1)愛媛大学医学部救急医学、2)同 麻酔・蘇生学、3)救急救命九州研修所
4)市立砺波総合病院麻酔科、5)医療法人真誠会、6)東京大学大学院教育学研究科
救急医学 23: 1883-1887, 1999 ―最終更新 00/03/05―
目 次
1.市民による蘇生処置施行率の評価法について
1) 蘇生処置実施率に関する地域ごとのデータを、積極的に公表する
市民による蘇生処置に関する自治省消防庁のデータからは、地域に即した
評価を行うことは困難である。このため、各消防本部から管轄地域の資料を入
手して、地域性に応じた蘇生処置普及の方略を立案する必要がある。
本来は、このようなデータを各地域内で積極的に公表することで、事実を以
て市民による蘇生処置率の向上を呼びかけるべきであろう。ところが、実際に
は、消防職員に「あなたの管轄地区の、市民による蘇生処置の実施率はおよそ何%
か」というような質問をしても、明瞭な回答が得られないことがままある。
逆に、年間の救命講習受講者数や累積受講者数については、立て板に水の
ごとく説明していただけることが多い。
関係者は指導そのものを最終的な目的としてはいないだろうか。指導によっ
て市民の意識がどう変わったのか、蘇生処置の実施率がどう変わったのか、
という本来の目的を忘れてはならない。また、蘇生処置の普及は、消防・日本
赤十字社をはじめとする関係組織の協力なしにはあり得ない。地域住民に対して
全体としてどの程度の働きかけがなされ、その結果どのような成果が得られたのか、
各地域の関連組織間で積極的に情報共有を図るべきであろう。
2) 市民の蘇生処置に関する詳細なデータを蓄積する
わが国でも近年、病院外心肺停止患者の経過を記載するためのウツスタイン方式 3)が普及してきた。目撃者の有無や市民による蘇生処置の有無などの記録を、国際的に統一された書式で残すのが目的である。市民の蘇生処置実施率の国際的な比較、あるいは地域ごと、年次ごとの比較を行う際には、目撃者の有無、傷病の種類などの背景因子を揃える必要がある。ウツスタイン方式に従うことによって背景因子が明確に記録されるようになり、統計学的にも信頼性の高い結果を導くことが可能になった。
一方、著者の一人は1995年、米国Pittsburgh市でプレホスピタルケアに関する研究 4)を行い、その中で同市における市民による蘇生処置の実施率を調査した。この時、同市のパラメディクの活動記録(trip sheets)を参照したが、彼らは2次救命処置に関する詳細な記録に加えて、市民の蘇生処置に関連する以下のような項目をマークシート方式で記録し、最終的にはコンピュ−タ入力して市の EMS本部のデータベースに蓄積していた。記録項目は(推定)発症時刻、傷病の種類、発症場所、目撃者の有無、市民による蘇生処置の有無などである。
このような詳細な記録を分析することができれば、どのような市民層を標的にして、心肺蘇生法の指導を行うべきかが明らかになってくる。例えば1994年4月からの1年間に同市で、パラメディクが出動した非外傷性の心肺停止患者202例(平均年齢64.0歳、男/女比1.53)において、目撃例での蘇生処置の実施率は40.4%で、目撃者の無かった患者の23.0%を大きく上回っていた。発症場所ごとにみると家庭が最も多く47.9%を占めていたが、この家庭での発症例において 26.6%と、蘇生処置実施率が最も低かった。このことから、家庭で心肺停止に立ち会う可能性のある市民に対し、蘇生処置施行の動機付けや技術指導を積極的に実施する価値が認められる。
さらに、ウツスタイン方式に従えば心電図所見や2次救命処置に関する記載、予後評価などの情報を蓄積する事ができる。これらのデータを解析すれば、市民による蘇生処置の予後に及ぼす影響、特に人工呼吸のみ、あるいは心マッサ−ジのみの蘇生処置、心マッサ−ジから開始する蘇生処置などの、様々な蘇生処置について客観的に評価することもできる。このように、市民による蘇生処置を普及させるためのより良い戦略を立てるためには、ひとつひとつの症例に関する詳細なデータが有用である。
その本邦での一例として、気道確保の前に必ず口腔内異物確認を行わせるかどうか、という問題がある。自治省消防庁救急救助課・監修の「応急手当指導者標準テキスト」5)による心肺蘇生法の手順では、救助者はまず患者の意識の有無を確認し、次いで助けを呼ぶ(119番通報)。そして、必ず指交差法で「口腔内異物確認」をした後に「気道確保」を行うように指導している。日本赤十字社などの指導法では、気道内に異物の存在が疑われる場合や、用手気道確保をしても呼気吹き込みができない場合に、口腔内確認をするという趣旨である。
そもそも1992年、自治省消防庁、日本赤十字社、学会関係など各分野の代表が参加した、日本医師会救急蘇生法教育委員会において、わが国の心肺蘇生法、特に一次救命処置と止血法の統一案が協議された。その方針として、American Heart Association(AHA)のガイドラインに準拠するという合意が得られ、この分野で用いられる用語についても統一されることになった。しかし上記のように、関係団体や組織ごとで指導法に少しずつ異なった解釈がなされた例が散見される6)。
このような組織による蘇生指導法の違いの吸収役(クッション)となっているのは誰であろうか。それは一つには、筆者らのような教育現場の者、市民指導にあたる救急隊員、赤十字の救護ボランティアなど、互いに組織を横断した交流があり、実質的な蘇生法教育の担い手である人々であろう。彼らが勉強をして普遍的な知識を得れば、自らの組織内の指導指針をある程度、融通、翻訳しながら市民や後輩の指導あたらざるを得ないことになる。そのような調整を強いられながらの指導では、指導員の中に何かわだかまりが残るのではないか。
もう一方は受講者自身であろう。蘇生法の講義や実技は繰り返して受講すべ
きものであるが、過去に受講したものとは異なる系列の蘇生法に接した受講者
は、「以前教わったのとここが違う」というような意識を抱き、何種類もの
難しい処置を覚えないといけないという錯覚から自信を喪失して、現場で
実施する際に躊躇してしまう可能性もある。
一方で、われわれは心肺蘇生法統一に関する国際的な流れについて目を開く必要がある。
1998年9月、第17回日本蘇生学会において「蘇生法の国際標準をめざして」と題したシンポジウムが開催され、この中で国際蘇生法連絡委員会(International Liaison Committee on Resuscitation, ILCOR)の動きが紹介された。ILCORは1992年に世界中の主な蘇生組織間が連携するための公開討論の場として組織されたもので、構成組織にはアメリカ心臓学会(AHA)、ヨーロッパ蘇生会議(ERC)、カナダ心臓・脳卒中財団(HSFC)、オーストラリア蘇生会議(ARC)などがある。ILCORの目的は一次救命処置(BLS)、小児救命処置(PLS)、二次救命処置(ALS)における国際的な治療ガイドラインを策定することであり、教育訓練方法の有効性、組織作りなどに関して検討することも含めている7)。
その後わが国の救急医療関係者などの中で、わが国としてILCORに加入し代表を派遣することはできないかという要望が出てきた。そして1999年5月に、第11回世界災害救急医学会(大阪)に参加したILCOR関係者とわが国の関係者とが意見交換をしたことを契機に、日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)結成に向けての調整が急速に進展した。その結果同年7月、関連学会、関連省庁、日本赤十字社などが参加して同協議会が組織され、併せてILCORの構成組織として名を連ねることが決定された。
ILCORの最近の動きとしては、1997年に策定した「ILCOR Advisory Statements」7)を基に、AHAより「Guidelines 2000」が刊行される計画がある。これに対してILCORは全組織をあげて協力しており、日本心肺蘇生法協議会も1999年9月、その準備のための AHA International Evidence Evaluation Conferenceに参加する予定である。「Guidelines 2000」に続いて各国語版の心肺蘇生法ガイドラインが刊行されると思われるが、それらは「ILCOR Advisory Statements」及び「AHA's Guidelines 2000」に準拠したものとなるだろう。日本心肺蘇生法協議会もこれらをもとに、世界標準に準拠した新しい心肺蘇生法ガイドラインを策定することになると思われる。
AHA「Guidelines 2000」の詳細は現時点では明かにされていないが、その骨格となった「ILCOR Advisory Statements」は学会誌7)ならびに AHAホームページ8)に収載されている。筆者らが所属する救急医療情報研究会(別称・救急医療メーリングリスト、eml)ではその翻訳版を作成し、ホームページ上に収載した9)。上述のように「ILCOR Advisory Statements」が2000年に日本心肺蘇生法協議会が策定する新しい心肺蘇生法統一テキストの骨格になることが予想される。わが国の救急医療関係者が、これらの資料を熟読されることを勧めたい。
以下、1992年のAHAの心肺蘇生法ガイドライン(以下、AHA 1992)10)が「ILCOR Advisory Statements」において変更された部分を列記してみたい。また前項で話題の出た口腔内異物確認については、自治省消防庁の指導法との対比も試みる。
【1人でする成人の一次救命処置】
「ILCOR Advisory Statements」では「1人でする成人の一次救命処置」11) のほか、「2次救命処置の共通アルゴリズム」12)、「早期除細動」13)、「小児の心肺蘇生法」14)、「個々の状況での蘇生」15)の計5章に分けて、新しい心肺蘇生法の考え方が記載されている。これらはわが国の救急医療の分野において、指導テキストの大幅な改訂や心肺蘇生法の訓練人形の改造などを含む、大きな変化をもたらすことが予想される。
参考文献
1) Cummins RO, Ornato JP, Thies W, et al: Improving survival from sudden cardiac arrest: The "Chain of Survival" concept. Circulation 83: 1832-1847, 1991.
2) 自治省消防庁.救急・救助の現況, 1998, p.53
3) Task Force of the American Heart Association, the European Resuscitation Council, the Heart and Stroke Foundation of Canada, and the Australian Resuscitation Council. Recommended Guidelines for Uniform Reporting of Data from Out-of-Hospital Cardiac Arrest: The Utstein Style. Circulation 84: 960-975, 1991
4) 越智元郎、新井達潤、和藤幸弘ほか:日米の地方都市におけるプレホスピタルケアの比較検討.日救急医会誌 8: 247-52, 1997
5) 自治省消防庁救急救助課・監修.救急救助問題研究会・編:応急手当指導者標準テキスト.東京法令出版、東京、1984、p.18
6) 青野 允:蘇生法の国際基準を目指して わが国の現状.朝日メディカル 1998年3月号 p.70-71
7) Chamberlain DA, Cummins RO: Advisory statements of the International Liaison Committee on Resuscitation ('ILCOR'). Resuscitation 34: 99-100, 1997
8) ILCOR Advisory Statements: Advisory Statements of the International Liaison Committee on Resuscitation. http://www.americanheart.org/Scientific/statements/1997/049703.html
9) ILCOR Advisory Statements(救急医療情報研究会による和訳) http://ghd.uic.net/99/ilcor.html
10) Emergency Cardiac Care Committee and Subcommittees, American Heart Association. Guidelines for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiac care. JAMA 268: 2171-2295, 1992
11) Handley AJ, Becker LB, Allen M, et al.: Single rescuer adult basic life support. An advisory statement from the Basic Life Support Working Group of the International Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR). Resuscitation 34: 101-108, 1997
12) Kloeck W, Cummins R, Chamberlain D, et al.: The Universal ALS algorithm. An advisory statement by the Advanced Life Support Working Group of the International Liaison Committee on Resuscitation. Resuscitation 34: 109-111, 1997
13) Bossaert L, Callanan V, Cummins RO: Early defibrillation. Resuscitation 34: 113-114, 1997
14) Nadkarni V, Hazinski MF, Zideman D, et al.: Paediatric life support. An advisory statement by the Paediatric Life Support Working Group of the International Liaison Committee on Resuscitation. Resuscitation 34: 115-27, 1997
15) Members of the International Liaison Committee on Resuscitation: Special resuscitation situations. Resuscitation 34: 129-149, 1997
2. 市民に対する蘇生法の指導内容の統一について
3.心肺蘇生法の世界標準はこのように変化する(成人編)
(註.拙著 p.1886 17行目に「(7)最初の呼気吹き込み:2回の吹き込みを二度行う。」とあるがこれは誤りであり、上記のように変更させていただきます。)
1) 傷病者の口の中を再び調べ、気道を閉塞するものがあれば除く。
2) 頭部後屈とあご先挙上が十分であるか再確認する。
1)2)はAHA 1992では逆の順番で記載されている。
3)2回の有効な呼気吹き込みができるよう、5回まで吹き込みを試みる。
4)呼気吹き込みを5回試したら、(2回の有効な吹き込みができなくとも)脈拍の確認へ進む
3)4)ではAHA 1992には無かった具体的な記載がなされている。おわりに