ILCOR-CoSTR 第8部 学際的なトピックス
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2005年1月23日〜30日にテキサス州ダラスでアメリカ心臓協会の主催で行われ た、心肺蘇生と心血管緊急治療における科学と治療推奨の2005年国際コンセンサス 会議より。
学際作業部会では、異なる作業部会に共通するトピックスについて検討し、特に 教育方法、倫理、転帰に関する疑問点に焦点をおいた。いくつかのトピックスは、他 の章(例えば、医療救急チームのトピックは第4部:「二 次救命処置」で検討されている。
他の章の科学的記述との一貫性を保つため、マネキンを用いた研究は研究デザイ ンに関わらずLOE 6と見なした。
従来型のCPR実習では、技能の習得と維持が不十分である1。いくつか の蘇生の実習方法について、その方法を支持もしくは否定する科学的根拠を再検討 し、さらに研究が必要であることを浮き彫りにした。
運動技能に関する文献に基づくモデルを用いた27編の無作為化研究(LOE 6) 2-28と、マネキンを用いた1編の無作為化研究(LOE 6)29で は、実習に音声や視覚的ガイドを使うと、実習中や実習直後の技能が上達することが 示されている。
これらの研究や他の二つの研究(LOE 7)30,31から得られた理論によ れば、実習で案内装置を使いすぎると長期的な技能維持が低下することが示されてい る。
推奨される手法:音声や視覚によるガイダンスやその他の形態による、行動手順や胸骨圧迫と換気 のタイミングの指示もしくは修正のためのフィードバックは、CPR技能の早期習得に 役立つ可能性がある。
ガイダンス装置が利用できない場合でも技能が最大限に発揮できるように、ガイ ダンス装置なしの実習に十分な時間を割く必要がある。
7編の研究(LOE 432-35; LOE 536,37; LOE 738)で、居合わせて最初の救助者となる一般市民にCPRと自動体外除細 動器(AED)の実習(従来型の4時間コース)が広く行き渡れば、病院外心停止の生存 率が改善することが示された。一般市民対象のAEDプログラムに関する前向き無作為 化研究では、実施された実習内容を個別に検討したわけではないが、一般市民が CPRのみ、もしくはCPRとAEDの実習を受けて用具が配備されている地域では、全国平 均より高い生存率が示された(LOE 7)38。
20編の研究(LOE 539; LOE 640-58)では、多岐にわたる 方法と時間の実習で、AEDの模擬演習と技能の維持が着実に向上することが報告され ている。3編の研究(LOE 6)59-61では、模擬演習上の心停止シナリオに おいて、正確かつ適切にAEDを使用できるかどうかは、AEDの使い勝手によることが示 されている。
推奨される手法:地域ぐるみで一般市民にAED実習を行うことを推奨する。AED実習に関して特定の 指導方法を推奨する十分な科学的根拠はない。AED製造者は効能改善のためにAEDの使 い勝手をさらに向上させる必要がある。
19編のマネキンを用いた無作為化研究(LOE 6)48,62-79と1編の推察 研究(LOE 7)80で、教育形式(ビデオ指導、パソコンを利用した指導、 従来型の指導方法)が異なると、BLS技能の習得と保持にかなり差が出ることが示さ れた。マネキンを用いた4編の無作為化研究(LOE 6)66-69では、あるビ デオ指導プログラム(「実習しながら見る(watch-while-you-practice)」ビデオと 一緒に行う自習プログラム)が、他の教育形式よりも技能習得と保持に優れているこ とを示した。成人受講者を対象としてマネキンを用いた無作為化研究では、短時間の ビデオ自習プログラムによって、従来型の実習と同等かそれ以上のCPR技能修得が可 能であることが示されている(LOE 6)81。
推奨される手法:指導方法を従来のやり方に限定すべきでない;新しい指導方法(例えば、「実習 しながら見る(watch-while-you-practice)」ビデオプログラム)の方が、より効果 的かもしれない。効果的に技能習得と保持ができているかという観点で実習プログラ ムを評価する必要がある。
マネキンを用いた6編の無作為化比較研究(LOE 6)67,69,82-85で、 手の位置が詳細に検討された。ある研究82では、正しい手の位置を教え るために、単純なメッセージ(「胸の真ん中に手を置く」)と標準的な方法(解剖学 的な目印)を比較した。前述の6編の研究のうちの3編83-85では、順を追 って教える指導方法を標準的な指導方法と比較した。前述の研究のうちの2編 67,69では、ビデオ自習と標準教育法で、CPRの遂行能力を比較した。手 を置く位置が許容範囲に収まる割合は、解剖学的目印について詳しく指導された場合 と、胸の中心を単純に圧迫するように指導された場合との間で、差は認められなかっ た。
マネキンを用いた4編の無作為化比較研究(RCTs)(LOE 6)82-85に おいて、手の位置を決めるために解剖学的目印を用いると、人工呼吸に続いて行う胸 部圧迫が遅れ、そのために一分間あたりの圧迫回数が減少した。手の位置が悪ければ 傷病者を傷つけかねない(LOE 6)86,87。
推奨される手法:胸骨圧迫の手の位置を指導する際には、解剖学的目印をあまり気にせずに単純化 するとともに、胸骨圧迫の中断を最小限にとどめて一分間あたりの胸骨圧迫の適正回 数確保の重要性を強調すべきである。
1編の前向きコホート研究(LOE 3)88と、1編の調査研究(LOE 5) 89、10編のマネキンを用いた研究(LOE 6)90-99で、二次救 命処置(ALS)実習後、少なくとも6週間から2年間のうちに再履修をしなければ、医 療従事者のALS技能と知識が低下することが報告されている。知識面のみの再履修コ ースでは精神運動技能の低下を防ぐことができなかった。
1編のマネキンを用いた無作為化研究(LOE 6)100では、3ヶ月または 6ヶ月間隔で再履修すれば12ヶ月後も同様のBLS遂行能力が得られ、再履修受講者はそ うでない者よりもずっと上手であった。
推奨される手法:BLSとALSのいずれも、技能の維持には頻繁な再履修(理論と実践)が必要であ る。再履修に最適な間隔は確立されていない。
1編の大規模無作為化比較研究(RCT)(LOE 1)101と、コクラン共同 計画によって作成された系統的総説(LOE 1)102、4編の補足的研究 (LOE 3 103,104; LOE 4105,106)でマスメディア・キャン ペーンの影響力が検討され、キャンペーンは胸痛発症後から病院受診までの時間的遅 れを短縮しないことが示された。ひるがえって、7編の研究(LOE 3) 107-113では、患者の胸痛に対する対応の遅れを短縮したことが報告され ている。
マスメディア・キャンペーンが症状発現から病院受診までの遅れを短縮させる根 拠は曖昧で、そのようなキャンペーンの影響力は、特に病院を受診するまでの時間的 遅れに関しては、そもそも病院受診までの時間が遅れがちな母集団で大きい可能性を 示唆している。
マスメディア・キャンペーンが、心筋虚血を思わせる症状を呈する患者の救急車 の利用を増加させ得るとのエビデンスがある(LOE 1)101。いくつかの 研究によると(LOE 1102; LOE 3107,110,114; LOE 4105)、メディア・キャンペーン後しばらくは救急外来を受診する患者 数が増加するが、すぐに元に戻る。
虚血性心疾患死亡率に関するマスメディア・キャンペーンの影響力は未確定であ る(LOE 3)109;しかしながら、推定によれば、病院受診までの時間的 遅れを短縮することで、死亡率が低下するはずである。
推奨される手法:データが一貫性に欠けることを考えると、マスメディア・キャンペーンを患者が 病院を受診するまでの時間的遅れを短縮する唯一の方法として捉えるよりは、時間的 遅れの短縮を目指す系統的な取り組みの一部として捉えるべきである。
一般の教育過程の評価に関する文献は相当数あるが、蘇生教育に関するものはほ とんどない。
1編のRCT(LOE 2)115と、1編の前向き比較コホート研究(LOE 3) 116、さらに2編のコホート及び症例研究(LOE 4) 117,118は、27のコホート及び症例研究(LOE 5119-138; LOE 7139-145)によって裏付けられており、CPR実習受講後であっても、 病院の内外を問わず、成人傷病者に対してCPR、特に口対口人工呼吸実施を躊躇した り尻込みすることが示されている。
CPR実施を躊躇したり尻込みする理由としては色々考えられるが、口対口人工呼吸 を実施することで病気が移るのではないかという恐れや、やり方を間違ってしまうこ とへの恐れ、そして患者を傷つけてしまうのではないかとの恐れなどが挙げられる。
推奨される手法:CPR実習プログラムには、口対口人工呼吸の実施による感染の最小限の危険性に関 する討論を含めるべきである。口対口人工呼吸に気が進まない場合は「胸骨圧迫の み」の蘇生を考慮してもよい(第2部:「成人の一次救命 処置」を参照のこと)。
筆記試験の成績はCPRの技術的な能力と相関するのか。レビュー対象の研究で、特 にこの疑問に答える研究デザインがなされたものはなかった。17編の研究のうちの 14編では、筆記試験の成績がCPRの熟練度と相関していた。筆記試験の成績優秀者に 関する7編の研究(マネキンの研究はLOE 6)のうち、4編の研究で優秀なCPR技術との 相関を認め146-149、3編の研究で不良なCPR技術との相関を認めた 150-152。マネキンを用いた2編の研究(LOE 6)68,153で は、筆記試験で平凡な成績は、平凡か合格可能最低水準のCPR技術と相関していた。 6編のマネキンを用いた研究(LOE 6)72,147,153-156では、筆記試験の 成績はCPRの能力と相関していなかった。
推奨される手法:筆記試験の成績が常にBLS技術の能力を反映するとは限らない。したがって、筆記 試験や質問表のみでCPR実施に必要な技術が習得できたかどうかを決定すべきではな い。
蘇生を取り巻く倫理的問題は地域の文化や法律によってまちまちである。患者の 希望や家族の念望、文化的問題、さらに地域の法律を考慮すると、倫理的決定に関 して立ち入った勧告を設けることは、あまり妥当とはいえない。
DNARの蘇生に対する影響力 W179A、W179B、W179C緊急医療サービス(EMS)システムは、心停止となった様々な患者のために始動す るが、中には慢性疾患患者や、末期患者、DNAR指示のある患者も含まれている(LOE 4)159-161。米国とオーストラリアの研究によると、白人や教育を受け た人々では事前指示が出されていることが多い(LOE4162-165; LOE 7166-168)。病院外で医療関係者が処置を限定するためにDNAR指示やそ の他の書面を解釈して使用できるとのエビデンスがある(LOE 3169,170; LOE 4171; LOE 7172)。
最も研究されたDNARの書式は、延命治療に関する医師指示(Physician Orders for Life-Sustaining Treatment:POLST)の書式である 170,171,173-175。
推奨される手法:慢性疾患や末期の患者には、標準化された院外用の医師指示書式の使用を推奨す る。その書式はEMS従事者にも容易に理解できるものでなくてはならない。補足指示 は、EMS従事者が心停止もしくは心停止寸前の患者に対して、延命処置を着手もしく は継続すべきかどうかを示すものでなくてはならない。DNAR書式や事前指示の使用を 規定する法律は管轄地域によって異なるため、担当者はその地域の法律や条令に通じ ている必要がある176。
こどもの蘇生中に親を立ち合わせることの効果を検討した研究はない。親の意見 を聴取した研究によれば、臨終の際や(LOE 5)177、CPR中(LOE 5) 177、処置中(LOE 7)177-184であっても、こどもの側に付 き添いたいとの希望が示されている。しかしながら、5編の研究では(LOE 3) 185-189、蘇生中の両親の立ち会いを医療スタッフが渋っていることが明 らかにされた。
CPRが必要な成人患者の親類の多くが、蘇生の現場に同席する選択枝を示して欲し いと述べている(LOE 5)190-194。成人患者を対象とした調査では、全 員ではないものの、多くの患者が一定の家族に同席して欲しいと考えていることが示 された(LOE 5)195。蘇生中の家族の同席は、自己申告による医療スタ ッフのストレスには影響力を持たず(LOE 3)196、スタッフを混乱させ るわけでもなかった(LOE 5)191,194。家族は自分たちが同席すること は有益であると考えているし(LOE 5)191,193,194,197、蘇生処置に同 席することで、家族が患者の死亡を受け入れやすくなる(LOE 298; LOE 5191,197)。
患者が成人であれ小児であれ、蘇生中の家族支援に専念するスタッフ要員配置の 重要性を支持するデータも否定するデータもないが、その実地経験は詳細に報告され ている(LOE 2 198; LOE 5191)。
推奨される手法:蘇生現場への親類の同席が有害であることを示すデータはない。したがって、成 人患者が事前に拒絶していない限り、選ばれた家族に蘇生現場に立ち会う機会を与え ることは合理的である。
心停止からの生存者の「生活の質」についての研究は、生活の質に関する一定の 定義がなく、これと言う計測手段もないため、悩ましいところである。にもかかわら ず、限りある医療資源への需要は増すばかりであり、生存数だけでなく、生存の質と いう意味でのCPRの効果判定が重要となっている。
病院の内外で心停止となって長期生存が得られた症例に関する、無作為化されて いない6編の前向きコホート研究(LOE 3)144,199-203と、20編の補足的 研究(LOE 4204-210; LOE 5211-223)では、成人生存者の大 部分の生活の質は、一般の人とほぼ同等であった。物忘れや抑鬱などの認識面の欠落 症状が生存者では珍しくなかった。2編の研究(LOE 4)224,225におい て、心停止後の小児の神経学的転帰は不良であった。2編の研究では、長期療養患者 のようなコホートによっては、生活の質がそれ程良好ではないかもしれないことが示 された(LOE 5)226,227。
推奨される手法:心停止とCPRの成人生存者の多くは、生活の質が良好である。小児で長期の生活の 質を扱った報告はほとんどない。成人、小児、新生児のそれぞれの予後については、 第2部:「成人の一次救命処置」、第6部:「小児の一次・二次救命処置」、および第7部:「新生児の蘇生」を参照のこと。
CPR実習プログラムの対費用効果を考慮に入れた研究(LOE 3)148で は、任意に選出した一般市民の集団を対象とする従来のCPR実習は、許容可能な対費 用効果水準に比べて費用がかかる。一方で、心停止を目撃する可能性が高い一般市民 (例えば、心筋梗塞から最近回復したばかりの患者の同居者)を選んで実習すれば、 対費用効果はずっと高くなる。
推奨される手法:心停止傷病者に遭遇する可能性が高い一般市民にCPRプログラムへの参加を促すこ とが合理的である。他にも、より高い対費用効果が見込まれる方法があれば考慮すべ きである(前項を参照のこと)。
この記事は「Resuscitation」誌との共同出版である。
参考文献リスト(「Circulation」誌・web資料へのリンク)
粗訳担当者コメント(051202)
二次チェック担当者コメント(060122)
"watch-while-you-practice"のイメージとしては、こんな感じかな、と思います。 http://www.americanheart.org/presenter.jhtml?identifier=3033740 この教材は昨年発売されたばかりですが、CoSTRレビューの時点では、その プロトタイプについてのデータがあったはずです。写真をご覧になるとわか るかと思いますが、風船タイプの簡易マネキンに胸骨圧迫の手をあてなが ら、目線は画面を向いています。"watch-then-practice"ではなく、確かに "watch-while-you-practice"なんですね。なので、「実習しながら見る」と してみました。 AHA直販価格が$29.95なので、5000円以内に価格を抑えた日本語版の販売を 切望しています。