate Order (DNR指示)はどうあるべきか. 日集中医誌 1: s96, 1994.


3、資料:医療機関に来院する心肺機能停止に関する用語

(日本救急医学会雑誌 6: 198, 1995)


 上記の問題については、日本救急医学会 救命救急法検討委員会より正式な見解が出され、従来のDOAに替わってCPAOA(cardiopulmonary arrest on arrival、来院時心肺機能停止)を使用するように推奨されています。また、DNR (do not resuscitate)とは癌の末期などで,本人または家族の希望で心肺蘇生法を行わないこと、これに基いて医師が指示する場合を DNR指示(do not resuscitate order) と言うと定義されました。上記サイトに論文要約が収載されていますので、ご参照ください。

(愛媛大学救急医学 越智元郎)


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