心肺蘇生に関する統計基準検討委員会

ウツタイン様式 日本語版

病院外心停止事例の記録を統一するための推奨ガイドライン


序 論

 蘇生は医学体系の中で重要な、かつ包括的な、ひとつの分野になってきている。蘇生にはさまざまな技術体系が必要である。また、蘇生という分野は多様な専門家や組織が関与している。このような専門家にとって蘇生という分野は(生命)科学の立場から、あるいは蘇生を実際に行う立場から、それぞれ自分たちが関連する領域となっている。蘇生に関わるこうした複雑な背景のために、蘇生の記録を統一したり、蘇生記録に関わる用語を定義したりする活動は、なかなか展開しなかった。蘇生に関わる記録を比較できなければ、異なる救急システムを比較したり対比したりすることは容易ではない。そこで、最近、アメリカ心臓学会(the American Heart Association)、ヨ−ロッパ蘇生会議(the European Resuscitation Council)、カナダ心臓および卒中財団(the Heart and Stroke Foundation of Canada)、オ−ストラリア蘇生会議(the Australian Resuscitation Council)の代表者が、病院外心肺機能停止事例に関わる用語や定義を統一するために集まった。

 アメリカ心臓学会(the American Heart Association)は、蘇生に関する活動を1977年より援助している学会である。ヨ−ロッパ蘇生会議(the European resuscitation Council)は、ヨ−ロッパ心臓学会(the European Society of Cardiology)、ヨ−ロッパ麻酔学会(the European Academy of Anesthesiology)、ヨ−ロッパ集中治療学会(the European Society for Intensive Care Medicine)および、これに関連する各国の学会の代表が集まって1989年8月にできた学術団体である。1990年6月にこれらの組織のメンバ−が、ノルウェ−のスタバンゲル近郊の小さな島にある史跡ウツタイン修道院に集まって国際蘇生会議を開いた。参加者は、用語に関する広範な問題や、記録をまとめる場合に使われる言葉が標準化されていないことについて議論した。二回目の会議はカナダとオ−ストラリアからの参加者も含め、1990年12月にイギリスのサリ−で行われた。参加代表者は満場一致で、この会議を、ウツタイン会議the Utstein Consensus Conference(以下、会議)と呼ぶことに決定した。この会議の実務委員会は、より効果的な情報交換のために、また国際的な比較検討をよりよいものにするための第一歩として、ここに新しい推奨ガイドラインを提示するものである。このガイドラインは史跡である修道院の名をとり(第一回会議の開催地にちなんで)ウツタイン様式(Utstein Style)と呼ばれるのが適当と思われる。

 病院内の心停止に関する統一記録については、今後の会議や出版物での検討に委ねられるであろう(訳注1)。このレポ−トは病院外心肺機能停止事例に焦点をあて、用語の使い方、蘇生に関してしっかりした比較研究をするためのテンプレ−ト(統計系統図)(訳注2)、心肺停止に関わる時刻や時間間隔の定義、記録に含むべきそれぞれの項目や転帰の定義、および救急システムに関する記録事項についてまとめたものである。

(訳注1)最近、病院内の心停止に関しても、”病院内ウツタイン様式”という形で、推奨ガイドラインが提唱された。
Recommended Guidelines for Reviewing, Reporting, and Conducting Research on In-Hospital Resucitation: The In-Hospital "Utstein Style"
ANNALS OF EMERGENCY MEDICINE 29: 3650-679, 1997

(訳注2)テンプレ−ト(Template)とは、型板という訳がある。しかし、広く用いられているこの言葉の意味に、ぴったりする日本語訳は見あたらない。そこで、時々の状況に合わせた訳語があてられている。たとえばパ−ソナルコンピュ−タのあるメ−カ−では、ひな形という日本語をあてている。ウツタインのこのガイドラインでは、得られた病院外心肺停止事例のデ−タを図3(p7)に示すような、一つの図で示して、統計デ−タの流れをパタ−ン表示することを推奨している。救急システムによってデ−タの具体的数値は異なっても、このテンプレ−トにあてはめれば、蘇生事例の複雑でいろいろな成績を一つの図として、評価することが可能であり、異なるシステム同士の比較も容易となる。すなわち、これは得られた統計デ−タを系統的に表示する図である。従って、敢えてこのガイドラインの趣旨で日本語をあてるとすれば、表示形式あるいは統計系統図などが相当すると思われる。この日本語版では、テンプレ−ト(統計系統図)とした。


用語の使い方 

 心停止という呼び名は、この名称が使用する人によって意味で用いられているために、語義の点で、以前より問題となっていた。ウツスタインのガイドラインとは、多くの人々が納得できる定義を示すことによって、このような問題を解決しようする一つの試みでもある。従来の様々な文献は、こうした問題を考える出発点として有用である(1-10)。ウツタインのガイドラインは、特に領域が明確でなかった臨床疫学に分け入り、救急関係者や臨床医が、救急の知識を深め、救急処置をおこなう能力を向上させために、知っておくべき用語に焦点をしぼった。

 (従って)ここで示す定義は、従来の教科書的な言葉のニュアンスとは、やや異なるかもしれない。というのは、救急現場のいろいろな状況のもとで、言葉が使われるに従い、ことばの意味があたかも進化するように変化してきているからである。会議で、メンバ−は、曖昧な意味づけをのぞき、意味づけが特定できるように、また、(これにもとづき)しっかりした比較検討ができるようにすることを討議の中で繰り返し確認した(訳注3)。

(訳注3)教科書的な用語にこだわらず、あくまで実用的な立場から、記録の比較検討ができることを前提に、用語の定義づけをおこなおうというのである。


心停止(Cardiac arrest)

 心停止は、脈拍が触知できない、反応がない(意識がない)、無呼吸(あるいはあえぎ呼吸)で確認される心臓の機械的な活動の停止である(3, 6, 11)。ウツタイン様式を推奨する目的からすれば、不意の心停止であったか否かということについては、言及する必要はないと考える(3)。

バイスタンダ−による心肺蘇生
(bystander CPR, lay responder CPR, citizen CPR)

 これらは、いずれも同義語であるが、会議のメンバ−はバイスタンダ−による心肺蘇生という呼び名が好ましいと考えた。このバイスタンダ−による心肺蘇生とは、救急システムの構成員以外の者によって救命手当(訳注4)が試みられることをいう。普通は、心停止を目撃した者が、バイスタンダ−となる。従って、状況によっては、医師、看護婦、パラメディックもbystanderとなりえる。この場合は、より正確にいえば、救急の専門的な技能を有する一次当事者(professional first responder)による心肺蘇生といえる。

(訳注4)日本医師会救急蘇生法の指針等では一般市民の行う救急蘇生法を”救命手当”と呼ぶ。救急隊員によるものを応急処置、救急救命士によるものを救急救命処置という。従ってバイスタンダ−による心肺蘇生は、”救命手当”に相当する。

救急隊員(Emergency personnel)

 組織だった救急チ−ムの一員として救急業務に関与する人を救急隊員(emergency personnel)と呼ぶ。この定義によれば、医師、看護婦、パラメディックが一般の場所で心停止を目撃し、心肺蘇生を開始したとしても、組織だったチ−ムの一員として業務を行わない限りemergency personnelにはあたらない(訳注5)。

(訳注5)救急救命士などの資格を有する者という意味ではなく、組織だった救急チ−ムの一員として救急業務を行う者をemergency personnelと呼んでいる。チ−ムの一員として現場活動をする者を、我が国では隊員と呼ぶこともあり、救急隊員と訳した。

心肺蘇生(Cardiopulmonary resuscitation: CPR)

 心肺蘇生は、心拍を再開させようとする行為に対して広く用いられる言葉である。心肺蘇生は成功、不成功、あるいは一次(basic)、二次(advanced)に分類される。

一次救命処置(basic CPR)

 一次救命処置(basic CPR、訳注6)とは、胸骨圧迫心マッサ−ジおよび呼気吹き込み人工呼吸で有効な循環を回復させようとする行為である。救助しようとする者は補助器具や一般用フェイスシ−ルドを使用して換気を行なってもよい。ただし、バッグマスクとか、より侵襲的な方法による気道確保、すなわち気管内挿管、もしくは咽頭を通過させる器具を用いて気道を確保する方法は、この定義からは除外される。

(訳注6)一次救命処置という言葉は、本来はbasic life supportの訳語にあてられた言葉である。しかし、上記のbasic CPRの定義は、我が国で使用されている一次救命処置にそのままあてはまるものである。

”一次救命処置とは、特殊な器具や医薬品を用いることなく、医師以外の者でも行われる気道確保、人工呼吸および胸骨圧迫心臓マッサ−ジなどの心肺蘇生をいう。”(救急蘇生の指針:日本医師会:平成6年)

一次心臓救命処置(basic cardiac life support)
(これに相当する訳語はないが、あえて訳をつければ一次心臓救命処置となる。)  一次救命処置(basic CPR)を越えた意味で、アメリカで特に使用される。この言葉は、心停止の判定のしかた(一次救命処置と同様の)や、救急システムへの通報の仕方などをもりこんだ教育訓練のプログラムを示す言葉である(12)。

二次救命処置(advanced CPR or advanced cardiac life support(ACLS))(13, 14)

これらの言葉は、一次救命処置(basic CPR)に加え、さらに高度な気道確保と換気の技術、除細動、経静脈的あるいは経気道的薬剤投与を用いて、生体の自発的な循環を回復させようとする行為である。適応できる手技の数や種類により、一次救命処置と二次救命処置の中間的なレベルの処置をいくつか考えることができる。しかし、会議のメンバ−は、こうした可能な処置を網羅してリストを作成するより、使用が許されている処置についてそれぞれの処置を具体的に示すことを推奨する。(救急システムに関する記載の項(p17)を参照)。

心原性(推定)(cardiac etiology(presumed))

 心疾患によると推定される心停止は、あらゆる救急システムの最も重要な問題である。蘇生を試みたすべての心停止例について、心停止の原因を正確に決めようとすることは、統計をとる者にとっては現実的ではない。突然の心停止の原因が血栓性のものであるか、不整脈によるものであるかを区別しようとすることは、あまり無理がないことが認められてきている。(15, 16)。多くの機能的な因子が、致死的な不整脈を引き起こすような生体の器質的な異常と、相互に関連しているからである。

 ウツタイン様式のテンプレ−ト(統計系統図)がめざす目的をはたすためには、統計をとる者(訳注7)は、入手できる情報にもとづいて、心原性と推定される心停止とそうでないものを分類すべきである。もっともめぐまれた状況では、この情報には剖検(解剖)の結果や臨床記録が含まれる。しかし、(心原性かどうかの)診断は、除外診断でなされることが多い。非心原性の心停止は、その原因がより容易に限定されるが、これに含まれない患者は、(除外的診断にもとづく心原性という)カテゴリ−に含まれるのである(訳注8)。

(訳注7)Researchersという言葉が、この指針では頻回に使われている。ウツタインのこのガイドラインに基づき統計をとり、蘇生率の比較検討など、蘇生に関する疫学的研究を行う者を念頭においてresearcherと呼んでいるのであるが、この日本語版では”統計をとる者”と訳した。

(訳注8)Patients who do not fit in the more readily defined category cardiac arrest of noncardiac etiology are included in this category.

 監訳者からも確認を求められた箇所である。直訳すれば”(この項のカテゴリ−である心原性の心停止より)もっと容易に限定できるカテゴリ−である非心原性の原因による心停止に適合しない患者も、この項のカテゴリ−に含まれる。”となる。要するに、非心原性に入らないものは、除外診断的に心原性に入れることを指示していると解釈できる。

非心原性(noncardiac etiology)
 非心原性の心停止の原因は、しばしば明白で、容易に判定できる。乳児突然死症候群、急性薬物中毒、自殺、溺死、出血、脳血管障害、くも膜下出血、外傷といった分類枠に分けられる。

覚知−現着時間(call-response interval)

 必ずしも一貫した使われ方がされているわけではないが、しばしば、反応時間(response time)と呼ばれている。覚知−現着時間(call-response interval)とは、救急本部で救急要請を覚知してから、救急車が現場で停止するまでの時間である(図1)。この時間は、救急車が走り始める時刻をもって始まるのではないことに注意しなくてはならない。覚知−現着時間には、救急要請のコ−ルに対応している時間、救急隊員に連絡する時間、救急隊員が救急車まで移動する時間、救急車を発進させるまでの時間、現場まで救急車を移動させる時間が含まれるのである。しかし、救急車が現場に到着してから、救急隊員が患者のそばまで行く時間や、除細動をおこなう時間までは含まれない。最近の報告では、救急車が停止してから、傷病者のそばまで行く時間や除細動を始めるまでの時間が長すぎて、救命率に大きな影響を及ぼしているのではないかということが指摘されている(1718)。

自動式除細動器(automated external defibrillators)

 自動式除細動器は、傷病者の心電図のリズムを解析する機能を有する除細動器を総称する言葉である。このリズム解析は、心室細動/心室性頻脈、そのいずれでもない、の二者択一で行われる。この機器は、心室細動または、心室性頻脈を検知したら、術者に対しこの情報を与える。その情報は"除細動せよ"または "除細動するな"という形で与えられ、ここでも二者択一的である(訳注9)。

(訳注9)除細動器からのメッセ−ジとしては、原文では”shock”あるいは”no shock”となっているが、この日本語版では上記のように”除細動する”または”除細動しない”とした。現在、我が国で救命救急士が汎用している除細動器では、こうしたメッセ−ジは機種によっても異なるが、たとえば、除細動の適応となれば、”患者から離れてください”、機器が除細動の適応と判断できなければ”医師に相談してください”など、より具体的な表示がされている。

時刻と時間間隔(times versus intervals)

 時刻(time)と時間間隔(interval)の不正確な、一貫しない使い方が、心停止に関する文献で混乱と誤解を生じている。時間間隔(interval)とは、時刻(time)と異なり、二つの出来事が起こった時刻の間隔をいう。それぞれの時間は(どの時刻と時刻の間隔であるかを)明示して定義されるべきであり、救急領域で慣用されている言葉をむやみにあてはめるべきではない。すなわち、時間の正しい表現とは、(蘇生の流れのなかで)二つの鍵となる出来事を明示し、ある出来事からある出来事までの時間(event-to-event interval)という形で示すべきである。たとえば、ダウンタイム(downtime)(訳注10)ということばが、傷病者が倒れてからCPRを開始するまでの時間(collapse-to-start of CPR interval)、あるいは、倒れてから除細動を開始するまでの時間(collapse-to-first defibrillatory shock interval)、あるいは、倒れてから心拍が再開するまでの時間(collapse-to-return of spontaneous circulation interval)などと(それぞれ勝手に)いろいろな論文や著作で使用されている。また、”一定の救命治療をうけるまでの時間”(time-to-definitive care)(訳注11)という言葉が、傷病者が倒れてから、治療が行われるまでの短い期間がいかに重要であるかを示すために頻繁に使用されている。しかし、実際には、この言葉は、二次救命処置ができる救急関係者が現場に到着するまでの時間を意味しているにすぎない。(除細動とか、気管内挿管とか、昇圧剤などといった)それぞれの救命治療が行われた真の時刻は、そしてそれぞれの治療の時間的間隔は、(こうした曖昧な言葉が横行している限りは)いつまでたってもわからないままである。

(訳注10)downtimeどは、倒れていた時間という程度のニュアンスである。しかし、ここに指摘されるように、単に”倒れていた時間”では、どの時刻からどの時刻までの時間間隔か、意味が限定されておらず曖昧である。

(訳注11)Time-to-definitive careで使われている、definitiveとは、定義する、限定するという意味のdefineという言葉から派生しており、限定的なという意味である。同時に、決定的な、一定の、といった意味にも使われる。ここでは、definitive careという言葉で、一定レベルの救命治療を示していると理解できる。

(訳注12)Time-to-definitive careという言葉が、よく文献で使用されており、一見、気の利いた言葉のように聞こえるが、実際には、定義が曖昧であり、好ましくない用語であることを指摘している。心停止発生から、いったい、どんな治療が行われるまでの時間なのであるか、このままでは、はっきりしない。むしろ、このような用語が一般化することにより、明確な記録をしようとする努力が妨げられ、いつまでたっても具体的な時間がえられないことになる危険性がある。